【リク】ハイグレ人間に憧れた少年

 お待たせしました!
 宣言通り(ギリギリだけど)雑談スレ>>12さんのネタ、書き上げて参りました。

 ハイグレを着たいと思ってしまう男の子は、変態ですか?
 そう訊かれたら香取犬はこう答えます。「ハイグレ人間の男なら、ハイグレを着るのは当たり前のことさ」と。
 ハイグレを手に入れたいけど踏ん切りがつきません。
 そう訊かれたら香取犬はこう答えます。「君がしたいようにすればいいじゃない(犯罪行為はNO)」と。
 とりあえず、主人公の“ハイグレ狂”っぷりを味わってみてください。

 今回またしてもというか前回以上に長くなってしまいましたので、目次からジャンプできるよう段落ごとにアンカーを設置しました。必要に応じてお使いください。一応、本編の後ろのあとがきへも行けますが、本編未読者は無意味に踏まないことを推奨します。

 男の子のハイグレ描写(※非エ□、非光線)がありますので、苦手な方はご注意ください。



ハイグレ人間に憧れた少年 Original by 雑談>>12

目次
プロローグ(冒頭から読む場合はこちらか、↓の続きを読むへ)
日曜日
火曜日
木曜日
金曜日

あとがきへ ※本編未読者非推奨





『ぁぁぁぁ……ん! うわぁぁぁん! 助けてっ! アクション仮面!』
 岩山の天辺で両腕を拘束されたミミ子が助けを求めて泣き叫ぶシーンから、僕の大好きな映画は幕を開ける。
 だけど、そこはさして大事なシーンじゃない。まあ、この状態でミミ子がやられたら楽しいだろうなとは思うけど。
 僕はさっさとそのシーンを見るため、高鳴る心臓を抑えてDVDを早回しする。大体、映画の中盤を過ぎたあたりだ。
『全国の皆さん! 東京は今や、異星人の侵略による、一大危機に瀕しております!』
 どのタイミングで再生ボタンを押せば丁度いいかは、既に身体が覚えている。王将スーツの団アナウンサーが、緊張した面持ちでリポートをするシーンがTVに映し出される。
『貴重な映像を、どうぞ御覧ください』
 そう、ここからだ。僕が見たいのは……!
『ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!』
 新宿の交差点で、色とりどりのハイグレ姿にされた男の人や女の人、おじいちゃんや小さな女の子までが、バラバラのタイミングでハイグレポーズを繰り返していた。その表情は、皆真剣そう。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ……」
 僕は画面の中の人の動きに合わせて、同じようにハイグレをする。足を大きく開いて、腕をV字に上げたり下げたりするのだ。
『あーっ! こ、これだよ――』
『ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!』
 ひろしの声が入ると、すぐに早戻しボタンでハイグレのシーンに戻す。僕はまたハイグレをする。早戻しをする。繰り返し。
 それに満足すると、ひろしの狼狽える言葉をちゃんと聞いてやり、次の場面を待つ。
『あああ! 見つかった! えー、全国の皆さん、私は侵略者達に囲まれています。私は、私は――た、たっ、助けてくれぇ! アクションかめぇぇぇん! ――どああああぁぁっ!?』
 リポーターにあるまじき無様な醜態を晒した団さんは、カメラに背を向けて駆け出す。しかし、その背中に一筋の光線が命中した。
 すぐにカメラマンも悲鳴を上げ、画面が乱れる。少しして復活した中継画面に映しだされたのは、不気味な仮面が透けて見えるパンストを被った奇妙な面々だった。そいつら、パンスト兵の顔を通じて、ハイグレ魔王さまの未洗脳者へのありがたいお言葉が伝えられてくる。
『ホッホッホッホ! 地球人よ、早くアタシたちのハイグレ銃を浴びて、ハイグレにおなりなさァい♪』
『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! みんな、ハイグレを着よぉう!』
 ハイグレの声と共に、先程以上にも目も当てられない黄緑のハイグレに変わった団さんが、カメラに向かって自分のハイグレを晒していた。……うん、いい格好だ。やっぱり男の人でもハイグレは似合うんだよなぁ。
 次にまた早回し。僕にとってのこの映画の本命のシーンは、ここから10分ちょっと先になる。
『ふっふっふ……バレてしまったなら仕方ないね! ふっ!』
『おおっ!』
『いかにも、私はハラマキレディー様のスパイさ! ハイグレェ! ハイグレェ! ハイグレェン!』
 しんちゃん達お馴染みの面々や北春日部博士と共に研究所にやってきたまつざか先生が、服を脱ぎ捨て正体を現すシーン。服の中から現れたのは、真っ赤なハイグレだ。まつざか先生はハイグレ人間にも関わらずスパイとして活動し、研究所内にパンスト兵やハラマキレディースを侵入させてしまう。
 完全にハイグレに溺れてしまった先生が出す、色っぽいハイグレの声は、僕のニヤニヤを誘った。
『さあ! みんなハイグレ姿にしておしまい!』
 ハラマキレディースが周囲のパンスト兵に一斉射撃の命令を出した。途端に研究所内はハイグレ光線の弾幕で埋めつくされ、逃げ遅れた園長先生とまさお君が立て続けにハイグレ人間にされてしまう。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 そして僕も一緒にハイグレポーズをし始める。ここからは1分程度、僕の口と手はノンストップで同じ言葉を繰り返すのだ。
『ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ』
『あ、あぁぁ……! うわあああぁああっ!! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!』
 幼稚園児には下品過ぎる角度のピンクのハイグレを着せられて、恥ずかしそうにハイグレするネネちゃんを横に、怯える風間君にも容赦なくハイグレ光線が浴びせられた。ピンクと青の点滅の後、風間君は青のハイグレ姿になってハイグレを繰り返す。
 いつの間にかハイグレ人間に変わっていたよしなが先生とボーちゃんが映る。その次の場面では野原一家がリリ子に先導されて逃げていたが、背後からひろしに光線が当たって水色のハイグレ人間となった。
 そしてしんちゃんとみさえ、リリ子がシェルターに避難し終える。だけど北春日部博士は一人足止めのために残って、結局すぐにハイグレ光線によって紫のハイグレ姿になり、太った体でハイグレポーズを取った。
『博士……!』
 辛そうな声で呟いて、リリ子はシェルターを閉める。静まり返る空間。
 ここまでを見て、僕はもう一度ハラマキレディースが号令をかけるシーンまで戻す。みんながハイグレになっていくのに合わせて、僕も一心にハイグレをする。見終わったらまた戻す。これが僕の至福の時間。
 それを数度繰り返して、また少し先を視聴する。
『よし、追うわよ!』
『ラジャー!』
『『『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』』』
 研究所でハイグレにされた9人が、ボーちゃんを除いて綺麗に揃ったハイグレポーズをする場面。動きはぴったりでも、まつざか先生は笑顔、ボーちゃんは無表情である以外は、みんな苦しそうに無理矢理ハイグレをさせられていた。
 ……かわいそうに。でも……なんて羨ましいんだ。
『『『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』』』
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
『『『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』』』
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 ハイグレポーズをとる僕もどんどんノッてきて、夢中になってハイグレと早戻しとを繰り返した。
 気持ちいい……! でも、こんなんじゃただの真似っこだ。ハイグレ人間が羨ましい。
 本当のハイグレ人間に、僕もなれたらなぁ……。
 その時だった。玄関の扉に取り付けられた鈴が、家族の誰かの帰りを告げた。
「ただいまーっ」
「――やべッ!」
 僕の顔から血の気が音を立てて引いていく。もうそんな時間だったということに、全く気づかなかった。
 けど、こんなことは何度もあった。だから対処も慣れている。DVDの再生機はそのままに、テレビの主電源を落とす。次に部屋に放っておいたTシャツと半ズボンを引っ掴んで、ベッドの薄手の布団の中に一緒に潜り込む。最後に本棚から漫画を取り出し、あたかもずっとそうしていましたよという状態を偽装する。完璧。これでバレたことは今まで一度もない。もちろん、これからも。
 その2秒後、閉めていた僕の部屋のドアが、いつも通りにスイミングスクール帰りの姉ちゃんによって勝手に開けられる。
「……アキ、何やってんの? こんなにアッツいのに閉めきっちゃって」
「そ、そんなに暑くねーよ! 漫画読んでただけっ!」
 言い訳をした声が裏返った。怪しまれたかな、と布団の中で冷や汗をかく。姉ちゃんは部屋の中を二周ほど見渡して、ふーんと呟いた。
「まあいいけど。換気くらいしときなよ」
 そう言い残して姉ちゃんは元通り扉を閉め、廊下向かいの自分の部屋へ入っていった。
「……ふぅ」
 僕は枕に顔を埋め、ようやく肩の力を抜いた。なんとか今日も乗り切れた。
 ……こんな趣味、絶対に誰にもバレるわけにはいかないんだ。友達にも、家族にも、誰にも。これは、僕だけの秘密だから。
 布団を剥がし、DVDを取り出しに行く僕。そんな僕の格好――つまり、さっきまでハイグレ人間になりきっていた僕の格好は、ハイグレじゃない。
 白のブリーフに白のランニングシャツの裾を入れた姿。これが僕の家で再現できる、最もハイグレに近い格好だった。どちらも物心ついた時からずっと変わらずに着続けている下着だ。トランクスはスースーして気持ち悪い、というのは他人向けの言い訳だ。本当は、例え角度が微妙でもいいから少しでも切れ上がった、ぴったりしたヤツがいいから。中学校の体育の着替えで、友達に子供っぽいと馬鹿にされることも無くはないけど、これも立派なパンツなんだから世間的にはおかしくない。ハイグレ人間に近づく為なら、その恥ずかしさも我慢出来た。
 だけど、やっぱりハイグレがいい。ハイグレを、一度でいいから着てみたい。小学生の頃に抱いたその思いは、日毎に募っていくばかりだった。
「まあ、そんなのは無理だけどね」
 自嘲気味に吐き捨てて、映画のDVDを床に置いてあった純正のケースに入れ、それをタンスの一番下の段の一番奥に仕舞う。
 布団の中でグチャグチャに丸まったズボンと服を上に着た僕は、今度こそ本当に漫画を読みながら、しかしハイグレのことを考えた。
 初めて“あの映画”を見たのは、親に連れられて行った個人経営のレンタルDVD屋さん。当時、僕は小学一年生。いつも家で見ているアニメの劇場版ということで親が何気なく選んだそれが、僕の人生を決定づけた。
 自分が何者であるかなんて考えたこともなかった当時、異星人の光線によってハイグレ人間に「なる」というその内容は、あまりにも鮮烈に僕の脳に焼きついた。ハイグレ光線があれば僕でもハイグレ人間に「なれる」。ハイグレ光線は、なんだかよく分からない「僕」という存在に「ハイグレ人間」という意味を与えてくれるのだ。
 子供特有の承認欲求が、僕の中で「ハイグレ人間になりたい」という形に歪んだのは、その時だった。
 一度狂いだした思考は止まらない。映画を繰り返し見て、色んなシチュエーションに憧れた。交差点で逃げ惑いながらハイグレ人間になりたい。レポーターとして潜入した新宿でハイグレにされて全国に放送されたい。スパイとして正義の組織を壊したい。まさお君のように男なのに赤いハイグレを着せられたい。ネネちゃんのように友達に見つめられて恥ずかしくなりたい。風間君のように友達を隣でやられて怯えながらハイグレ光線に包まれたい。ひろしのように背後から撃たれたい。博士のように無駄な足止めをしてハイグレ人間にされたい。逆に、友達を男も女もなくハイグレ銃で撃ってハイグレ人間に変えたい。そしてみんなでハイグレしたい。そうだ、授業中に教室にパンスト兵が現れて光線を乱射するのもいいな。体育館での朝会の最中だったら全校生徒が一気にハイグレ人間に転向するから凄い光景だろうな。町中だったら、壁際に追い詰められて助けを求めながらハイグレ人間にされたい。ハイグレ軍に捕まえられて、人質にされるのもいい。変な施設でたくさんの人間と共に磔にされ、一人ひとりハイグレにされていく中で自分もハイグレに洗脳されたい。うーん、やっぱりハイグレ魔王さまに直接ハイグレ人間にしていただきたいかな。でも、パンスト兵にやられる方が無様なんだよなぁ……。
 こんな馬鹿なことを考えている奴は世界でも僕だけだろう。それでも。
 ああ、ハイグレ! ハイグレがしたい! ハイグレが着たい! ハイグレ光線を浴びたい! ハイグレ人間になりたい! ハイグレ! ハイグレッ!
 ……でも現実には、ハイグレ光線はない。ハイグレ銃はない。ハイグレ魔王さまもハラマキレディースも、パンスト兵もいない。……全部は、映画の中の物語なんだ。
 現実の僕に何が出来る? そう考えて、僕にできることは全部やった。ブリーフとランニングでの模倣はその筆頭。
 他にも、あの映画を何度も見るためにどうすればいいかということにも悩んだ。お小遣いには限度があるから新品のDVDを買うことはできないし、店の人に怪しまれたくないからあの一度以降DVDをレンタルすることはなかったし、良い方法は見つからなかった。しかし、ハイグレとの出会いから1年程して、思わぬ幸運――まあ僕にとっては、だが――が舞い降りた。例のレンタルDVD屋さんが、経営不振で店じまいをしたのだ。その際、これまで店に置いていた商品を1本100円で売り払うというセールを行った。それを聞きつけた僕はなけなしのお小遣いを握り締めて一人お店に出向き、同シリーズの映画を古い方から計3本購入したのだった。もちろん他2本はカモフラージュのためだ。僕のお目当ては初代の映画のみ。
 ともかくこうしてDVDを手に入れたが、この時点ではうちにはDVDプレーヤーはリビングの家族共用のものしかなかった。幸い両親は共働きで、4歳離れた姉は週に4日、放課後にスイミング教室に通っていたため、通信教育の習い事しかやっていない僕にとって映画は観放題だったが、それにはやはり危険が伴なう。残念ながら僕の部屋にあるのはテレビだけ。僕は長い間、家族バレの恐怖に耐えながらリビングで白のハイグレもどきの姿になっていた。視聴中に姉や親が帰ってきたことも一度や二度ではないが、様々な証拠隠滅の作戦を立てて回避してきた。気兼ねなくもっとずっと映画を観ていたいと思うようになるのは、当然のことだろう。
 そして転機は、今から約一年前に訪れた。世間の地デジ化――そういえば地デジカって、どうみてもハイグレ着てるよね――の影響で、DVDは番組を録画するには力不足になってきた。親はリビングに、DVDとBDプレーヤー付きのHDDレコーダーを設置した。つまり、まだ壊れてもいないDVDプレーヤーが引退させられたのだ。粗大ごみに出されようとしていたそれを、僕は「要らないならちょうだい」と言って自分の部屋に持ち込むことに成功した。そのときの喜びは計り知れないものだったのを覚えている。
 とまあ、運にも味方された僕のハイグレライフは、最近一層充実したものになっていた。
 だがしかし、一つだけ足りないものがある。それは僕にとって最も重要なことで、同時に長年夢見ていたことだった。
 ……ハイグレが欲しい。
 ハイグレ光線やハイグレ魔王さまが実在しないとしても、水着としてのハイグレはこの世界に確かに存在している。だって、映画公開当時の女の人の水着は、ハイグレばっかりだったって話なんだから。そして女性用水着の主流がビキニに変わった今でも、ハイグレは少なからず生産されている。
 だから、僕がハイグレを買うことは物理的に不可能ではない。不可能ではないが。
 ……お店の女性用ハイグレは、僕の欲しいハイグレそのものじゃない。
 僕が欲しいのは、あくまで「無地の」ハイグレだ。店にある「柄物の」ハイグレじゃない。何故か、完全な無地のハイグレをお店で見かけたことはない。小さくメーカーのロゴがあっても、僕には許せないし。故に、姉ちゃんのスイミングスクール用のハイグレも、小学校や中学校で着ている女子のハイグレも、僕にとって本物のハイグレにはならないんだ。スイミングのやつは柄があるし背中が丸く空いているし、学校の女子のやつは無地だけど足がハイグレじゃない。僕の理想とする本物の“ハイグレ”は、未だに見たことがない。
 大体、本物の“ハイグレ”とはそんな既成品じゃなくて、ハイグレ光線によって人それぞれに与えられる唯一無二のものであるはず。そうすると、本物の“ハイグレ”はこの世に存在しないことになる。
 だけど、どうしても諦めきれない。
 ……僕が“ハイグレ”を着る日は、来るんだろうか。
 何年も抱いていた僕だけの密かな思いは、ここ最近、我慢できないほどに膨らんでいた。

   *

 ――夏が始まった。

「アキ、買い物行くよ?」
 今日は日曜日。そして家族4人で郊外の大型ショッピングモールへ買い物に行く日だ。目当ては海水浴に行く際に必要な品々の購入。今年こそ海に行くぞー、と張り切る父さんにヤレヤレと肩を竦める僕と姉ちゃんではあったが、海を楽しみにする気持ちは僕たちにもあった。……まあ、単純に泳ぐのが好きな姉ちゃんとは違って、僕はハイグレ人間がいないか探したいという不純な理由からだけど。
 姉ちゃんの呼びかけに「うん」と答え、僕は車に乗り込んだ。
 他愛無い会話をしながら車に揺られて30分。ショッピングモールに着いた僕たち4人は、真っ直ぐ目的の海水浴用品コーナーへと向かった。
 父さんはパラソルや折りたたみのテーブルなどの大物を探し、母さんと姉ちゃんは日焼け止めクリームなんかの小物を物色しに行った。日焼け止めなんかちょっと分けてもらえさえすればこだわりなんて全くない僕は、一人手持ち無沙汰になった。まさかこの歳で迷子になることはないはずだが、一応家族とはあまり離れないよう、レジャーコーナーの中をぶらぶらした。
 子供の頃を思い出す虫かごと虫取り網。バーベキュー用の高級コンロ。ワンタッチで設営できるらしいテント。こういったものは見ているだけでもちょっと楽しい。
 ふと視界の端に、心惹かれるシルエットが見えた。僕の足は即座にそちらへ進もうとしたが、理性でセーブする。家族が呼びに来られたら、言い訳が面倒だからだ。……幸い、三人は浮き輪やエアボートの並ぶコーナーで何やかんやと言い合っていた。うん、今なら大丈夫だ。
 僕が早歩きで向かったのは、女性用水着の掛けられている一角。予想通りというか、やっぱりビキニの占める面積が最も大きい。これには少々がっかりした。こんなに露出の高いへそ出し水着に魅力なんかないんだよ。女はハイグレじゃなきゃ。そして男もハイグレじゃなきゃ。
「お」
 棚を巡っていると、ようやくハイグレ水着がひっそりと並んでいるところを発見した。ただ、僕の納得するデザインのハイグレはなかったけれど。
 でも折角なので、試しに手にとって見る。赤いハイビスカス柄でUバック、そして足もハイグレの水着。
「……これで赤一色なら最高なのに」
 ボソリと、思わず口に出てしまう。慌てて周囲を確認したが、近くには店員も含め誰もいなかった。
 僕は安心して、ハンガーを持って水着の観察を続ける。そういえばこれまでは、ハイグレじゃない水着なんてどうでもいいと思っていたため、僕は女性用水着をまともに触れたことも見つめたことさえなかった。でも今僕は、この水着に確かにワクワクを感じている。
 色以外は完璧なハイグレ水着。サイズはMと書いてあるにも関わらず、普段Mのシャツを着ている僕が見てもとても小さく見えた。
 少し光沢のある生地を撫でてみると、指がつるりと表面を滑る。水着は意外にひんやりしていた。次に、胸のあたりを両手で軽く引っ張った。それは思った以上によく伸び、そして手を放すと反動で全体がプルプルと震えた。水着を背面から見てみると、背中はU字に大きく開いていて、ついでに胸が当たる部分の裏地にベージュの布があることに気付く。へぇ、そんなものがあるなんて知らなかった。
 それからハイグレのハイグレ部分を観察する。足が出る2つの穴は縦に伸びていて、股間の最も細い部分は5センチあるかどうか。ブリーフを見慣れた僕にとってそれはあまりに衝撃的で、なおかつ……とても魅力的だった。
 ……これを着たら、どんな感じがするんだろう?
 自分の下腹部を見下ろしてVラインを想像し、ゴクリと唾を呑み下す。
 いや、だが待て! これはあくまで女性用の水着なんだ。決して“ハイグレ”じゃない。だから、男である僕が着ていいものじゃない。
 女の水着を着たいなんて、ただの変態だ。脳裏にふと「女児用水着を着用目的で100点窃盗した男を逮捕」とか言うニュースで見た、容疑者の顔写真の横に綺麗に整列させられた水着の映像がよぎる。こんなオッサンが女の子の水着を着るなんてあり得ない、そうお腹が痛くなるまで笑い転げた記憶も一緒に。
 ……ダメだ、冷静になれ僕! この水着を着たら変態だぞ! 着るなら本物のハイグレにしなきゃ。ハイグレが手に入るまでは我慢するんだ!
 何度もダメだダメだと繰り返し、落ち着きを取り戻しかけたその瞬間だった。
「アキー、いるー?」
 姉ちゃんの声だ! なんでこんな時に邪魔しに来るんだ。そう恨み言を言いたいところだが、そんな余裕が有るなら証拠を隠蔽しないといけない。名残惜しくもハイグレを元の場所に戻し、体勢を低くしてゴーグルコーナーにそそくさと移動してから返事をする。
「何?」
「ああ、そっちにいたの。今父さんがレジに並んでるから、それが終わったら帰るよ」
「分かった、すぐ行く」
 僕が言うと姉ちゃんは踵を返し、レジの方へと歩いていった。何とかバレずに済んだことに、ホッとする。
 仕方なく後を追おうとした僕だけど、どうしてもハイグレが気になって仕方ない。素早く水着の所に戻り、最後に一度感触を確かめる。
 ……そうだ、水着っていくらぐらいするんだろう。
 ふと気になって、値札タグを探す僕。飛び込んできた価格は、
「ろ、6000円!?」
 それは僕の半年分のお小遣いと同じだった。お年玉なんてとっくにほぼ使い果たしていたため、もし買うなら手持ちと合わせてあと3ヶ月必要になる。大体、その頃には水着の季節なんてとっくに終わってるじゃないか。
 ため息を吐き、水着売り場に背を向けて歩き出す。しかし、物理的な意味でも手にする機会という意味でも遠くなっていくハイグレを、僕は途中で何度も振り返らずにはいられなかった。

 帰りの車の中で、僕は悶々としていた。
 そもそも、僕はなんで値札なんて見たんだ? 例えハイグレだからと言っても、女性用の、しかも柄物になんて興味なかったはずだろう。だけど僕はそんな柄物ハイグレにときめき、少なからず「欲しい」と思ってしまったのだ。
 初めて柄物とは言え実物のハイグレを手にとって、まじまじ見つめて、そこに“ハイグレ”と変わらない魅力を感じてしまったのだ。
 理屈上は、それは当然の考えだろう。そもそも「女性用水着は例えハイグレであっても、僕の求める“ハイグレ”とは違うもの」なんて言うのは単なる僕の意地なんだから。普通の人から見たら“ハイグレ”も女性用水着の一種でしかない。だからこそ映画では「老若男女がみんな同じハイグレ姿にされる」というシュールなギャグが成り立っていたのだ。
 きっと僕は、“ハイグレ”を特別視、あるいは神格化するよう、長年をかけて自分で自分自身を洗脳していたんだ。
 そう、僕は洗脳されていた。だって、気付いてしまえばおかしな話だ。学校用やスイミング用の女子水着を除外するのはまだいい。しかし、“ハイグレ”と全く同じ形状をしたあの女性用水着を、どうして「ハイグレじゃない」と言えようか。
 ただ、こんな狂った僕の中にだって倫理観は存在する。女性用の水着を着る男なんて、変態以外の何ものでもないことくらいはっきり解る。
 だけど。
 僕はハイグレ人間になりたい。それが叶わないのなら、せめてハイグレが着たい。
 ……自分の気持ちをはっきりさせておこう。僕は今、この際柄物でも紛い物でも何でもいいからハイグレが着てみたいと――そう思っている。

   *

 ――翌々日。

 姉ちゃんがスイミングスクールに通うのは火木金土なので、今日は今週初のハイグレデーだ。そして同時に、僕にとっては大いなる決断の日。
 僕はハイグレが着たい。ならばそれは、姉ちゃんの水着でもいい、ってことじゃないか。全然寝付けなかった日曜の夜、そう思いついてしまったのだ。
 いつでも傍にあった、姉ちゃんの黒い競泳用ハイグレ。姉ちゃんの水泳大会に応援しに行ったときにはいつもハイグレ姿だったし、それが洗濯物として干されているところも飽きるほど見ている。それでもこれまで何の興味も沸かなかったのは、スポーツメーカーのロゴと、波のようなサイドラインと、そしてやっぱり背中の穴のせいだ。ロゴとラインを黒のペンで塗りつぶし、穴を裁縫で塞ぎたい衝動には幾度も駆られたが、ソッコーでバレてしまうのでは実行は不可能。
 ……そう思っていた。けど、あれも立派なハイグレじゃないか。
 “ハイグレ”の最大の特徴は、その名の由来でもあるキツい角度の切れ込み。本来の水着は足を長く見せるため、競泳用のそれは足を動かしやすくするためだという。しかしどんな理由にせよ、そこにもV字が存在するのは事実。
 だったら例え姉ちゃんのでも構わない。僕はハイグレが着たい。ただそれだけなんだ。
 今、家には誰も居ない。姉ちゃんが帰ってくるまで、約1時間半。状況はオールクリア。
 僕は作戦を開始した。と言ってもすることは単純明快。姉ちゃんの部屋に行き、衣装箪笥の中にある競泳用水着を拝借して、自分の部屋に持ち帰る。そして姉ちゃんの帰る前に元に戻す。それだけだ。
 姉ちゃんが水着を3着持っていることは確認済み。練習は最高3日連続けて行われるのだから、そうでもしないと着回せない。つまり、一週間のうちで練習初日である今日、家には2着のハイグレが残っているはず、という寸法だ。
 姉ちゃんの部屋の扉のノブに掛けた手に、汗が滲む。時々ゲームをしに入るときにはなんてことないのに、今日は緊張してたまらない。心臓の鼓動を感じながら、僕はそこに押し入った。途端にシャンプーの香りが鼻をくすぐる。まあ、いつもの姉ちゃんの匂いだけど。
 さて、さっさとハイグレを借りちゃおう。僕は観音開きのタンスの前に立った。板一枚向こうに、ハイグレがある。今の僕が改めて見たならば、きっと“ハイグレ”に勝るとも劣らないくらいの魅力を感じることができるだろう。
 ……でも、本当にいいのか?
 タンスに伸ばしかけた手が、硬直する。
 よく考えろ。僕がしようとしてるのは何だ?
「僕は、姉ちゃんのハイグレを……」
 着ようとしている。しかも、姉ちゃんのいない間に。
 それでは、“あの犯人”と同類じゃないか。本当に着てしまったら、僕は女の水着を盗んで着て喜ぶ変態になってしまう。
 ハイグレは着たい。でも、変態は嫌だ。ハイグレを着たいと思う時点で充分変態じみているのは自覚しているけれど、考えるのと行動するのでは次元が違う。
 僕は手を下ろした。自分の中の正義感や倫理観が、ハイグレを望む感情に優った瞬間だった。
 ……こんな馬鹿なことはやめよう。こんなことをしても、本物のハイグレ人間になれるわけじゃないんだ。
 潔く部屋に戻って、いつも通り映画を観ていつも通りハイグレをしよう。そうしよう。うん。
 ……でも、ちょっとだけ……!
 しかし、姉ちゃんの部屋を出ようとした直前にもたげた思いに突き動かされて、僕は姉ちゃんのタンスを片側だけ開けてしまった。
「うわぁ……!」
 そこには、予想通り2着の競泳用水着が吊るされていて、誰かに着られるのを今か今かと待っていた。
 頭に急激に血が上ってくるのを感じて、僕は理性のあるうちに扉を閉めた。ハイグレが視界から消える。すると興奮もまたスーッと収まっていった。
 僕は安堵し一息吐き、姉ちゃんの部屋を後にする。

「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 その日のブリーフ姿でのハイグレに、いつものような心地よさは感じられなかった。
「ただいまー!」
 時刻通りの姉ちゃんの帰宅に、僕は弾かれたように全てを片付ける。欲求不満。
 ……やっぱり、ハイグレが着たい。
 僕はあと一歩を踏み出せなかったことを、今更になって後悔した。

   *

 ――また翌々日。

 後悔とモヤモヤを抱えたまま過ごす日々は、この上なく苦しかった。
 ハイグレへの欲望は、抑圧すればするほど荒ぶる。目の前に夢が掴めるチャンスがあるのに我慢するなんて、もうたくさんだ。こんな思いをするくらいなら、いっそ変態の汚名を被っても……構わない。
 ……今日こそは姉ちゃんのハイグレを着るんだ。……着るんだ!
 自分の部屋の扉、姉ちゃんの部屋の扉を通り、再びタンスと対峙する。一昨日はここで負けた。でも、今日の僕は違う。白いハイグレもどきを着た、欲望に忠実な一人のハイグレ人間として、ここに立っている。
 頭に響こうとしている制止の声を振り払い、僕は両手をタンスの把手にかける。その手は緊張で汗ばむだけでなく、ガチガチに震えていた。
 三度、ゆっくり深呼吸をする。震えは和らいだ。
「よし!」
 僕は夢の扉を、一気に開け放った!
 ……え……? 何だ、これは……!?
 動揺。目が泳ぐ。そこには、全く予想だにしない光景が広がっていたのだった。
「……ハイグレ……だよな?」
 タンスの中には一本の支え棒が通っている。その左側には、競泳用水着が2つ掛かっていた。それはいい。それが目当て――のはずだった。
 問題なのは右の方だ。綺麗に揃ったハンガーの数は12。かかっているそれらの数は11。
 “それら”は僕の目には、どう見ても“ハイグレ”にしか映らなかった。それぞれ右側から赤、オレンジ、黄緑、緑、紫、青、水色、ピンク、茶色、白、そして黒一色に塗られた、隣の競泳用水着と比べても鋭い角度とやや深めのUバックの水着。僕の理想の“ハイグレ”そのものが今、目の前に存在していた。しかも複数。壮観だった。
「何で姉ちゃんのタンスに、ハイグレが……!?」
 待て待て。理解が追い付いていかない。ここにはスイミングの水着を探しに来たのであって、ハイグレがあるなんて知らなかったし思ってもなかった。大体、姉ちゃんの部屋にどうしてハイグレがあるんだ。これじゃあまるで、姉ちゃんがハイグレを着ているみたいじゃないか。そんな馬鹿な話があるか?
 でも、頬は痛い。現実は嘘をつかない。この1つ空いたハンガーにかかっていた色のハイグレを、姉ちゃんは今着て外出している。そう考えるのが一番自然だった。
 姉ちゃんの真意は分からない。もし訊けばそれは僕がタンスを覗いたことの自供になってしまう。
 だから僕はとにかく、自分のために行動することに決めた。僕にとっての真実は、目の前に“ハイグレ”があるということ。そしてそれを、着たいということ!
 震える手で、色の選定をする。正直言えば、どれでもいい。なので僕は、一番端にも関わらず一番目を惹かれた、赤のハイグレを取り出した。赤はまつざか先生の色。スパイという、身も心もハイグレに染まりきった色。また同時にまさお君の色でもある。初っ端に男なのに暖色系の色を着せられ、無様にハイグレポーズを晒した色。そう考えると、赤はあの映画を代表する色なのかもしれない。
 僕は赤のハイグレを、ショッピングモールでやったようにじっくり眺め、触り、伸ばし、裏返し、V字を見た。生地はあのときの水着より一層柔らかく、薄く、よく伸び、そして一回り小さく思えた。
 ……これが、今から僕が着るハイグレ……!
 ハンガーから肩紐を外し、両手で持ってみる。それから姿見の前に行き、自分の身体に合わせた。だが全然丈が足りず、肩の高さに合わせると股間の布がへその下くらいまでしかないことが分かる。こんなサイズで大丈夫なのか? と少し心配になるが、それで決心が揺らぐことはなかった。キツイとは言い換えれば、ピッタリ食い込んで気持ちいいということだから。ちなみにサイズは競泳水着がMで、ハイグレはどれもそれとほぼ同じ丈だった。姉ちゃんの身長は、僕より5センチ低い程度。ということは、このハイグレも僕にも着れないことはないはずだ。
 僕はハイグレを手に、着方のイメージトレーニングをする。女性用水着は肩紐や脇の下の布を持ち、パンツの要領で穿いて引き上げ、それから肩紐に腕を通すのだ。こんな動作が必要な服を、僕は今までの人生で着たことがない。昔は学校の女子の水着を含め、どう着ているのか不思議に思ったものだ。
 よし、心の準備は整った。僕はゆっくりとランニングとブリーフを脱いで一旦全裸になる。ここが姉ちゃんの部屋であることは、なるべく意識しないようにした。
 そして。
 ……遂に、ハイグレを……。
 着る時が来た。
 これから味わう快感を思うと、勝手に心臓が早鐘を打つ。1分後の自分がハイグレを着ていると思うと、途端に羨ましくてたまらなくなる。
 そんなとき、僕を邪魔する声があった。
 ……この変態! 男がそんなもの着ていいと思ってるのか!
 くそ、こんな時に水を差すなよ! 僕は、ただハイグレが着たくて……!
 ……それを変態だって言ってんだ! 女の水着、それも実の姉のだぞ!
「うるさいっ!」
 ここでやめたら、また後悔する! この前は競泳水着だった。だけど今度は……“ハイグレ”なんだぞ! 夢にまで見た、あり得ないと思っていた、ハイグレなんだぞっ!
 着るんだ、僕! 着て、ハイグレ人間になるんだ!
 そして、お前もハイグレ人間に転向しろ! “僕”っ!
「……っ」
 心のなかで雄叫んで、僕は前傾姿勢になり、広げたハイグレの中に2本の足を順に差し入れる。パンツならば大したことのない作業なのに、今の僕の両肘はがくがくと震えていたため難儀してしまう。
 落ち着け、早まるな、息を整えろ。
 ……大丈夫。着よう。
 僕はゆっくりと、ハイグレを引き上げていく。ふくらはぎの産毛が布に優しく擦れてくすぐったい。
 そして、僕のアレにハイグレが届く。だが、ハイグレの股間の布の幅は4センチもない。いくらなんでも細すぎて、ヘタするとはみ出してしまうのではないかと思っていたけれど、意外とこの時点では大丈夫そうだった。タマが、アレが、そしてお尻が、ハイグレの布にキュッと包まれていく。
 へその高さまで穿いたところで、僕は一旦ハイグレを手放した。この時既にアレやタマがハイグレによってしっかり固定され、僅かに窮屈さを覚えていた。また、僕の下腹部にはVラインが描かれているものの、まだ足回りはだるだるで、目一杯引き上げたブリーフくらいの鈍角でしかなかった。
 不完全で間抜けなハイグレ姿が鏡に映っている。それでも半分は、ハイグレ人間だ。締め付けられているお尻に手を回し、ハイグレの感触を確かめる。すべすべしてて、気持ちいい。どうやら後ろもなかなかの角度が付いているらしく、お尻の左右それぞれ半分がどうしても露わにさせられていた。
 あとは肩紐に腕を通せば完了だ。ハイグレ人間になる時は、もうすぐそこまで迫っていた。
 ……本当に、いいのか?
 なのに、またお前か。
 ……今ならまだ間に合う。早くそんなもの脱いで、元通りに戻そう。
 さっきも言っただろ? もう僕はやめないよ。
 ……お前なんか……人間じゃない。
 その“僕”の最後の一言が、僕の心を一気に燃え上がらせた。
「そうだ、僕は人間じゃない。僕は……ハイグレ人間だぁぁぁぁぁぁっ!!」
 叫び、僕は無心でハイグレを胸のあたりまでグイッと引き上げた。お腹と背中が布地にぐるりと包まれた。心なしか切れ込みの角度が鋭くなった。
「う……くぅ……」
 そして肩紐を伸ばし、そこに右腕を潜らせる。鎖骨と交差するような位置に紐を合わせた瞬間、右側で余っていた布地が全て上に引っ張られた。その結果右脚がハイグレ状態にされてしまう。左腕にも肩紐を通すと、当然左脚もハイグレ化する。
 最後、肩紐を握ったこの右手を離せば、全てが終わる。既に体中がハイグレに締め付けられて気持ちよさに狂ってしまいそうだったけれど、その我慢もこれで終わり。ただ手を放すだけで、僕はハイグレ人間として完成する! 
 ――パチン。肩紐が収縮し、僕の肌を打った。
「うわああああああああああああっ!!」
 思わず叫んだのは、どうしてだろう。とにかく色んな感情が次々に浮かび上がってきて、グチャグチャになるんだ。
 僕は鏡を覗き込んだ。そこには、ハイグレを着た喜びに震えるハイグレ人間がいた。
 赤と肌色のよく映えるコントラストによって彩られた僕は今、紛れも無くハイグレ姿だった。
 ……す、スゴい……! なんだこれ、これが――これがハイグレ!?
 ハイグレの上からですらはっきりと窪みの分かる、へそのあたりを撫でてみる。生地の触り心地がさっきとは少し違って、より滑らかになっていた。そして何故か、直接触れるよりも遥かに敏感に、肌が触覚を感知する。ハイグレの着心地が、そうするのだろうか。ただ着ているだけでさえ適度に身体を締め付けられ、十二分に気持ちが良くなっているというのに。
 特にハイグレが食い込むのは、やはり左右の肩紐と股間の布だった。これらが上下で僕の身体とハイグレを結びつけ、他の布部分で張り付いている、そんなイメージだ。また、ハイグレと素肌の境目――つまりは脇の下やV字、お尻のラインの縁取りも、否応無く身体にハイグレの形を教えこんでくる。ここにハイグレがある。絶え間なく、僕はそう意識させられるのだ。
 僕は男だから、当然胸はない。もしそれがあったなら、それがハイグレに密着され押し込められる感覚というのはどんなものなんだろう、と少し思ってしまう。あと、男にはあるアレがないことによる感覚。今僕のアレは、ギリギリだったけど完全にハイグレに包みこまれて固定されて、形がもっこりくっきりと浮き出ている。まあ、それはそれで安心感がある。でも、女の人にはこんなものは付いていない。本来ハイグレ水着を着るべき女の人は着用時、どんな感じがするんだろう。
 ……いや、別に女の人になりたいってわけじゃないけど、こんなの着てたら変なこと考えちゃうのも仕方ないでしょ?
 誰にともなく言い訳をする僕は、素肌を晒している骨盤のあたりに手を当てた。自分で着てみて初めて、ハイグレの残酷なまでの強烈さを思い知った。水着の名称を根拠に考えれば、僕の足の付け根はへそと同じ高さにまで上がっているのだから。左右のそこから股間まで一直線に伸びる水着の線は、僕がハイグレを着ていることの確かな証拠であった。
 そして背中にも手を回してみると、水着と肌の境目がおおよそみぞおちの真裏くらいであることが分かった。実は肩紐の感覚は肩甲骨から下はなくなっていて、腰の辺りでようやく布に包まれていることが自覚できる。U字のラインを実感できないため、触ってみない限りは背中の様子が分からないのだ。
 だがそこではたと気付く。身体を捩って姿見で見ればいい話だということに。
 早速回れ右をし、首を後ろに向けた。しかしそれだけでは鏡はよく見えない。そこでストレッチの要領で上半身を捻じると、今度こそしっかりとU字の背中を確認することができた。できたのだが、そこで思わぬ感覚を得る。
「ふあぅっ!?」
 サリサリ、サリ。今しがたの動作に追随して伸縮したハイグレが、僕の身体のありとあらゆるところを擦ったのだ。まるでハイグレを着ている部分を一度に優しくくすぐられたかのような快感に、思わず息が漏れる。
 高鳴る心臓に手を当てながら、再び鏡に向かい合う。
 ……これが、ハイグレを着て動くってこと。じゃあ、ハイグレポーズを取ったなら……!
 言わずもがな、ハイグレポーズは結果としてガニ股と腕の動きによって股間を強調するポーズである。そしてその正しい動作は、本気で繰り返そうとすると相当な運動量になるほど、かなりの大振りである。もしそんな動きを、僅かに動いただけで気持ちよくさせられてしまうこのハイグレを着た状態でしてしまったら。
 僕は恐怖を覚えると同時に好奇心と義務感をも抱いたが、すぐに後者が勝って恐怖をかき消した。
 ……やろう。だって僕は、ハイグレ人間なんだから。
 鏡の向こうの僕が両足を100度以上外側に開き、腕を股間の近くに添える。それから膝を折り曲げて上体を前傾させる。この時点で背中の布と肩紐が伸びて肌に張り付き、股布が股間全体をツーっと撫でた。でもこれを乗り越えなきゃ、ちゃんとしたハイグレ人間にはなれないんだ。
 僕の今の体勢は、短距離走で言えばクラウチングスタート。覚悟一つでいつでもハイグレが出来る、臨戦態勢。
 映画のハイグレに憧れ、自分もいつかハイグレを着てハイグレがしたいと、人生の半分以上思い続けた。
 その夢が今――叶う!
「――ハイグレっ!!」
 ありったけの思いを込めて、ハイグレポーズ!
 手は水着のライン上を駆け抜け、背筋は反り返り、口は「ハイグレ」と叫ぶ。はたからどう見られようとも、このポーズこそがハイグレ人間にとって忠誠の証であり自己存在の証明なのだ。だから恥ずかしくなんてない。いや、むしろ――
 ……最っ高の気分だ……!
 肉体的な快感は、最早言葉には表せない。ハイグレを触っただけ、着ただけ、ちょっと動いただけ、あんなのはただの遊びだった。その上、体の芯からじんわりと暖かいものが溢れてくる感じがした。それは達成感や幸福感といった感情だろうと思う。
 ハイグレによって味わえる様々な、想像を遥かに超えた量の快の感情。ハイグレをすれば、こんなにも素晴らしい気分になれるんだ。
 ……ハイグレがしたい!
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 僕は既にハイグレの虜になっていた。ここからはもう、ただひたすらにハイグレをしていたように思う。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 疲れも息切れも、微塵も感じなかった。そしてハイグレに関わらない全ての事柄が頭から消えていく。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ハイグレの度に水着が擦れ、ハイグレの存在を意識させられる。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ハイグレの動きで、僕は僕がハイグレ人間であることを誇る。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 このまま一生ハイグレし続けたい。
 そう、思った直後だった。
「ただいまーっ」
 僕の世界にピシリと音を立ててヒビが入り、間もなくガラガラと崩れ去る。
 一瞬完全に硬直した僕は鏡を覗き込んだ。そこには、姉の部屋でハイグレを着て興奮し、顔を真赤にした哀れな中学生男子がいた。
 僕は反射的にあるいは本能的に、生存への行動を取った。後悔や名残惜しさをかなぐり捨てて瞬時にハイグレを脱ぎ去り、ハンガーに掛けてタンス内突っ張り棒の真ん中にダンクシュートして扉を閉める。ブリーフとランニングを掴み前後を確認せず身につけて、念のため持ってきておいたズボンとTシャツを、着るというより被るという方が相応しいくらい雑に纏った。
 ドアノブが捻られたのは、ここまでの動作を済ましきった後である。
「アキ、何であたしの部屋にいんの?」
 隙間から向けられている訝しげな視線に、僕は肩の上下するのを隠して答えた。
「い、いやさ、僕のペンのインクが切れちゃって。えっと……ごめん、勝手に借りた」
 それを聞いてから部屋に踏み入った姉ちゃんの表情は、少しだけ緩んだように見えた。
「ならいいけど。無駄遣いしないでよ?」
「大丈夫、大した用事じゃないから」
 姉ちゃんは床に鞄を放り、手を洗いに行った。濡れた髪が視界から消え、僕はようやく大きく息を吐く。
 ……た、助かった……。
 良からぬ行為を見咎められたとき最も波風を立てない解決法は、とにかく平静を装うこと。さも日常のワンシーンであるように振る舞うことで、相手にもそれ以上の不審感を抱かせずに済む。現に姉ちゃんは勝手に納得してくれた。
 まあ、こうなってしまったからには長居は無用だ。周囲を見渡し、ハイグレの痕跡が残っていないことを確認して僕は自分の部屋に帰った。
「はぁ……」
 後ろ手に扉を閉めると、同時に緊張の糸もぷつりと切れた。僕は肩を落とし、千鳥足でベッドに飛び込む。
 足の付け根に違和感を覚え、仰向けのままズボンを下ろすと、そこには前開きがなく、普段以上にハイグレとは正反対のブリーフが現れた。正反対も正反対、それは前後を間違えて穿いているのだから。
 改めて下着を穿き直し、ついでにTシャツの首周りのねじれを整える。そして思う。
 ……ハイグレ……。
 2分前の修羅場の際に一旦完璧に捨て去ったハイグレへの未練。それが今、大きな反動を伴って心のなかで膨れ上がっていた。「気持ちよかった」「もっと着ていたかった」というものから「姉ちゃんがもう少し遅く帰ってくれば」とかいうものまで。そのどれもが例外なく、ハイグレを求めているのだった。
 ……もう、ハイグレなしでは生きていけない。
 自分の体に、暗くもやもやした感情が満ちているのを感じる。欲求不満? いや、もっと単純に――切なかった。淋しかった。
 僕の人生初のハイグレ体験は、こうして終わった。

   *

 ――翌日。

 三歩進んで二歩下がっても、確実に前進しているのだ。
「今日もよろしくな」
 姉ちゃんの部屋のタンスの右端から取り出した赤ハイグレに、僕はそう語りかけた。
 タンスといえば、今日は昨日なかった黄色のハイグレが掛かっており、代わりに青のハイグレが姿を消していた。こうなればもう、ほとんど疑いようがない。
 ……姉ちゃんは、普段からハイグレを着ている。
 もちろん理由は知る由もない。スイミングの水着を着ているうちに普段着にもしたくなってしまったのか、着るだけでダイエットやシェイプアップ効果があるという可能性も捨てきれないし、はたまた僕と同じように映画の影響かもしれない。……いや、最後のは流石にないか。
 何にせよ、僕は姉ちゃんの秘密を握ってしまった。しかし僕の秘密だけは絶対にバレるわけにはいかない。いくらしているのが同じ「ハイグレを着ること」であっても、僕の方が数千倍変態度が高い。もしバレたなら、あらゆる意味で人生が終わる。そんなのは嫌だ。でも、やめられない。
 一糸まとわぬ姿になった僕は、一日ぶりにハイグレに足を通す。ハイグレが体を撫で上げ、下半身を無防備な安定感で包み込み、肩紐を通して着用完了。緊張はしたが、昨日ほどではない。その割にハイグレは僕の体に、昨日よりもピッタリと馴染んでいた。
「これだよ……この感じ」
 手足は大きく解放され、対照的に体は強く締め付けられる。しかし苦しさはない。それどころかハイグレは、僕という存在を世界に固定し、画定してくれているのだ。ハイグレを着た僕こそが、本当の僕。僕はハイグレを着て初めて、僕になれる。
 そしてハイグレ人間の僕は、ハイグレ人間としての責務を全うするのだ。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ガニ股状態で両腕をVの字に動かし続け、ハイグレと叫び続ける。一生懸命に、一心不乱に、無我夢中で。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ある時僕はふと、自分がハイグレをするだけのマシーンであるかのように感じてしまった。無意識に、ただただハイグレを繰り返すようプログラムされた存在なのではないかと。
 しかしすぐにそれは違う、と叱咤する。僕は自分の意志でハイグレを着、ハイグレポーズをすることを望んだのだ。我、ハイグレをする、故に我あり。ハイグレで悦ぶ僕のこの心は、紛れも無く僕のものなのだから。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 こんな僕を、他の誰が認めてくれようか。ハイグレで興奮する変態なんて、世間にバレたらすぐさまニュース行きだ。
 でも……もし人類全員がハイグレ人間になったなら。
 老若男女を問わずハイグレ姿で町を出歩き、挨拶としてハイグレをし、そして魔王さまを崇めるのだ。当然学校も全員がハイグレ人間なので、集会では何百人が一斉にハイグレポーズを繰り返す。ああ、僕にとっては楽園、桃源郷としか言えない。
 ……ま、そんなステキな世界が実現する可能性なんかないけれど。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 いいさ。誰も味わっていないような幸福を、僕は独り占めにしているんだから。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 ああ、このまま一生ハイグレを着続けて、ハイグレし続けていたい。身も心もハイグレに溺れた僕が次に願うのは、そんな叶わぬ夢だった。
 邪念など一切抱かず、ハイグレだけに意識を集中する。際限なく高まっていく快感を全身で享受しながら。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」」
「どう? ハイグレは気持ちいい?」
「ハイグレっ! うん、すっごく気持ちいい! ハイグレっ! ハイグ――ッ!?」
 僕の生命活動はその刹那、絶対零度に放り込まれたかのように凍結した。赤いハイグレを着て、はしたなく股を広げ、両腕を引き上げて、妙な単語を口走った状態のまま。
 背後で扉が開き、声の主は徐ろにミシ、ミシと床を鳴らして僕に近づいてくる。その視界に僕が入っていないということは、万が一にもあり得ないだろう。
 ……ああ、終わった。
 単純にそう思った。これまで完璧だった隠蔽工作も、たった一度のミスで瓦解する。ただ、たった二日とは言え長年の思いを果たせただけでも……僕は本望だ。
「アキ」
「……はい」
 姉ちゃんの手が、優しく肩に置かれる。それによって、止まっていた時が動き出した。呪縛から解き放たれた僕が最初にしたのは、
「――申し訳ありませんでしたぁっ!」
 振り向きざまに体勢を屈め、正座して額を床にグリグリと押し付けることだった。姉ちゃんがどんな顔をしているか、一瞥することすら恐ろしくて出来なかった。
 そんな無様な格好での無様な土下座で、何が赦されるとは思っていない。何を赦してもらおうとも思っていない。でも、これしか姉ちゃんに対して言う言葉がなかったのだ。
 1分ぐらいの間は、沈黙がその場に留まっただろうか。それを破ったのは、姉ちゃんだった。
「立って、アキ」
 そっと差し伸べられた手を、僕は言われるがままに掴み、立ち上がった。その動きに反応して肌を摩擦するハイグレに、こんな時だというのに再び興奮してしまった僕自身がとてつもなく情けなくなる。
 直立不動で俯く僕の姿を姉ちゃんは黙って見つめ、それから口を開いた。
「ハイグレ、好きなの?」
 最早言い逃れは出来ない。僕は観念して、全てを白状する。
「……はい」
「いつから?」
「初めてあの映画を見たときから……」
「ずっと?」
「はい……」
「ハイグレが着たかった?」
「……はい」
「ハイグレ光線を浴びたい、とか?」
「思っていました……」
「ハイグレ人間になりたかったの?」
「……そう、です」
 覚悟はしていたけれど、僕にとってこれは最低最悪に屈辱的な拷問であった。
「あたしの部屋に、ハイグレの為に入ったのは何度目?」
「2……いや、3度目です」
「今日はあたしが出かけてから、ずっとここで?」
「ハイグレ、してました……」
 これ以上の辱めはこの世に存在しないだろう。そう思っていたのに、姉ちゃんはその予想をあっさりと超えてきた。
「じゃあ、今からハイグレして見せて」
「は……!?」
「今までずっとしてたんでしょ? だったら出来るでしょ。あたしに見せてよ、あんたのハイグレ」
 素っ頓狂なことを言ってのけた姉ちゃんの顔は、しかし微塵も笑っていなかった。
 ……やるしかない。
 逆らえない。姉ちゃんの言う通りにしなければいけない。姉ちゃんに僕のハイグレを晒すしか、僕に選択肢は与えられていなかった。
 恐る恐る、僕はガニ股になり腕を下ろす。
 ……恥ずかしいよぉ……。
 これから僕は、実の姉にハイグレを見せつけるのだ。そう思うと、同じハイグレポーズをするだけなのに顔から火が出そうだった。
「は、い……ぐれ」
 きつく目を瞑り、足の線を10センチほどなぞった。その瞬間ハイグレが、僕の中で誇らしい動作から屈辱のポーズに様変わりする。
「それがハイグレ? 違うでしょ、もっと大きく!」
 何となく、ハイグレ人間に転向させられ、したくもないハイグレを強制的にさせられる人たちの気持ちが理解できた気がした。
「はいぐれ……っ!」
 ちらりと瞼の隙間から覗いた姉ちゃんは、全然納得していない表情をしていた。
「はいぐれっ……はいぐれっ……はいぐれっ!」
 ……もうこれで許してよ……。
「もっとっ!」
 一喝され、僕はもう恥をかなぐり捨てる以外ないと悟る。屈辱を必死で噛み殺し、僕は一気に息を吸い込んだ。
「――ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」
 ……悔しい……なのに、気持ちいい……!
 姉ちゃんに見られているというシチュエーションが生み出した限界を超えた恥辱が、僕の心を揺さぶった。
 ……もうどうにでもなっちゃえ!
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 さっきと同じくらい、いや下手するとそれ以上に無心にハイグレを繰り返す。顔が火照る理由が、恥ずかしさなのか興奮なのか自分でも判断がつかなくなっていく。
 傍から見たらどれだけ無様な醜態だったろうか。やがて姉ちゃんは大声で笑い出した。
「あはははははっ! やめていいよ、アキ! もう分かったから!」
「ハイグレッ! ハっ……」
 一度余分にしてしまい、怒られるだろうかと思ったがそんなことはなかった。姉ちゃんは涙を浮かべた目で僕に視線を送る。
「あんたは完全にハイグレ人間になったわけだ! ハイグレ人間、アキなんだね!」
 そんな風に呼ばれた僕は、心が喜びに疼くのを感じた。自分はハイグレ人間になったのだ。他者に認められることで、初めて自分に意味が与えられる。それがとても素晴らしく思えた。
「そう……僕は、ハイグレ人間だ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 全てを打ち明け開き直った僕に、恥ずかしいことなど何もなくなった。姉ちゃんに対してなら、もうどんなことをしろと言われても躊躇わないだろう。
 こんな残念な弟を見て、ニンマリ唇を曲げる姉ちゃんは何を思っているのだろうか。弱みを握って下僕にしようと企んでいるとか? それならいいけど、せめて親や友達にバラされるのだけは勘弁して欲しい。そんなことになったら生きていけない。
 果たして姉ちゃんは、口を開いた。
「よく頑張ったね、アキ。ご褒美に幾つか、あたしもずっと秘密にしてたことを教えてあげるよ」
「ひ、秘密?」
 何のことだ。というかそれが姉ちゃんにとって何の得になる? 僕には姉ちゃんの意図が全く分からなかった。
 次の瞬間飛び出したのは、僕の長年の努力と自信をバラバラに打ち壊す言葉だった。
「1つ目。あたし、あんたがハイグレ人間に憧れていたこと、昔から知ってたよ」
 ……はい?
「だからさ。アキがハイグレ人間になりたがっていたことなんて、あたしはとっくに知ってたんだってば。みんなが留守のときに、一人でパンツとランニングだけになって『ハイグレハイグレ』ってしながら、あの映画のDVDを観て――」
「わ、わああああああっ!? 何で! どうしてッ!?」
 衝撃の暴露をされた瞬間、僕は狂乱して姉ちゃんに詰め寄った。しかしその出で立ちがハイグレ姿では、迫力も何もあったものではないが。
 姉ちゃんはバツが悪そうに、少し視線をずらす。
「いやだってあんた、あれで全部隠し切れてると思ってたの? あたしが帰ってくるなり途端に部屋の中でバタバタ駆けずり回ってさ、開けてみれば不自然に布団に包まって平然と漫画読んでましたー、なんて誰が信じる?」
「う……」
「しかも時々布団から脱げたズボンの裾が見えてたし。それだけでも充分変でしょ、布団の中で下着姿だなんて」
 既に放心状態の僕に対して、尚も姉ちゃんの波状攻撃は止まらない。
「極めつけはアレだね、ケース。TVは消して、服も隠し――ているつもりで、それでもほぼ毎回、アキはあの映画のDVDのケースを床に置いておいたまんまだったね。だからお母さんにもいつも言われてるでしょ、ちゃんと片付けろって。ほんと、ツメが甘いんだから」
 というオーバーキルをモロに食らって、全身から力が抜けていく。僕は全てを隠し通せているつもりでいて、実際は全てがバレバレだったというわけだ。
「何年も前だけど、変だなーって思ってあたし、一度早めに帰ってきたのね。音を立てないように扉を開けて、忍び足でリビングに行くと、そしたらアキがDVD観ながら下着姿でハイグレしてたわけ。あんた、あたしに全然気づかないでやんの。面白かったからいつもの時間までずっと見てたよ」
「もう、やめて下さい……」
 僕は項垂れ、震え声で白旗を揚げた。ただひたすらに自分が愚かしく恥ずかしい。
 このまま死んでしまいたいと思うくらいに悶え苦しむ僕に、続けて姉ちゃんは何事かを打ち明ける。
「それじゃあ衝撃の事実、その2。こっち向いて、アキ」
「は、はい」
 今度は何なんだよ。自分自身思い当たる節すらないが、さっきのこと以上のものがもし存在したのなら、本当に生きていけない。
 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。呪文のように唱えても、姉ちゃんの口を封じることは叶わなかった。
 ああ、姉ちゃんが動く。
「言葉で言うより実際に見てもらったほうがいいよね。――ふっ!」
 そして姉ちゃんは鋭く息を吐き、何をトチ狂ったかシャツの裾に手を掛け、一気に脱ぎ放った!
「あ……あああっ!?」
 僕の目の前に露わになったのは、姉ちゃんの大きくはないがはっきりと盛り上がった双丘を覆う、空のように青いハイグレ水着、その上半身であった。すぐに膝丈のスカートも脱いでしまうと、シャープなV字が出現した。すらりとしたその体格をピッタリ包む姉ちゃんのハイグレは、僕の着ているそれと全く同一のデザインをしていた。
 そうだ、今の今まで忘れていたけれど……姉ちゃんもハイグレを着て出かけていたんだった。
 本来の対象である女の人に着られたハイグレは、姉ちゃんを魅力的に演出する。僕はおそらく初めて、姉ちゃんを一人の女性として認識した。
 こんな思いを抱いた直後、またしても僕の何かが崩れ去るのだった。
「――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ちょ!? え、ね、姉ちゃ……っ!?」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 そこには自信たっぷりの笑顔でマヌケなポーズをとる、僕の姉がいた。
 姉ちゃんはいつも几帳面で真面目で、小うるさく僕を叱って、でも優しいところもあって、少なくとも……こんなことをする人じゃない。
「何やってんだよ……!?」
「何って、ハイグレ以外の何に見える? ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 なのに今、姉ちゃんは。
 青のハイグレで股を大きく広げ腕を上下させ、胸を揺らしながらハイグレと繰り返し叫んでいた。
 愚かな弟に劣らず愚かな様で、ハイグレをしていた。
 僕はこんな事態になるなんて想像だにしていなかった。姉ちゃんは僕とは違う目的でハイグレを所持していたのだと、勝手に思い込んでいた。それもそうだ、ハイグレポーズを自らしたいと思う人間なんて、世界で僕しかいないと思っていたから。
 なのに実際は、僕の最も近くにいたんだ。
 絶え間なくハイグレポーズをとる姉ちゃんに届くかどうかという声量で、訊ねる。
「姉ちゃんも……ハイグレ人間、なの?」
 すると姉ちゃんは動きを止め、しっかり僕を見つめて答えた。
「そうだよ」
 今日何度目かの雷が僕を襲う。何なんだよ、どうなってんだよ、もう。眩暈がする思いだった。
 腰に手を当てて姉ちゃんが、頭の上手く回転していない僕に語りだす。
「正直、アキはいつ気付いてくれるのかなって思ってたんだけどな。ハイグレを着たいあんたは、いつか必ずあたしの水着に手を出すはず……そのいつかが、まさか今までかかるなんてね」
 言い返す言葉が見つからない。
「あたしも、あんたと一緒に映画を観たときに思ったんだ。『いいなぁ、ハイグレ』って。だからあたしはお母さんに頼み込んで、スイミングスクールに通わせてもらった。もちろん、本当の理由は隠してね」
 言われてみれば、僕や姉ちゃんが映画と出会った当時はまだ、姉ちゃんは水泳なんてやっていなかった。そして僕がDVDを手に入れた頃には姉ちゃんは週4日、放課後を留守にしていた。そのとき既に、姉ちゃんもハイグレの虜だったなんて。……というか水泳を始めた理由って、単に「合法的にハイグレが着たかったから」!?
 僕は一瞬、女の身が本気で羨ましくなった。
「アキもハイグレ人間になりたがっていることを知ったのは、その少し後だった。やっぱりあたしの弟なんだな、って思うと同時に、一緒にハイグレが出来たらどんなにいいかな、とも考えた。でも、あんたは当時小学校低学年。ハイグレをしているのは男の子にありがちなヒーローごっこの延長であって、ハイグレ自体に興味があるとは限らない。もちろん、あたしからカミングアウトするのは流石に恥ずかしかった。だから、あたしは罠を仕込んだ」
「罠……?」
「簡単なことよ。あたしの部屋のタンスに、これ見よがしに水着を掛けておくの。もしアキが本気でハイグレを着たいと思っているなら、絶対にあたしの水着が候補に挙がるはず。自分で買う可能性より家族のものを借りる方が全然高いしね。だからアキがあたしの水着を探しに来たら、すぐに場所が分かるようにしておいた。……ちょっと聞きたいんだけど、あんたがあたしの水着を着ようとしたのって、本当に3度目?」
「そ、それは本当。実際に着たのは、昨日と今日だけ……」
 予想外、という文字が姉ちゃんの顔にありありと浮き出ていた。
 話が真実なら、姉ちゃんの誤算は僕が初めから“ハイグレ”にしか興味がなかったことだろう。当然、小さい頃から姉ちゃんの水着は気になってはいたけれど、着たいと思う対象ではなかったのだから。
「うーん、そっか。あ、ちなみに小学生や中学生の頃はスクール水着も吊るしておいたんだよ。高校のプールは水着が自由だったから競泳水着にしちゃったけど」
 どうでもいいわ。
「とにかく昨日、あんたは遂にあたしの罠に引っかかった。まあ、何となくそろそろかなとは思ったんだよね。日曜日、アキが女性用水着コーナーでハイレグ水着を眺めてたの、知ってたからね」
 ああ、結局それもバレてたのか。ガクリと落ち込む僕だが、今しがた姉ちゃんの言った一つの単語に僅かな違和感を覚えた。
「姉ちゃん、今“ハイグレ”のこと、“ハイレグ”って言わなかった?」
 問うと姉ちゃんは不思議そうな顔をし、それから数秒の後――腹を抱えて大笑いした。
「あっはははははははっ! アキ、あんたまさか女のワンピース水着っ、全部“ハイグレ”って呼ぶと思ってたの? あはははっ!」
 カッと顔が熱くなる。理由は分からないが今、僕は自分の発言を馬鹿にされているのだった。
 ……何だ、なんで笑われてるんだ? だってそうだろ? そうなんじゃ、ないの……?
「あのね? 説明するけど――まず、脚、つまりレッグの部分をハイカットにしたデザインを“ハイレグ”って呼ぶのよ。で、女の人の水着の種類で、肩から股までひと繋がりなやつは普通、ワンピースって言うの。その中で特にハイレグデザインの水着を、まとめて“ハイレグ”って言うようにしてるだけ。……そもそも“ハイグレ”って、しんちゃんの言い間違い、というかあの漫画の造語だからね? スク水はスク水だし、競泳水着はハイレグカットだけどハイグレとは言わないし、それは他の普通のハイレグ水着も同じなの。理解した?」
 姉ちゃんの説明の途中から、僕の中の感情は恥ずかしさ一色に変化していった。ハイグレを見られた時とは違う、純粋な勘違いによる羞恥心。僕は今まで、何を思って生きてきたんだろう。時々違和感くらいは感じていたのに、疑ったり調べたりしなかったことを後悔する。
「て言うか映画でひろしが言ってたじゃない。『ハイレグの水着姿なんだ』って。……なんていうか、あんた本当にハイグレのシーンしか観てないのね」
 指摘は図星だった。そしてそう言われてみるとそんな気もする。ああ、穴があったら入りたい。……まあ冷静に考えれば、今の僕の姿こそを本来恥ずべきなんだけど。
 空気を変えようとしたのか、姉ちゃんは咳払いを一つして話を続ける。
「さてと、もう一度言うわ。あんた、本当にツメが甘すぎ。自分のハイグレ趣味、隠す気あるの?」
「ど、どういう意味?」
 露骨に呆れた表情をされた。
「昨日あたしが帰ってきたときの話よ。あんたは自分の部屋じゃなく、あたしの部屋にいた。この時点でもしかして、とは思ったんだ。で、なんて言い訳したか覚えてる?」
「……『ペンを借りた』」
「慌てて着ました感バリバリの格好でね。どれだけ焦ってたんだか手に取るように分かったわ。リビングにもペンくらいあるのに、わざわざあたしのを借りるか普通? ――そしてアキが犯した最大のミスは、ハイグレの掛け直し方よ。大体、あたしはいつハイグレを漁られても分かるように、ハンガーはきっちり等間隔に揃えていたの。他の人が真似するなら定規が必要なくらい、正確に。それが罠の正体。わざわざタンスを開いて水着に触る人間なんて家族にアキしかいないんだから、地震でもない限り、僅かでもズレていれば自ずと犯人が分かる。……はずだったのに」
 うちの方針として、プライベート空間である個人の部屋は、主の許可なしには基本的には不可侵ということになっている。それは親子、姉弟であっても同様だ。だからペンを借りる名目であろうとも、姉ちゃんの部屋に入ること自体が規約違反なのだった。
 姉ちゃんはギロリという擬音が聞こえるくらいの眼光で、僕を睨みつけた。無断侵入を怒っている? いや、話からしてそれはない。じゃあなぜ?
「赤いハイグレは一番左に掛けていたのに、アキが出て行ったあと確認したらど真ん中に移ってたじゃない! 誰か見ても荒らされたって分かるわ! あんだけ長い間気を遣って張っていたトラップなのに、全く必要ないくらいバレバレだったのよ!? これじゃああたしが馬鹿みたいよ!」
 僕は姉ちゃんに一歩詰め寄られ、顔のすぐ真下から非難を受けた。確かに姉ちゃんの言うとおり僕が甘かったのは間違いないけれど、それにしてもこんな風に怒られるのは筋違いな気がするような――
「文句あんの?」
「いえ、別に」
「はぁ……。まあ結果的に、遂にアキがしっぽを見せたことが判明したからいいんだけどさ。そうそう、実はあんたにあたしの罠が見破られていて、いつもバレないように定規で測ってハンガーを戻されていたのなら、なんて考えていたんだけど、杞憂だったようね。――というわけで今日あたしは出掛けるのをやめて、しばらくしてから家の様子を見に引き返してきたのです。そして今に至る」
 長い話だったが、色んなことが理解できた。特に、僕のマヌケさとか。なんだかもう、立ち直れそうになかった。
「……アキ、ずいぶん疲れた顔してるね」
「だってさ……心がズタズタにされた気分だから」
 言うと姉ちゃんは、心の底から楽しげに笑った。
「だったらさ、しようよ」
「しようって……何を?」
「そんなの決まってるでしょ。――ハイグレだよ」
 僕は、まさか姉ちゃんの方から笑顔でハイグレしようなんて誘ってくるなんて、と驚愕する。いやしかし、今の話からすれば姉ちゃんも相当の変態でハイグレ人間なんだった。今までの認識の方を改めなくちゃいけない。
 ……姉ちゃんと一緒にハイグレ、か……!
 僕の抱いていた夢は、自分がハイグレになることだけではない。世界中がハイグレ魔王さまによって支配され、みんなでハイグレをすること、それが最大の夢なのだ。でも、魔王さまの存在しないこの世界にこんな変態は僕だけだと思っていたから、誰かとハイグレをすることさえも叶わぬものと諦めていた。だから、姉ちゃんとハイグレが出来るのなら、こんなに嬉しいことはない。
「分かった。やろう!」
 ハイグレをする前から、なんだか元気が戻ってきた。
 僕はハイグレを着た背筋を伸ばし、青いハイグレ姿の姉ちゃんと向かい合って立つ。その姉ちゃんも赤い頬を緩めて、すごく嬉しそうに見える。それもそうだ、姉ちゃんにとってもこのシチュエーションは、僕と同じ年月待ち焦がれたものなんだから。
「じゃ、いくよ?」
「うん!」
 ああ、緊張する。だけどそれは、すごく心地の良い緊張だった。
 僕と姉ちゃんはそれぞれハイグレポーズの準備体勢を取る。それだけでハイグレの感触が肩やお尻に襲いかかり、ハイグレを意識してしまう。早くハイグレをして、この気持を発散したい!
 僕たちは目配せし、そして――!
「ハイグレッ!!」
「ハイグレっ!!」
 互いの声と動きが、ピッタリと重なった。途端に体中に溢れる、さっきまでとは濃度の全く違う歓びの感情。まさか二人でするハイグレが、こんなに気持ちいいなんて。
 ふと姉ちゃんを見やると、あちらも僕に視線を向けていた。なんというか、助けを求めるような視線を。
「あ、あのね、なんかあたし……おかしくなっちゃいそう」
 頬を真赤に染めて、眉をひくつかせながら言う。ある意味苦痛に感じてしまうくらいの快感が、姉ちゃんを包んでいるのが想像できた。
「うん、姉ちゃん……僕も同じだ」
 僕たちは腕を肩の高さまで揚げた状態で、しばらく見つめ合っていた。早く次のハイグレをしたい。けれど自分からするのは怖い。だから一緒にハイグレがしたい。相手の考えていることが手に取るように理解できるのがまた可笑しくて、これまた同時に噴き出した。
「あははっ! アキ、早くハイグレしようよ!」
「姉ちゃんからやってよ! 僕、姉ちゃんのこと待ってたんだから!」
 このやりとりは、姉弟だから? それとも、ハイグレ人間だから? どっちでもよかった。だって僕たちは姉弟で、ハイグレ人間なんだから。
 息を揃え、僕と姉ちゃんはハイグレを再開した。
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 まるで鏡合わせのように、一糸乱れぬ動きで僕たちはハイグレポーズを繰り返す。互いのハイグレの声と、衣擦れの音、そして荒い息遣いだけが、この部屋に存在する音だった。
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ、ハイグレッ……」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ、ハイグレっ……」
 どれくらいの間、ハイグレに溺れていたのだろうか。僕たちは疲れ果て、ぺたりと床に座り込んだ。
「はぁ、はぁ……疲、れた……」
「でもアキ……気持ちよかった、でしょ……?」
「まあ、ね……姉ちゃんだって同じ、じゃない?」
「うん。一緒にハイグレしてくれて……ありがと、アキ」
「……どう、いたしまして」
 言って再び笑いあった僕たちは、そのまま息を整える。
 その時、僕の脳内にふと浮かんだ疑問があった。それはとても不自然で、初めは僕もおかしいと思っていたのに、姉ちゃんの話を聞くうちに違和感が薄れてしまっていた事柄だった。
「ねえ、姉ちゃん。一つ聞いていい?」
「何?」
 僕は唾を飲み込み、それをぶつけた。
「何で姉ちゃんは、こんなにたくさんハイグレを持ってるの?」
 バイトもしていない姉ちゃんが買うには不審な、12着のハイグレ。僕にとってはそもそも売っている場所すら知らないようなシロモノが、こんなに大量に身近にあったのだ。変に思わない訳がない。それに、姉ちゃんは先程の説明の中で、競泳水着はともかく“ハイグレ”については全く言及していないのだ。
 なのに姉ちゃんは、僕が奇妙に感じていることこそが奇妙だと言わんばかりに、さも当然のようにきょとんとする。
「え? 返事したでしょ? 『ハイグレ人間なの』って訊かれて、『そうだよ』って」
 胡散臭く怪しげな雰囲気が、この場に瞬時に立ち込めた。
 ……間違いない。姉ちゃんはまだ、僕に隠していることがある。
「それが何の説明になってるの……?」
 この一言で僕は、踏み入ってはいけない禁断の地の入り口に立ってしまったように思えた。それでも、訊ねずにはいられなかった。
 警戒して訝しむ僕をよそに、姉ちゃんは実に神妙な顔をして――こう言うのだった。
「アキ、あのね? ……ハイグレ魔王さまは、実在するんだよ」

   *完*





こんな感じでどうでしょうか>>12さん!?

今回テンポが悪く冗長な感が否めませんが、そこは自分の力量でございます。申し訳ないです。
それに「ハイグレ化に対しての感情は~男が葛藤」なんてレスしたくせに、肝心の葛藤部分が弱かったり、二重人格っぽくなっちゃったりと上手く書ききれませんでした。反省しています。
ネタ自体は本当にツボでした。やはり男の子とハイグレのコンボもいいものですね。
そういえば、作中に地デジ化やDVDなどのワードが出てきていますが、面倒なので時代考証はしていません。現実と整合性がとれない描写になっていたらすいません。

この小説に書いた要素のうち幾つかは、自分の実体験に基づいたものです。

挙げられるもので言えば「近所のレンタルDVDショップが潰れる」なんかがそうです。DVDオンリーじゃなく、VHSメインのレンタルビデオ屋さんでしたが。
自分と「~ハイグレ魔王」の出会いは、まさにそのショップで借りたビデオでした。劇場では観ていません。
そんな思い出深いお店でしたが、今から6年以上前に潰れてしまいました。そのとき、処分セールとしてお店の品物をほとんど100円で売っていたのです。
じゃあそこでビデオを手に入れられたかというと、残念ながらそうはいきませんでした。自分が出向いた時にはもう、2本あったはずのあの映画はどちらも売却済みだったのです。
ああ、欲しかったなぁ……。
せめてそれらを買っていった人たちがハイグレに目覚めていますように。

他にも列挙にいとまはありませんが――お察し下さい!
読んだら大体判るでしょ? わざわざ箇条書きにして晒すつもりはありませんからね。

……ここだけの話、ランニングシャツって上下逆さにして背中側を前にして、腕の代わりに脚を通すとハ(以下削除)(ボソッ

あと、本編後(及びそのための本編前)の展開についても解説しておかねばなりませんね。
だけどこれを書くとせっかくのリアル感が薄れてしまう……要するに魔王さまが登場するので、それが嫌な人は見ないでください。
どうせ設定だけの存在なのでわざわざ見る必要はありません。本編はこれでしっかり完結していますし、続きを書くつもりはありませんから。

以下あぶりだし(スマホ表示だと色の関係で恐らく見えちゃっていますがご了承ください)

 ハイグレ魔王は来るべき逆襲の時のため、別次元に跳び、ハイグレ人間になる素質のある人間を探していた。
 その方法の一例が、別次元では映画作品にされている自分とアクション仮面の戦いを描いた映画を観て、ハイグレ人間になりたいと感化された者から発せられるハイグレパワーを辿り、接触するというものだった。しかし、限られた力では大量の候補たち全員とコンタクトをとることは不可能であった。
 中でもハイグレパワーの強かった主人公姉弟は、こうしてハイグレ魔王に目をつけられた。観察を続けて約半年、魔王は姉の方と接触することを決める。弟はただ部屋でハイグレポーズを取る程度であったが、姉はハイレグ水着を着るためだけに水泳を始めたこと(もちろん競泳水着姿でハイグレもしていた)が、選定の要因である。その時はまだ魔王の力は弱かったため、接触は見送られた。
 地球時間で3年ほど経ち、姉は中学生になったがハイグレパワーは衰えるどころかより強くなっていた。弟も充分にハイグレパワーを持っていることは判っていたが、僅かに姉のほうが強かったのだ。ある日、夢の中で姉はハイグレ魔王と邂逅し、喜んでハイグレ人間に転向した。暑苦しさに目が覚めると、パジャマと下着の下には紛れも無くハイグレが着こまれていた。同時に姉は魔王に頼み込み、合計で12着のハイグレを手に入れた。正確には、「姉以外の者にハイグレが渡ってしばらくすると再び同色のハイグレを創り出すスーパーハンガー12本セット」である。交換条件として魔王は姉に、このハンガーとハイグレを使ってハイグレ人間を一人でも多く、しかし噂も立てずに増やすよう命令した。
 それからハイグレ人間として生きる姉。以前から仕掛けていた弟への罠に本物のハイグレを加え、じっとその時を待った。ちなみに親を狙うのは弟の後であると考えている。また、学校や水泳教室で地道にハイグレ人間を増やすことに成功し、本編の少し前には水泳教室の学生コースのメンバー及び関わりのあるコーチなどは全員ハイグレ人間への転向を終わらせていた。本編時、姉が水泳教室に通っている理由は水泳のためではなく、最早ハイグレ人間の集会所と化したスイミング施設で集まってハイグレポーズを取るためであった。故に、本編で姉は水泳教室には行かずに家にUターン出来ていたのだ。

 本編直後、姉は弟に以上のような概要の話をしたのだった。
 本編終了の次の日(土曜日)、姉はハイグレ人間になった弟を水泳教室に連れて行った。弟は、あまりのハイグレ人間の多さに仰天するがすぐに順応し、これからは姉と同様週4日はここへ来て、一緒にハイグレをすることを決めたのだった。めでたしめでたし。

 ちなみにこの「魔王が逆襲を企んでいる」という設定自体は、>>2さんリクの話と同じです。ただ、それとこれが同じ世界の話であるかなどは考えていません。

以上あぶりだし


次回大型更新は次が書き上がり次第となります。可能性としては、>>2さんの続き、>>10さんから頂いた資料のネタ、あるいはオリジナル長編の方かもしれませんし、別のネタが投稿されればまた浮気することもあり得ます。
そして今後の小さな目標として、毎週金土日のどこかで一回くらいは、作成時間一時間以下レベルの超小ネタを書けたらと思っています。台詞のみの洗脳描写とか、ハイグレ設定とか?
でも先に謝っておきます。更新無かったらごめんなさい。

ではこんな感じで今回は筆を置かせていただきます。
読んでくださってありがとうございました。


……はぁ、島井ちゃんかわいい。超かわいい。洗脳してあげたくて仕方ない(ボソッ


*2014/10/28追記*
一度言ったことはポジティブネガティブどちらにせよ覆したくない人間なのですが、かくかくしかじかで続編が出来上がりました。本編に続けてご覧いただければ幸いです
ハイグレ人間に憧れた少年の姉 出会い編

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No title

初めまして
今更ながらこの小説を見た<span style="background-color:#FFFF00;">ハイグレ</span>人間です

香取犬さんは素晴らしい文才の持ち主ですね

個人的に少年の<span style="background-color:#FFFF00;">ハイグレ</span>が好みの僕には最高の内容でした
これからも素敵な小説をお書きになってください
プロフィール

香取犬

Author:香取犬
ハイグレの洗脳を受けて早幾年
遂に自らハイグレ小説を書くようになってしまいました
いつでもネタ募集中です
酉◆RYenwqtp9Y

関連リンク
新興宗教ハイグレ教
 →ハイグレアイドル候補生!
ハイグレ小説王国
 →変わりゆく若人たち
 →帝後学園の春


*応援しています*
ハイグレ第参ホール by参式
悪堕ち・洗脳・ハイグレ 絵とSSのひととき by正太郎
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ZweiBlätter by空乃彼方
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