【リク】転校生はハイグレ戦士 Scene3-1:陥落
どうも、一日未満ぶりの香取犬です
いやもうほんと、長らくお待たせしてすみません。腰を据えて長時間PCに向かえる(且つやる気が十分にある)時間があまりとれなかったもので
あとはそうですね……ごめんなさい、また見てました。囲碁AI・AlphaGoとイ・セドル九段の五番勝負。将棋もそうですが人工知能と人間の戦いって、ロマンに溢れていて思わず見とれてしまいます。人間側が一勝を挙げたことは、本当に素晴らしい快挙だと思います
ちなみに自分の腕の方は、某九路盤囲碁サイト・アプリでは中央値よりやや上のレートですが、十九路ではほぼしたことがないので分かりません。布石って何やねん……
九路盤囲碁は短時間で決着が付くので、小説を書く前に集中力を高めるのにとても役に立っています。まあ、負けが込むと悔しさの余りリトライしまくって時間が(ry
さて、そんなわけで(どんなわけだ)今回は年末年始の目標に掲げたとおりに放置していたリク作品の続きを一つ、更新いたします!
(夜追記)
「新興宗教ハイグレ教」移転お疲れ様です&おめでとうございます!
当ブログの関連リンクのURLも貼り直させていただきました
(旧)http://highgle.x.fc2.com/ → (新)http://www.highgle.maohsama.com/home/
これからも自分は基本的にこのブログで作品を公開していこうと思っています。が、挨拶として新本家に何かしら投稿するかもしれません。まあそうするにせよ、必ずブログでリンク告知あるいは全文掲載致しますのでよろしくです
屋上では、アクション戦士とハイグレ戦士との初の激突が幕を開けていた――その頃。
美智留はしきりに前後を確認しつつ、階段を降りていく。
文と沙羅は彼女に先導され、気絶した千種の両腕を支えて保健室へと連れて行く。二人がかりとはいえ、意識のない人間を運ぶのは楽ではない。
「間室さん」
文が、吐息混じりの小さな声で尋ねた。千種の耳元だというのもあるが、今は五時間目の授業中のため、声を廊下に響かせたくなかったのだ。千種は気絶し、美智留は制服ではなく白のワンピース姿。誰かに見つかって騒ぎになっても困る。
「何?」
「あなたは御堂さんのお仲間、ということでよろしいのでしょうか」
「まあ、そうだね」
すると文は、今の態勢で出来る限り頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「お嬢様と柿崎さんと私を救ってくださり、ありがとうございました。」
「そんなに改まらないでよ。当然のことをしたまでだって」
あっけらかんと返す沙羅の様子に文は緊張を緩め、生真面目なメイドから素の大人しい少女に戻る。その顔に表出したのは、紛れもなく恐怖の色。
「今思い返すとあれは……地獄だった。ハイレグ姿にされて身体の自由を奪われたのに、それを素晴らしいことだと思わされていた。ハイグレ魔王とハイグレ人間こそ、至上の存在だと心の底から思っていた。……疑いも恥ずかしさも、私のどこにもなくなっていた」
「……うん」
「御堂さんが助けてくれなければ、今でも私たちはあの呪いにかかったままだった……。本当にありがとう」
そう言う文がハイグレ人間になったのは、ちょうど二週間前のこと。二学期の始業式からの帰り道、北町商店街に差し掛かったところで文は、側にいたはずの千種を見失ってしまったのだ。いくら何でも高校生が勝手知ったる場所で迷子になるとは考えられない。もしや誘拐されたのかも、と文は自責の念に憔悴しながら商店街を駆けずり回った。だが、三十分ほどして千種は何食わぬ顔でひょっこりと文の前に戻ってきた。
無事に二人で千石邸に帰り着き、気を緩めたその瞬間――文は千種の手に握られたハイグレ光線銃に背後から撃ち抜かれ、白のハイレグ姿に変えられた。それでも文は必死に洗脳に抵抗し続けた。その間に千種は服を脱ぎ捨て赤いハイレグ一枚となり、屋敷中の使用人や自身の両親にハイグレの洗礼を浴びせていった。そうして最後まで抗い続けた文だったが、結局は大勢のハイグレ人間たちに見守られつつ屈辱の中、転向を完了したのだった。
その後、千種からハイグレ魔王との邂逅や活動目的を聞かされた文。千種は自分にハイグレ戦士としての資質が足りなかったことを悔しくは思っていたが、ハイグレ魔王の代行者としての意識はとても強かった。そんな彼女が提案した作戦こそ"お茶会"であった。ハイグレ魔王のしもべであると同時に千種の専属メイドである文が、それに協力しないはずがなかった。この二週間で二人は、美智留を含めて七人を罠にかけてハイグレ人間にしてきたのだった。
それらのエピソードは全て、文の脳内にしっかりと刻まれている。特に二週間着続けたハイレグ水着の感覚など、今も服の下に張り付いていると錯覚するほどだ。更には『歩く』ことと『ハイレグの股布が擦れて気持ち良い』ことが結びついて刷り込まれてしまっており、文は階段を一つ降りるごとに襲い掛かってくる条件反射的快感を、内心で何とか耐え忍んでいる状態にあった。
すると階下から、美智留が沙羅を振り仰いだ。彼女がハイグレ人間であった期間は一日にも満たない。故に文ほどには呪いの傷跡は大きくなかった。
「あ、あたし沙羅に謝らなくちゃ。あたし、昨日ハイグレにされて本当に嫌だったのに、沙羅のことまでハイグレにしようとしてたから……」
とは言え自分の愚行を後悔せずにはいられない。そんな美智留に沙羅は「しょうがないよ」と笑ってみせた。そして、怒りを隠しもせずに言う。
「悪いのは全部、ハイグレ魔王だ」
ゆっくりとした足取りではあったが、三分もすると四人は一階に辿り着いた。階段そばの、保健室という札の掛かったスライドドアを美智留が開く。
「失礼します!」
「あらあら、どうしたの?」
養護の加山英里子先生は、美智留の声に回転椅子ごと振り向いた。丈の長い白衣が翻る。しなやかに波打つ長い髪と均整の取れた体つきが特徴の女性だ。彼女のおっとりとした物腰は、三十という歳を全く感じさせない。
「あの、友達が具合が悪くなっちゃって」
美智留は他に言葉が見つからずそう言った。そうして沙羅と文に担ぎ込まれた千種を見て、英里子はパンプスの踵を鳴らして立ち、空きベッドのカーテンをガラリと引き開ける。
「その子、ここに寝かせてあげてね。――そうよ、ありがとう。三人とも、ご苦労さま」
千種をベッドに横たえて安心する三人。英里子は千種の体温を測ったり、外傷の有無の確認などをしながら、彼女たちに問う。
「少し詳しく事情を聞かせてね。一体どうしたの?」
「えっと……」
まさか『ハイグレの洗脳が解けたショックで気絶した』とは言えないし、言ったところで信じてはもらえないだろう。美智留は助けを求めるように沙羅を見た。何やら事情通らしい彼女なら上手く応対してくれると期待して。
「アタシたち、昼休みに一緒にお弁当食べてたんですけど、食べ終わっておしゃべりしてるときに突然その子――千種が過呼吸みたくなっちゃって」
という沙羅の説明の中に、確かに嘘は存在しなかった。すると英里子の顔に懸念の色が浮かぶ。
「あらあら。もしかして、食べ物アレルギーかしら……?」
「お嬢……千種さんにアレルギーはありません。千種さんは今朝から体調が優れなかったようなので、そのせいかと」
千種のことをよく知る文が否定する。実際、過呼吸の原因は精神的なものなのだから、アレルギー反応と疑われて事を荒立てるわけにもいかない。
英里子は安心して息を吐く。
「そう。なら、ここでちょっと休んでいってもらいましょうね。熱もないし、落ち着いたら目を覚ますでしょう。……ところで」その目は美智留の身なりに向いていた。「あなた、そんなおしゃれをしてどこへ行くのかしら?」
美智留は硬直した。このワンピースは、昨日千石邸でハイグレ人間にされたときに着ていたもの。人間に戻った際、服もそのまま戻ってきたのだ。間違っても高校に着てくる服ではない。
「えっと、これはその……」とあたふたする彼女に助け舟を出したのは、またしても沙羅だった。
「これ、演劇部の衣装です。次の舞台にエキストラとして出ないかって話をしてて、それで衣装合わせのために着てもらってたんですよ」
「――そうなんですっ!」
と便乗して何度も頷く美智留。すると英里子はクスクスと微笑んだ。
「大丈夫よ、私は気にしていないわ。でも、他の先生に見つからないうちに着替えたほうが良いわよ?」
「は、はい。そうします」
「それじゃあ、行こうか。あんまり長居してもね」
沙羅がそう言って席を立つ。美智留も反射的に同じようにする。が、
「私はここに残ります」
「保倉さん?」
「今、お嬢様の側を離れるわけにはいきませんから。……先生、良いですか?」
「先生としては授業に戻りなさい、って言わなきゃいけないけれどね。他の先生にはナイショよ?」
英里子の目配せに、文はコクンと頷いた。
「じゃあ、お大事にー」
「失礼しましたっ」
沙羅は手を振り美智留は頭を下げ、保健室を退出する。その間際、文が深々とお辞儀していたのを、二人は見逃さなかった。
一段落ついてほっとする美智留。が、それとは正反対に沙羅は張り詰めた表情をしていた。
「――美智留。アタシ、ちょっと出かけてくるから」
「えぇっ!? ど、どこに!?」
「ま、ちょっとね」
そうはぐらかして駆け出そうとする沙羅を、美智留は「待って!」と呼び止めた。
「沙羅にハイグレの話……しないと」
ハイグレから解放された美智留は恵実からそのように頼まれていたのだった。沙羅が屋上から出てきたときは、百合先輩という人物と電話中だったため切り出すタイミングを失っていた。
この上どこかに行かれたら本当に伝えられないままだ。しかし沙羅は、
「全部済んだら改めて聞くよ。悪いけど今はもっと大事なことがある」
「そんな……」
「ごめん。……大丈夫、アタシはちゃんと帰ってくるから」
と言って、異常とも思える速さで廊下を駆けて行ってしまった。結局、ハイグレについては話せずじまいとなってしまった。
「……ううん。行かなきゃ」
あのように言われても、沙羅の姿を見失っても、美智留はまだ諦めなかった。このままではもっと恐ろしいことが起こりそうな予感がする。それを救えるのは沙羅や恵実だけだ。自分の経験が彼女たちの助けになるかもしれないのなら。
沙羅が走り去っていった方向には、体育館や外と繋がる昇降口がある。まずは沙羅を探す。それでも見つからなければ屋上の恵実の様子を見に行こう――そう考えて、美智留は足を踏み出した。
「でも、最後には正義が勝つ……ちゃんと覚えててよね、桜、雫」
それは、ハイグレ戦士への宣戦布告であると同時に、絶対に敗北などしないと決意するための言葉。青のアクション戦士――沙羅は、今やハイグレ魔王に隷属する身に堕ちてしまった友人たちに背を向け、飛び立つ。
屋上の戦闘の結果は、ハイグレ戦士二人の勝利。だが桜と雫は、まるで洗脳直後のように強烈なハイグレ衝動に苛まれ、ハイグレ以外の身動きが取れずにいた。
「ハイグレ! ハイグレ! 沙羅、行っちゃった……」
「はいぐれっ! はいぐれっ! どうして沙羅ちゃんが、アクション戦士なんかに……!」
二人の心に、沙羅に裏切られたという失望が満ちていく。アクション戦士とは、ハイグレ魔王に敵対する最低最悪の存在。それがよりによって親友だったなんて。
とは言え無防備な姿を晒している今、剣を向けられなかったことは幸いだった。彼女は誰かと深刻な表情で会話をしていたようだったが、見逃してくれたこととは関係があるのだろうか。
そんな疑問も傷心も、ハイグレは包み込んで癒やしてくれる。桜と雫、そしてハイグレ人間になった恵実の三人は、揃ってハイグレポーズを繰り返す。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
残暑厳しい昼下がりの学校の屋上で、ハイレグ水着姿で汗をかく少女たち。せめてまともな運動ならば健康的にも見えようものを、彼女たちがしているのは脚を大きく開いて股間を強調するような下品なポーズだった。
頬を上気させて、本能の赴くままにハイグレすること数分。ようやく桜と雫の身体は自らの意志で動かせるようになった。
「な、治った!」
「ふぅ……気持ちよかったけど、わたしたちどうしちゃったの?」
ペタンとコンクリートに尻をついた雫は――床の熱で火傷をしないようパワーを調節しながら――桜に問うた。桜は息を切らしつつも考えを巡らせ、一つの答えに辿り着いた。
「そういえば魔王さまが仰ってた。ハイグレ戦士の力の源はハイグレストーンだ、って。私たち、さっきの戦いでハイグレパワーを使っちゃったから、それを回復するためにハイグレしたくなったんじゃないかな」
「そっか。だから今、元気が溢れてる感じがするんだね。ペンダントもすごい光ってるし」
納得し、発光するハイグレストーンを眺める雫。それとは対象的に、桜は内心でとある引っかかりを覚えていた。あのときハイグレ魔王が言いかけて口をつぐんだ言葉――。
……『もし一度でもハイグレ戦士となった者がハイグレパワーをゼロまで使い果たしてしまったら』、一体……どうなるんだろう。
今回の消耗量でさえ、とてつもない乾きに襲われたのだ。出来ればもうこんな思いはしたくない。やっぱりハイグレは楽しくしなくちゃ、そう思った桜だった。
「……で。この後はどうするつもりだ?」
と恵実が声を掛けてきた。切れ込みの鋭い緑のハイグレ戦士の出で立ちで、平然と腕を組んでいる。
「どう、って言われても……」
「沙羅ちゃんにも千石さんたちにも逃げられちゃったし……」
激戦を終えたことで何となく達成感に呑まれてしまった二人には、難しい質問だった。
少しの逡巡の後、桜が言った。
「まずは私たちと御堂さんが知ってること、教え合おうよ」
「いいねそれ! 御堂さんも、いい?」
恵実がすぐに頷いたのを確認して、桜は自分がハイグレ戦士となってからのことを説明し始めた。
「一昨日、私は学校からの帰りに北町商店街で不思議な声を聞いた。で、声のする方に行ってみたら駄菓子屋があったの」
「そこでハイグレ魔王さまのカードを引いた……?」
桜は瞠目する。恵実の言葉は、正に今自分が言いかけた台詞。そんな恵実も、驚き戸惑う。
「そうだけど……」
「同じだ……私がアクション仮面に選ばれた時と」
「うそっ、じゃあハイグレ魔王さまとアクション仮面は、資質を持っている人を同じ方法で探してたってこと?」
「だろうな。私の場合は南町商店街だったが。まあ、どちらも因縁の深い相手だ。考え方が似通っているということもあるだろう。――すまない、続けてくれ」
「うん。それで私はハイグレ戦士に選ばれて、魔王さまの野望のお手伝いをすることになった。ハイグレ人間を増やして魔王様のお力を取り戻す、って」
「ハイグレ戦士の人数は今、何人だ?」
「わたしと桜ちゃんの二人だけだよ。ハイグレ人間自体は、千石さんたちのおかげで何人かいたみたいだけど」
「で、私が魔王さまとお話しているところを、柿崎さんに見られた。次の日、柿崎さんが沙羅にその話をしているのを聞いたときには焦ったよ」
「……私も、とうとう戦いが始まると覚悟した」
恵実も同じ教室にいたのだった、と桜は思い出し、続ける。
「雫をハイグレ人間にしたのはその放課後。ちょうど二人きりになれたのもあるけど、ハイグレポーズに抵抗が少なそうだったからもしかして、と思って」
「わたし、ハイグレ人間にしてもらった後、駄菓子屋に連れて行ってもらったの。わたしの中にハイグレ戦士の資質があるって魔王さまに言われて、ほんとに嬉しかったなぁ」
「そこで、千石さんがハイグレ人間だったことや"お茶会"の本当の意味を知った。千石さんが魔王さまに見出されたのは、二週間前だったんだって」
「千石を本格的に捜査し始めたのが四日前。私が千石邸に忍び込んで、確たる証拠を掴んだのは昨日だった。私たちの行動は、完全に後手に回っていたのか」
恵実は自分たちが出し抜かれていたことを知って歯ぎしりするが、その上がった口の端に浮かぶ敬服の感情を隠しきれずにいた。
「後は今日のことだから説明はいいよね。私たちと千石さんたちが沙羅を狙う日が偶然同じだったから、協力することにした、って感じ」
「……その計画自体は、私たちは察知していたがな」
恵実の冷静な言葉に、雫は「えっ」と驚いた。
「千石邸で柿崎が洗脳された際、千石たちがそう話していたからな。そして間室は気付いていた。――鈴村、お前がハイグレ戦士だと」
「本当に……?」
「ああ。あいつの観察眼と度胸は賞賛に値する。柿崎から聞いたハイグレ人間の話をあえて教室内でして、周囲の様子を伺ったらしい。その時点で千石は確実に、鈴村は八割方ハイグレ人間だと推定していた。直後、私に二人を監視するように言ってきたくらいだ」
「確かに、あのときの桜ちゃんはおかしかったよね」
雫はくすくすと笑う。対して桜は反論を試みる。
「でも、それだけじゃ――」
「なら、トイレで何をしていた?」
が、この鋭い指摘に口をつぐむ。
「ハイグレの声が漏れ聞こえていたぞ。大方、ハイグレの誘惑に堪えきれなかったのだろう。……今なら、私も同情するが」
恵実は目を逸らした。ハイグレがもたらす甘美な疼きを一度知ってしまっては、非難もし辛い。続けて「もう一つ」と口を開く。
「昼食中に箸をハイグレパワーで発光させたそうだな」
当時のことを思い返すと、沙羅は雫の光への指摘に対して「変なこと言うんだから」と笑い飛ばしていた。だがその心中では全て見透かしていたというのか。彼女のしたたかさと自分の迂闊さに、むしろ腹が立った桜だった。
「ともかく。間室は鈴村を、おそらくハイグレ戦士だがまだ力を使いこなせていない、と判断していた。だからその日は千石の裏を取る方を優先した。そしてもし柿崎がやられたならば、次にターゲットになるのは柿崎と駄菓子屋の話をした間室自身だろう、とも予測していた。ハイグレ側も、妙な噂が広まるのは避けたいはずだとな」
「沙羅ちゃん、すごいなぁ。全部分かってるみたい」
「いや。あいつにもいくつか誤算があった。特に大きかったのは……瀬野、お前のハイグレ戦士化だ」
「わ、わたし?」
と自身を指差す雫に、神妙に頷く恵実。
「もっと言えば、鈴村の力を量り損ねたのだろう。昨日の報告時、間室は千石を釣る囮となることを申し出て、合わせて私にその護衛を求めた。あいつは鈴村の側に近づけた立場上、正体をなるべく明かしたくなかったようだ。その点私ならば姿を現さずに千石たちのハイグレ転向を解くことができる上、仮に鈴村がハイグレ戦士に変身した場合に戦うことができる。だが――」
「私に加えて雫もハイグレ戦士になっていた」
「そうだ。鈴村が即日瀬野をハイグレ人間に転向させ、あまつさえ戦士として目覚めさせてしまうとは思わなかったのだ。二対一ではやはり劣勢は否めない。しかも折悪く――まさに現在進行形だが――第二高校でハイグレ人間の一斉蜂起が発生した」
「え? どういうこと?」
雫が首を傾げる。第二高校とは、この都市の南部にあるもう一つの高校の名だ。最寄り駅は第一高校と同じ南駅だが、駅より更に南に位置するのが第二高校、町の中央に近いのが第一高校である。なお、第二高校の方がやや生徒数が多い。
「ハイグレ魔王さまはあちらにも侵略の手を伸ばしていたのだ。いや、むしろ二高の方が一高よりも侵略の進行が早かった。ハイグレ戦士こそいないようだったが、私たちはいつハイグレ人間たちが大きな行動に出るかと常に警戒していた。すなわちアクション戦士は、二高の防衛を最優先事項として設定していたのだ。だから間室は仲間から救援要請を受け、私を助けるのではなく二高へ飛んでいった」
「目の前でやられてる仲間を見捨てて? それがアクション戦士のやり方なの?」
聞き捨てならない、と言わんばかりに桜が問う。恵実が答えづらそうに、
「あの時点で私が敗北していたのも要因の一つだろう。私が余力を残していれば、協力して二人を戦闘不能にしたはずだ。だが最大の理由は……リーダーの方針が絶対だからだ。曰く、事前に計画を練り、完遂することが何より大事なのだそうだ」
と言うと、雫はいきなり恵実の肩をがしりと掴んだ。そうして真っ直ぐに瞳を覗き込み、淀みなく断言した。
「――恵実ちゃん、わたしたちは絶対に仲間を見捨てたりしないよ。ね、桜ちゃん?」
「うん。仲間が助けを必要としていたら必ず助ける。正義に反することをしたら、魔王さまに顔向けが出来ないよ」
二人の頼もしげな屈託のない笑顔に、恵実は思わず動揺する。
「……私を、仲間と言ってくれるのか? 愚かにもアクション仮面の尖兵にされていた、この私を?」
答えは、首を縦に振る動作で返ってきた。すると、雫が「あ」と気付いた。
「恵実ちゃん、笑ってるー」
「な!? そ、それがどうした! 私だって笑いくらいはする!」
想定外の指摘に取り乱す恵実。桜と雫がつられて声を出して笑うと、恵実はふてくされたようにそっぽを向いてしまった。
このやり取りに、桜は嫌でも既視感を覚えてしまう。
「御堂さんでも雫節には敵わないんだね。昨日の私と同じだ」
「何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。でも、雫といると不思議と心が許せる感じがしない? この子との間に遠慮を挟んでるのが、バカみたいに思えるみたいな」
「それは……確かに」
「ねえ、何の話?」
「雫がまた、御堂さんのことをいきなり名前で呼んだ話」
桜に言われ、雫は時間を掛けて自分の言葉を思い返す。
「……あれ? わたし、恵実ちゃんなんて言ってた?」
「無意識なんだね……」
などと言いあう間に、恵実は普段の冷静な顔に戻っていた。
「私は呼称など気にしていない。強いて言えば、目の前にいる親しい人物の呼称は少しでも短くするべきだと考える」
「だったら、恵実って呼ぶのは」
「構わない、桜」
「じゃあわたしも、恵実ちゃんって呼んでもいい?」
「敬称は不要だ、瀬野」
「でも『ちゃん』付けしないと何か呼びづらいし――ってわたしの名前は!?」
自分だけ名字呼びなことに、雫は猛烈に異議を申し立てた。が、恵実はさらりと棄却する。
「文字数の問題だ」
「そんなぁ!」
「気にするな。私を仲間と言ってくれた瀬野と桜のことは、等しく信頼している」
「むー……」
それでも雫は不服そうな顔をやめなかった。無言のにらめっこが数秒間続き、先に恵実が溜息をついた。
「……はぁ。仕方ない、こうなったら」
「よかった、じゃあ雫って――」
「――行動で認めてもらうことにしよう」
一瞬喜びかけた雫の表情が、疑問の色に変わる。そんな雫と桜の前で、恵実は大きく両脚の幅をとった。そして、
「ハイグレっ!」
緑のハイレグのV字を素早くなぞる、ハイグレ人間としての忠誠のポーズをした。こんな当たり前のことがどうした、と二人は思うが、そうではなかった。
恵実の姿が、腕を上げた態勢のまま透き通っていくのだ。蜃気楼のように像が揺らめき、間もなく完全に視認できなくなってしまう。
「これ、さっき恵実が使ってた……」
「ああ。私の固有能力、透過迷彩だ。ただ、敵対するパワーを強くまとう者に触れると解除されてしまうようだがな。……だから瀬野、私に触ろうと手で探るのはやめてくれないか? ハイグレパワーなら今は問題ないはずだが」
「だって」
と言って雫の闇雲な手探りは止まらなかったが、どこかから笑い混じりに声がした。
「まあ、もうそこにはいないさ。少し待っていろ」
……どうしようどうしよう……まさか御堂さんもハイグレ人間になっちゃうなんて……!
重い鉄扉の隙間から屋上の様子を伺った美智留は、文字通り絶句していた。
結局、沙羅は見つからなかった。保健室で英里子先生に言われた通り、白ワンピース姿のまま校内を歩き続けてはいずれ誰かに見咎められてしまうと感じ、捜索を切り上げてもう一人の味方のところに来たつもりだったのだが。
……瀬野さんと転校生がやったってことだよね。三人ともハイレグ着てるし。あの二人、許せない……! でも、あたしたちが着てたのとちょっと違うっぽいかも。
白いソックスとグローブを装備し、ハイレグも光沢が強い。何やら普通のハイグレ人間とは違う特別な雰囲気がする三人。彼女たちが仲睦ましげに談笑しているのを、美智留は唇を噛んで眺めていることしか出来なかった。
ハイグレ人間は、未洗脳の人間を襲ってハイグレ人間にしようとする習性がある。本能とも言えるその強い欲求は、彼女も身を以て経験している。大切な友人であれど――否、であるからこそ、ハイレグを着せて同化させてあげたいと思ってしまう。人間に戻れた今ならば、本当にどうかしていたと断言できる。……その恩人が、今や奴らの仲間に成り果ててしまったのだが。
さてこれからどうしよう、と美智留は考える。このままここにいても自分に出来ることはない。沙羅にも会えない。かと言って、教室に帰って授業を受ける気分になれるわけもない。
……保健室、行こうかな。
あそこなら先生も何も言わずに匿ってくれるだろう。それに千種の容体も心配だ。
音を立てないようにひっそりと扉を閉じようとする美智留。が、その直前に視界に映った光景に、彼女の身体が勝手に反応した。
「ハイグレっ!」
「っ!? ひぁ、んっ……!」
刹那、美智留の脳内に留まっていた快感の残滓が暴れだした。
美智留が見たのはハイグレポーズをする恵実の後ろ姿。それが、かつて自分がそうしたときの記憶を無理やり引きずり出す。条件反射的に蘇った、身体の内側がキュンキュンと疼くあの感覚。とても正気でなどいられない。
気持ちよさと引き換えに、足から力が抜けていく。内股になりながら倒れぬよう支えにしたドアノブがギィ、と小さく鳴る。美智留は慌てて体勢を立て直し、扉の半開き状態を保つために体重の掛け具合を加減した。敵に感づかれぬよう、歯を食いしばって必死に快感の波に抗った。
十秒ほどで精神は穏やかさを取り戻した。胸を撫で下ろして再び外を見てみると、
……あれ? 御堂さんは?
ピンクと水色のハイレグ少女はいる。しかしもう一人、緑色のハイレグが見当たらない。まさかこのドアを通らずに屋上からは出れまい。ならば死角に移動したのだろうか。一体何のために?
もう少しだけ見える範囲を広げようと力を込めた扉が――急に軽くなった。
「わっ!?」
美智留はバランスを崩して前に倒れ込む。何とか手をついて怪我は回避したが、彼女が盗み聞きしていたことは桜と雫の知れるところとなってしまった。
「柿崎さん……!」
「あ、えっと、その……」一秒が何倍にも引き伸ばされた感覚の中で頭を回転させるも、この場を無事に切り抜ける案など浮かびはしなかった。「あたし、何も見てないからっ!」
何だそれ。バッチリ見てたのバレてるじゃん。セルフツッコミを入れつつ、美智留は跳ね起きて踵を返す。
あいつらに捕まったらまたハイグレ人間にされる。もうあんなのは嫌だ。その一心で、階段を駆け下りていく。が、
……でも、また気持ちよくなれる。
「――う、わぁっ!」
一瞬過ぎった邪な考えが足元に縄を掛けたかのように、美智留はあと一段というところで脚をつんのめらせ、踊り場に身体をしたたかに打ち付けてしまった。衝撃をもろに受けた右半身と側頭部が、ズキズキと痛む。
「いたたぁ……っ」
美智留は顰め顔のまま階段の上部を睨んだ。こんな隙だらけの状態では雫たちに狙い撃たれる。幸い扉は閉まったままで、まだどちらも校舎内には追ってきていないようだった。とは言えそれも時間の問題だ。一刻も早く逃げないと。
……ハイグレなんてもう嫌! あんな恥ずかしくて苦しいこと、もうしたくないっ! したくないんだからぁっ!
左手で上体を押し起こし、数秒掛けて立ち上がった――その時、美智留は自分の背中を触れる何者かの存在を感じた。
「え?」
恐る恐る首を向かせるが、誰もいない。いや、この感覚には覚えがある。そう、それはほんの十数分前、まだ自分がハイグレ人間だった頃、この場所で……。
美智留が最悪の結論に辿り着いた瞬間、正解を祝福するかのごとく彼女は光に飲み込まれた。
「きゃあああああああああ!」
ハイグレパワーが頭から爪先まで覆いつくし、その内側で美智留は二度目の洗脳を受ける。
折角帰ってきたワンピースは、一繋がりという意味では同じ単語を用いるハイレグワンピース水着に再び変貌してしまう。光の影響で鋭敏になった肌にそれがピタリと張り付き、心地よい刺激を脳髄へ伝達する。ハイグレパワーによって一時的に脳の働きを抑制されている今、その刺激は彼女の意識の深く深くまで容易く潜り込んでいく。
そして光から解放されたときには、既にハイグレ人間としての人格が植え付けられた状態になってしまっているのだ。
「あ……また、あたし……!」
自分の黄色いハイレグ姿を見下ろし、目を大きく開く美智留。
……ハイグレ人間に、なっちゃった……!
呼吸をするだけで生地が伸縮し、肩紐や局部の布を引っ張ってしまう。常にハイレグにサリサリと皮膚を擦られる感覚は、美智留にとってとても懐かしく感じられた。
……戻ってこれたんだ、ここに……ハイグレの中に……!
美智留の場合、一度は完全にハイグレ人間と化していた。そのため再洗脳を受け入れる土壌が出来上がっており、抵抗する間もなく彼女は人格を変えられてしまったのだった。
「あは、あははっ!」
声を出して笑う美智留には、羞恥心も嫌悪感も残っていない。うっとりと自分の姿を眺め、ハイレグの感触を確かめる彼女の中にあるのはただ、ハイグレ人間となれたことを喜ぶ感情だけ。
そして躊躇うことなく、四肢を構えた。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! 良かった、あたし、ちゃんとハイグレ人間だ……!」
全身を駆け巡る充足感に、ようやく自分が確かにハイグレ人間に戻れたのだと認識する美智留。ここが学校で、かつ半階層下には授業中の教室が広がっていることさえも関係なく、ハイグレコールを響かせた。
そんな美智留の背後に、忽然と一人の少女が姿を現した。彼女は目の前の成果を喜ぶでもなく、スッと瞼を閉じた。
【megumi:桜、瀬野、階段を降りてこい】
「い、今の声、恵実?」
「なんか頭の中に直接聞こえた感じ……」
屋上の桜と雫は驚いて顔を見合わせた。恵実の存在はステルス以降全く見当たらなかったのに、いきなり呼びかけられて戸惑ってしまう。
とにかく従ってみる他ない。二人が扉を開け、やや涼しい屋内に入ると、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
半階下の踊り場で一心不乱にハイグレポーズをとる美智留と、その側に恵実が立っていたのだった。
「恵実ちゃん、どうしたの……?」
様々な疑問が渦を巻き、どれから問うべきかも分からない。とりあえず雫は恵実に何らかの説明を求めたが、先に口を開いたのは美智留の方だった。
「あ、瀬野さん、ハイグレ! あたしね、またハイグレ人間にしてもらったんだよ」
「はいぐれっ! あれ? 『また』ってどういうこと?」
美智留については、昨日の"お茶会"に呼ばれてハイグレ人間になったことまでしか知らない故の疑問だ。
「話の途中から盗聴されていたから、口封じをした。それに、先ほど私は一度柿崎を人間に戻してしまったからな、その罪滅ぼしだ。……瀬野、これで私の魔王さまや君たちへの思いを、認めてもらうわけにはいかないだろうか」
行動で認めてもらう、とはこういうことか、と二人は得心した。
「雫、もう名前のことは諦めなよ」
「うぅ、分かったよ……。でも、いつか絶対呼んでもらうからねっ」
ようやく引き下がった雫に、恵実は安堵する。
その横で、ハイグレポーズを崩さずに美智留が言う。
「御堂さんに人間にされたとき、良かったなんて思っちゃってたけど、やっぱりハイグレ人間のほうが全然いいよね。……あのさ、千石さんと保倉さんも、元に戻してあげようよ。人間のままじゃ二人とも、可哀想だよ」
すっかりハイグレの思想が根付いた発言に、反対する者は一人もいなかった。
「柿崎、千石と保倉の居場所は分かるか? それと、間室にハイグレの話はしたか?」
「ううん。沙羅、話す前にどっか行っちゃったから。あ、でも千石さんたちはまだ保健室にいるんじゃないかな」
美智留の返事に、「上出来だ」と頷く恵実。
「なら、私は先行して様子を見て来よう。その間に柿崎は制服を着ておけ。それが一番、自然に保健室に潜入できる」
「え? ……あ、そっか」
美智留は、言葉の意味を理解するのに少しの時間を要した。屋上への扉の前には、千種から見張りを頼まれていたときに勝手に脱ぎ捨てた自分の制服が、今も乱雑に散らかっているのだった。つまりはそれをハイレグの上に着て、保健室にスパイとして潜り込めということだ。美智留はやや抵抗を感じつつ、人間の服に袖を通していく。
「いいな、準備を整えておけ。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
三度のハイグレポーズの後にステルスモードに入ってしまった恵実を、桜は慌てて引き止めた。
「待って恵実!」
「どうした桜? ……私にはまだハイグレストーンがない。あまり長時間、透過していることはできないのだが」
「様子を見て来てもらうのはいいけど、私たちはいつ保健室に行けばいいの?」
すると、桜と雫の脳内に、再び恵実の声が響いた。
【megumi:合図は念話で送る。それまで待機だ】
「ね、念話?」
「パワーを用いた、いわゆるテレパシーだ。慣れないうちは目を閉じて念じるといい」
言われた通りに二人は瞼を下ろし、心の中で恵実に語りかけてみた。
【sakura:……もしもし? あ、できた】
【shizuku:……れ……てる?】
桜の声は鮮明に届いたが、雫のものはノイズ混じりになってしまう。
「わたしの声、何か変じゃなかった?」
「こちらの声が聞こえているなら今は問題ないし、いずれコツは掴めるだろう」
「ならいいけど……桜ちゃんにはできたのに、ちょっと悔しいな」
【megumi:気にするな。もっと念話が下手な奴もいたからな――では、行ってくる】
念話で語りつつ、恵実はその場を離れていった。
待機時間の間に、桜と雫はハイグレ戦士の変身を一旦解き、一般生徒の姿に戻った。そして着替えを済ませた美智留も、二人の元へと降りてくる。
「あっ、そうだ。転校生さんの名前、聞いてもいい? あたしは柿崎美智留だよ」
「鈴村桜です」
桜にとっては昨日から間接的に何度も耳にしている名だったが、まともに話すのはこれが初めてだった。一目で、小動物的な可愛さがある子だ、という印象を持った。
「あたし、ほんとは一昨日の放課後に鈴村さんのこと見たんだよ。駄菓子屋でハイグレしてたの、鈴村さんだよね?」
「う、うん」
「やっぱり。その長い髪の毛、そうだと思ったよ。……あの、ごめんね? 沙羅に鈴村さんのハイグレのこと言っちゃって」
小さな体格のために必然的に上目遣いとなる美智留。
確かにそれさえなければ、沙羅にハイグレ戦士の疑いを掛けられるのはもっと先延ばしにできただろう。だがそのお陰で、様々な運命が一気に動き出したとも言える。雫をハイグレ人間に転向させる契機になったし、美智留も"お茶会"に呼ばれてハイグレ人間にしてもらえた。今や、アクション戦士の一人もこちらの力強い味方となった。だから、
「ううん、謝らないで。こっちこそ柿崎さんにありがとうって言いたいくらいなのに」
「で、でもこれだけは謝らせて。あのときあたし、ハイグレのこと、コマネチみたいな変なポーズだって思っちゃった」
「まあ、普通の人間には仕方ないと思う。でも今の柿崎さんが反省してるなら、魔王さまもきっと許してくださるはずだよ」
と励ますと、美智留の表情はパッと明るくなった。
「そうかな? じゃあ、ちゃんとハイグレして許してもらわなきゃ!」
気合満々に言って、美智留は折角着込んだ制服をまた脱ごうとする。それを慌てて止めた桜と雫に、合図の念話が届いた。
【megumi:オールクリアだ。念の為に注意を怠らず、一階まで降りてきてくれ】
「……あらあらそうなの。この子が千石さんなのね」
「はい。元は上京して私立高校に入る手筈だったのですが、お嬢様がどうしても地元を離れたがらず。そして私も」
寝息を立てる千種の様子をちらちらと確認しながら、文と英里子は椅子に腰を掛けて話をしていた。話題の切っ掛けは、文が千種のことを『お嬢様』と言いかけたことだった。保健室の先生は、常連でもない限りは生徒の顔と名前を一致させることはできない。が、この地域の大地主である千石家の令嬢が第一高校に通っていることくらいは、英里子も聞き及んでいた。
千石邸は町の中央から見てやや西に位置する。西側の山の裾野にあり、まさに都市を見下ろす格好となっている。あるいは西トンネルを守護する門番とも言えるだろうか。とにかく千石家は、この地を旧くから支配してきた一族なのだった。
やがて話の主軸が、文自身のことへ移っていく。
「誰か一人のために尽くそうと考えられるのは、とても素敵なことだと思うわ。それも、まだ保倉さんくらいの歳で」
「そうでしょうか? 物心付いたときからこうだったもので、あまり実感がありません」
「うふふ。あなたは自覚がないくらい、千石さんに惚れ込んでいるのね」
「ほ、惚れ!? 私が、お嬢様をっ!?」
急に狼狽える文に、英里子は微笑する。
「一人の人間として、よ。でなければそんな風には思えないはず」
自分の勘違いに赤面して目を伏せた文は、しばらくしてから滔々と胸中を吐き出した。
「……確かに、そうかもしれません。お嬢様はどんなことでもこなせる方です。そして、どんなことにも恐れず挑戦する方。そんなお嬢様のことをずっと側で見続け、私は憧れていたのかもしれません。お嬢様の喜ぶ顔を見る、それが私の夢です。……だからお嬢様の望まぬことは、全て排除します。この命に代えても――」
「し、失礼しますっ」
そのとき保健室の引き戸を開けたのは、先程出て行ったはずの美智留だった。
「あら。ちゃんと着替えてきたのね」
「ハイっ! あの、えっと……千石さんは、具合どうですか?」
美智留は妙に溜めて言いながら敷居を跨ぎ、後ろ手にゆっくり扉を閉める。なぜそんなに緊張しているんだ、と文は思った。英里子は何も気にしない様子で、
「まだ眠ったままよ。あなたも彼女が心配?」
「え、まあ、そんな感じです」
美智留は苦笑いを浮かべ、ベッドに近づいてくる。どことなく不自然に真っ直ぐな歩き方で。
文は、彼女の振る舞いの違和感がどうにも気に掛かった。そこで疑いの眼を向けてみると――原因は後ろに回したままの手にあった。まるで何か所持品を隠しているかのように。
そんなこととはつゆ知らず、美智留は歩を進めていく。文と英里子の脇を通り抜けんとする瞬間に、彼女の右手が素早く銃を構えた。
「――させない!」
が、その引き金が引かれるよりも速く、文は動いた。美智留の手首に手刀を打ち下ろし、光線銃を取り落とさせた。
「あっ!」
床に転がった銃を拾おうとする美智留。しかし、文がそれを許しはしなかった。伸ばした腕を逆に捻り上げ、屈んだ状態のまま動きを封じたのだった。
「しまった……!」
「柿崎さん、まさかまた……?」
文の目線の先には、見覚えのある光線銃。紛れもなく、人間を狂わせるあの銃だ。それを美智留が持っていたということは。
「あらあら。保倉さん、乱暴は良くないわよ?」
事情を知らずに心配げに諌めようとする英里子を無視し、文は美智留の制服の襟を引っ張った。肌着代わりに彼女が身に着けていたのは、黄色いハイレグ。文の心臓が跳ね上がった。
……最悪だ。
文は千種と共にそれなりの時間をハイグレ人間として過ごしたが、ハイグレ魔王とアクション仮面の戦いについて知っていることは多くない。挙げるとすれば、ハイグレ戦士として千種は選ばれず雫と桜が選ばれたことと、沙羅と恵実がその敵――すなわち人間の味方――だということくらいだ。
美智留が再びハイグレ人間になってしまったのを確認して、これは考えうる限り最悪の状況ではないか、と文は瞬時に判断した。
先ほど文たちは恵実によって洗脳を解除してもらった。だが置き去りにしてしまった恵実は桜と雫に敗北し、ハイグレ人間あるいはハイグレ戦士にされてしまった。美智留はここを出た後制服を着に屋上への階段に向かったが、三人に見つかって再洗脳を受け、スパイとして送り込まれた……と。
しかも恵実は、何故か自分の姿を消せるようだ。何せ文が洗脳を解かれた際も、電流が走る瞬間まで恵実の存在を全く感知できなかったのだから。と言うことは、
……既に御堂さんが潜んでいるかもしれない……。
注意深く周囲を見渡す文。だが、それで見つかるはずもない。
「ねぇ保倉さん痛いよ……。そろそろ放してほしいんだけど」
「申し訳ありませんが――」
「保倉さん、昨日言ってくれたよね? 保倉さんと千石さんと仲良くしてくれたら嬉しい、って」
文の緊張に乱れが生じる。美智留は腕をおかしな方向に曲げられたまま、続けて言う。
「だから、仲良くしようよ。また一緒にハイグレしてさ。……ね?」
彼女の縋るような懇願に、文は図らずも動揺してしまった。その背後で、
「きゃああぁぁぁぁぁぁん!」
「先生!?」
まばゆいピンク色の光の中、英里子が大の字になって叫ぶ。白衣がハイレグ水着に入れ替わっていくのが、少しだけ見えた。そう、文はそちらを振り返ってしまったのだ。
「今だ!」
美智留は力の緩んだ隙に文を振りほどき、もう一度銃を手にせんとする。が、文はその前に銃を勢い良く蹴り飛ばした。空きベッドの下を通り、部屋の反対側の壁にぶつかって止まる。
美智留が恨みがましい視線を向けるが、文は既に美智留など眼中に無かった。何より大事な存在を守るため、美智留について心を悩ませることを一旦完全に断ち切ったのだ。
「ハイグレェ! ハイグレェ! ハイグレェ! やだ、私、何してるのかしら……っ! ハイグレェ!」
パンプスを履いた足を大股に広げ、風船のように膨らんだ胸を紫色のハイレグに押し込められ、きつそうにハイグレポーズを繰り返す英里子。自分に一体何が起きたのかは一切分からないまま、一つだけしなければならないことを強要される。
戸惑いハイグレする彼女に同情しつつ、文は千種に駆け寄ろうとする。敵は視覚できない。ならばせめて千種のすぐ側で守らねば。
そんな文の背に、そっと掌が添えられる。
「くっ!」
瞬時に危険を察知した文は、無理やり身体を半回転させて掌から逃れた。バチンという音とともに発生した光は、虚空に散った。
代償として、千種の寝ているベッドに勢い良く倒れこんでしまう文。う、と千種が呻く声が聞こえる。が、それを謝罪している時間はない。
……間違いない。御堂さんがすぐ近くに……!
急いで顔を上げた文の眼前で、拳大のピンクの閃光が弧を描く。その軌道はしっかりと、千種を捉えていた。
「お嬢様っ!」
彼女を守るにはこうする他無い。彼女を守るためなら何でもする。だから文は千種に覆いかぶさった。自分が千種の盾になるのだ。
……ハイグレなんて嫌だ! でも……!
例え再びハイグレ人間にされようとも、千種がハイグレ人間にされるよりはいい。その一心で。
そして。
「が、あああああああああああ!」
激しい痺れと共に、文の視界はピンク一色に塗りつぶされた。それは一瞬の後には青に、次の瞬間にはピンクに。瞼を閉じても突き刺さる刺激的な光の本当の効能は、被害者の服と思想をハイグレ人間にふさわしいものに変化させること。
彼女は、間もなく自分がどうなってしまうかをよく知っていた。折角一度は人間に戻れたのに、他ならぬ恩人によってもう一度ハイグレ人間にされてしまうのだ。
どれだけ何を呪っても、光に包まれた時点で運命は定められている。洗脳光線から解放されたときには、
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
文は純白のハイレグを身にまとい、真顔で下腹部のV字をなぞるハイグレ人間に変わっていた。千種から体を離し、両足をしっかりと広げてハイグレポーズを行う。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
美智留と同様に、文の再洗脳も早かった。肉体が記憶した感覚は、簡単には忘却できないものなのだ。意識の上で嫌悪していたつもりでも、身体に刺激を与えればすぐにフラッシュバックが起きて元通りとなる。
「ハイグレェ! そんな、保倉さんまで……! ハイグレェ! でも、何かしらこの気持ち……」
「ほら、先生も早くハイグレを受け入れて下さい! あたしたちと一緒にハイグレしましょうよ! ハイグレ!」
本来の姿に戻った美知留が、未だに抵抗している英里子の前でポーズを披露する。その朱が差す頬の色に、英里子の心が揺れた。
「そ、そうね、どうせ他のことはできないんだし、いっそ……ハイグレェ! あぁん! ハイグレェ! ハイグレェ!」
「あははっ! これで先生もハイグレ人間ですね! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレっ、ハイグレっ」
こうして保健室内がハイグレコールで埋め尽くされたところで、部屋に人影が一つ増えた。恵実がステルスを維持できなくなったのだ。
「くっ……もうハイグレパワーが……ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
限界まで消費してしまったハイグレパワーを補うためのハイグレを始める恵実。
その隣で、美智留がポーズを中断して扉を開きに行った。
「鈴村さん瀬野さん、もう入って大丈夫だよ。あとは千石さんだけだし」
「うん、分かった」
「あ、保健の先生もハイグレ人間になったんだね」
この作戦中、誰かに逃げ出された場合の見張りとして外に待機していた二人が入室する。ハイグレ人間ばかりの保健室は、とても居心地の良い空間に思えた。堪らず桜と雫はハイグレ戦士姿に変身し、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」
挨拶代わりのハイグレポーズ。それに対し勿論、
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
「ハイグレェ! ハイグレェ! ハイグレェ!」
緑、黄、白、紫のハイグレ人間たちもハイグレを返す。複数人で行うハイグレポーズの一体感が、全身に快感の雨となって降り注ぐ。
六人のうちで、この三回だけでポーズをやめた者はいなかった。ハイグレと叫ぶごとに気持ちよさが段々と強くなっていくというのに、どうして自ら中断できようか。
ただ、外的要因があれば話は別だが。
「う……ん……」
「――千種お嬢様!」
室内の騒がしさのせいで目を醒ました千種の呻き。それを耳ざとく聞きつけた文が、真っ先にベッドに向かった。
「良かった。お目覚めになられたのですね、お嬢様」
「文……私、今まで一体……」重い瞼を僅かに開けて、千種は専属メイドを求めて視線を漂わせた。そうして見つけた文の姿に、「――嫌ぁぁぁぁっ!?」金切り声を一つ上げた。
残りのハイグレ人間たちが駆けつけると、そこには恐怖に塗れた顔で背中を壁に押し付けて後ずさる、名家の令嬢がいた。
「嘘、嫌、こんなの……っ!」
「お嬢様、お気を確かに!」
「ごめんなさい文、私のせいで、全部私のせいで、みんな私のせいなの、許してお願い私が悪いの全部全部許して許して許してぇぇぇっ!」
「お嬢様っ!」
ハイレグを見ただけでパニック症状が再発してしまう千種。どれだけ文が呼びかけても、絶叫は止まなかった。
そんな醜態に、桜は憐憫の思いを抱く。
「千石さん……人間に戻っちゃったせいで……」
「ハイグレっ! 済まない、私のせいだ……」
謝る恵実の隣にいた美智留も、千種に同情する。
「千石さんの気持ち、あたしも分かるよ。ハイレグの気持ちよさが無くなっちゃったこともそうだけど……ハイグレがおかしいことって思っちゃうせいで、ハイグレ人間のときにずっとハイグレしてたことが、辛い思い出に変わっちゃうんだ。だから」美智留はその場の全員を見回し、言う。「早く千石さんを助けてあげよう? これ以上苦しまないように、ハイグレ人間に戻してあげよう?」
皆が一斉に頷く。その中で一人、文が名乗りを上げた。
「なら皆様、私に撃たせていただけないでしょうか」
「保倉さん?」
「元々私は、お嬢様によってハイレグを与えられました。だから、この手で恩返しをしたいのです」
当然、反対する者はいない。「ありがとうございます」と礼を述べ、文は何処からか洗脳銃を取り出し、構えた。
「ひぃっ!? い、嫌……っ」
銃口を向けられた千種が、子羊のように怯える。対峙する文の目に、迷いが浮かぶ。
「千種お嬢様……」
「やだ、やめて! 私はもうそんなの着たくないわ! 銃を下ろしなさい! 文!」
文は自問する。もしかして今の自分は、敬愛する千種の望まぬことを押し付けているだけなのではないか。
彼女が動揺していることに気付いた千種は、一か八か畳み掛ける。
「そうよ文、私の言うことを聞きなさい! そんなハイレグ脱いでしまいなさい! これ以上罪を重ねないで!」
だが、その言葉は地雷を踏んでしまった。
「……お嬢様、このハイレグは魔王さまに与えられた神聖なもの。例えお嬢さまのご命令でも脱げません」
「な、何を言ってるのよ……そんな水着であんなポーズさせられて辛かったでしょう!? 思い出して文! ずっとハイグレに耐え続けていた、あの時の気持ちを!」
「思い出したくもありません。あれこそ私の恥です」
文は冷酷に吐き捨て、銃を構え直す。
「やはり人間は異常ですね。今度は私が、お嬢様にハイグレの素晴らしさを教える番です」
「お、おかしいのはあなたたちよ! お願い、目を覚まして! 私もみんなも、ハイグレ魔王に利用されてるだけなのよぉっ!」
涙を溜めて訴える千種の額に、文は無言で銃口を突きつけた。冷たさが悪寒となって、千種の身体を駆け巡る。
「やめて文! 元に戻ったとき、苦しむのはあなたたちなのよ! 私のような思いをするのは……私だけで十分だから……!」
「元? 違いますよ。そもそも人間こそ、ハイグレの洗礼を受けていない哀れで不完全な存在。元と言うならば、それはハイグレ人間のことを指すのです。……さあ、お嬢様も元通りになりましょう」
文の指先によって引き金が引かれていく光景が、千種にはスローモーションに映っていた。彼女の脳裏に、二週間前からの記憶が走馬灯のように追想されていく。
ハイグレ魔王によって駄菓子屋に誘われ、問答無用でハイグレ人間にさせられた。自分がハイグレ戦士になれずに魔王を失望させてしまったことを、申し訳なく思った。せめて光線銃を使って一人でも多くハイグレ人間を増やそうと決意した。そして文を、家の人々を、級友たちを洗脳していった。怯える者も、泣き喚く者もいた。だがこれは救済だ、正義のためだと本気で考えていた。皆が自分に向けていた恐怖と忌避の瞳――それは今まさに自分が文たちに向けている瞳と同じだろう。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
自分に無理やりハイレグを着せられた人たちに謝罪できるのは、今だけだ。正しい人間の心を持っている内に。再び狂人と化してしまう前に。
千種は閉じた瞼の端から涙を流した。これは報いなのだ。自分がハイグレ魔王に洗脳されたばかりに、大勢の運命を狂わせた。そんな大罪を背負った自分だけが、人間に戻れるなんて虫が良すぎる。
ハイグレ人間となってしまったら、自分はこの先も手を汚していくはずだ。将来、万が一人間に戻れる時がやって来たとしたら、更なる良心の呵責に苦しむことになるだろう。今でさえ胸が張り裂けそうなほど辛いのだ。だから、
……せめてもう一生、ハイグレ人間のままで……。
ささやかな祈りとともに、千石千種はハイグレ光線に包まれた。
―― 一分後、そこには頬に涙の跡を残しながらも、晴れやかな表情でハイグレポーズをとる、赤いハイレグのハイグレ人間がいた。
「うふふっ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
「ねえみんな。これからどうしよっか?」
円を成した七人がハイグレポーズに満足して手を休めたとき、そう切り出したのは雫だった。
美智留が首を傾げる。
「どうって? 今から授業に戻るとか?」
「そんなの決っているじゃない! 全校生徒をハイグレ人間にしてしまうのよ! 何故って、私たちにはハイグレ戦士が三人もいるじゃない。失敗するはずがないわ」
強気に拳を握る千種に、文も同意する。
「これまでお嬢様がお屋敷に招待した六人も、必ずや協力してくれることでしょう。戦力としては十分かと存じますが」
「私は魔王さまのお役に立ちたい。だから賛成……だけど、恵実は今、ハイグレストーンが無いから……」
桜が懸念しているのは、恵実のハイグレパワーの貯蔵量の問題だ。ハイグレ戦士はハイグレストーンを用いて自身のハイグレパワーを増幅している。が、恵実は魔王によってストーンを与えられていない、不完全なハイグレ戦士。ハイグレパワー量は普通のハイグレ人間とそう変わらない。それが証拠に、桜と雫が保健室に入ったときに恵実は、ハイグレパワーが枯渇してしまったためにポーズを繰り返していた。全校攻略作戦が始まれば休んでいる暇もない混乱状態になるだろう。時間が長引くと、アクション戦士がやって来ないとも限らない。
全員の視線を一身に受けた恵実だったが、しかし平然と首を振った。
「私のことなら気にするな。私も、アクション戦士が第二高校に掛り切りになっている今が絶好の機会だと考えている。……それにもしも戦闘不能になったとしても、私は皆を信頼しているからな」
恵実の笑顔に安心した桜は一声、宣言する。
「分かった。じゃあみんな、一高をハイグレにするために頑張ろうっ! ハイグレ!」
「「「ハイグレ!!」」」
ピタリと揃ったハイグレコールに、全員の心が一つになったことを確認する。
そこで英里子が「ちょっといい?」と提案した。
「職員室は私に任せてくれるかしら? 先生たちを一気に転向させてみせるわ」
「あ、さすが先生ですねっ」
「ふふ。柿崎さんみたいに上手く演技できるかしら」
口調とは正反対に、英里子の表情には自信が満ちていた。
すると恵実は「なら」と言った。
「職員室に少しでも先生が集まっている時間に、作戦を決行しよう」
「じゃあ授業の間の休み時間がいいよね。ほら、もう少ししたら五時間目が終わるし」
雫の言葉に誰も異論は無かった。
それからも七人で意見を出し合い、作戦の細部を煮詰めていく。
間もなく大勢のハイグレ人間が誕生する、その実感が徐々に大きな形を成していく。桜の心は緊張と期待でいっぱいになる。
ここまで来るのにたった二日しかかからないとは、二日前の桜には想像もつかなかった。が、その刻は驚くべきことにもう目の前だ。
ハイグレ魔王もきっと喜んでくれるだろう。褒めてくれるだろう。そう思うだけで顔がにやけてしまう。
……もうすぐですよ、魔王さま……っ!
やがて、作戦決行を告げる鐘が鳴り響いた。
――同日午後四時三十分。第一高校はハイグレ人間たちの歓楽の声で満たされた。
*続く*
いかがでしたでしょうか?
内容としては説明回というか、キャラの個性を立たせる回という感じになりました
あとは再洗脳要素をどれだけ強く書いてやろうか、という挑戦もしてみました
(再洗脳時の)ハイレグの色について
今作では、ハイレグの色はパーソナルカラーとして一つと決まっており、再洗脳をしても色が変化することはありませんでした
ハイグレ戦士とアクション戦士のコスチュームに色を用いているのでそれを変えるわけにはいかない、ならば他のハイグレ人間も色を変えられない、という物語の制約があったせいですね
でも、再洗脳(あるいは重ねて洗脳)されるときにはハイレグの色を変える、ってのはいいアイデアだとは思っています
しっかし本当に、ハイレグの色ってどう決まるんでしょうね。パーソナルカラーとして個人個人に色が決まってるのか、ハイグレ光線がランダムに色を決めているのか。役職や立場によって色が異なる設定もありますよね
自分の場合、色は基本的にキャラに合った色を選んでいるつもりです。それで他のキャラと被りそうになったときには、似合わない色を与えてみたり。いわゆるマサオくんの赤ハイグレってやつですね
似合わない色、ということで関連して
この前レオタード関連で検索をかけていたら(何のために? とか聞く方には無言でジャージを進呈します)、なるほどと思った記事がありました
曰く、「色には様々なパワーがある。その人に足りないパワーを補う色の単色レオタードに着替えてもらってレッスンすることで、全体的なパワーを引き上げる」というような趣旨のものでした
あえて似合わない色を着せることにも、ちゃんとした意味があるんだと感じました。色のパワーについて、深く調べてみたら面白いかもしれません
(上記の記事について。画像検索ワードとしては「レオタード 合宿」あたりでパラパラヒットします。……が、当然三次ですし、まあその……検索する方は自己責任で。講師がレッスン生に足りない色のレオタードを選んで与える、というシチュにはもの凄く惹かれたので、いつか使ってみたいです)
ではまた、次の更新にて。
あのリク作品の方も、続きが書けるといいなぁ
リクエストをサクサクと捌く技量と器量が欲しい……
いやもうほんと、長らくお待たせしてすみません。腰を据えて長時間PCに向かえる(且つやる気が十分にある)時間があまりとれなかったもので
あとはそうですね……ごめんなさい、また見てました。囲碁AI・AlphaGoとイ・セドル九段の五番勝負。将棋もそうですが人工知能と人間の戦いって、ロマンに溢れていて思わず見とれてしまいます。人間側が一勝を挙げたことは、本当に素晴らしい快挙だと思います
ちなみに自分の腕の方は、某九路盤囲碁サイト・アプリでは中央値よりやや上のレートですが、十九路ではほぼしたことがないので分かりません。布石って何やねん……
九路盤囲碁は短時間で決着が付くので、小説を書く前に集中力を高めるのにとても役に立っています。まあ、負けが込むと悔しさの余りリトライしまくって時間が(ry
さて、そんなわけで(どんなわけだ)今回は年末年始の目標に掲げたとおりに放置していたリク作品の続きを一つ、更新いたします!
(夜追記)
「新興宗教ハイグレ教」移転お疲れ様です&おめでとうございます!
当ブログの関連リンクのURLも貼り直させていただきました
(旧)http://highgle.x.fc2.com/ → (新)http://www.highgle.maohsama.com/home/
これからも自分は基本的にこのブログで作品を公開していこうと思っています。が、挨拶として新本家に何かしら投稿するかもしれません。まあそうするにせよ、必ずブログでリンク告知あるいは全文掲載致しますのでよろしくです
屋上では、アクション戦士とハイグレ戦士との初の激突が幕を開けていた――その頃。
美智留はしきりに前後を確認しつつ、階段を降りていく。
文と沙羅は彼女に先導され、気絶した千種の両腕を支えて保健室へと連れて行く。二人がかりとはいえ、意識のない人間を運ぶのは楽ではない。
「間室さん」
文が、吐息混じりの小さな声で尋ねた。千種の耳元だというのもあるが、今は五時間目の授業中のため、声を廊下に響かせたくなかったのだ。千種は気絶し、美智留は制服ではなく白のワンピース姿。誰かに見つかって騒ぎになっても困る。
「何?」
「あなたは御堂さんのお仲間、ということでよろしいのでしょうか」
「まあ、そうだね」
すると文は、今の態勢で出来る限り頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
「お嬢様と柿崎さんと私を救ってくださり、ありがとうございました。」
「そんなに改まらないでよ。当然のことをしたまでだって」
あっけらかんと返す沙羅の様子に文は緊張を緩め、生真面目なメイドから素の大人しい少女に戻る。その顔に表出したのは、紛れもなく恐怖の色。
「今思い返すとあれは……地獄だった。ハイレグ姿にされて身体の自由を奪われたのに、それを素晴らしいことだと思わされていた。ハイグレ魔王とハイグレ人間こそ、至上の存在だと心の底から思っていた。……疑いも恥ずかしさも、私のどこにもなくなっていた」
「……うん」
「御堂さんが助けてくれなければ、今でも私たちはあの呪いにかかったままだった……。本当にありがとう」
そう言う文がハイグレ人間になったのは、ちょうど二週間前のこと。二学期の始業式からの帰り道、北町商店街に差し掛かったところで文は、側にいたはずの千種を見失ってしまったのだ。いくら何でも高校生が勝手知ったる場所で迷子になるとは考えられない。もしや誘拐されたのかも、と文は自責の念に憔悴しながら商店街を駆けずり回った。だが、三十分ほどして千種は何食わぬ顔でひょっこりと文の前に戻ってきた。
無事に二人で千石邸に帰り着き、気を緩めたその瞬間――文は千種の手に握られたハイグレ光線銃に背後から撃ち抜かれ、白のハイレグ姿に変えられた。それでも文は必死に洗脳に抵抗し続けた。その間に千種は服を脱ぎ捨て赤いハイレグ一枚となり、屋敷中の使用人や自身の両親にハイグレの洗礼を浴びせていった。そうして最後まで抗い続けた文だったが、結局は大勢のハイグレ人間たちに見守られつつ屈辱の中、転向を完了したのだった。
その後、千種からハイグレ魔王との邂逅や活動目的を聞かされた文。千種は自分にハイグレ戦士としての資質が足りなかったことを悔しくは思っていたが、ハイグレ魔王の代行者としての意識はとても強かった。そんな彼女が提案した作戦こそ"お茶会"であった。ハイグレ魔王のしもべであると同時に千種の専属メイドである文が、それに協力しないはずがなかった。この二週間で二人は、美智留を含めて七人を罠にかけてハイグレ人間にしてきたのだった。
それらのエピソードは全て、文の脳内にしっかりと刻まれている。特に二週間着続けたハイレグ水着の感覚など、今も服の下に張り付いていると錯覚するほどだ。更には『歩く』ことと『ハイレグの股布が擦れて気持ち良い』ことが結びついて刷り込まれてしまっており、文は階段を一つ降りるごとに襲い掛かってくる条件反射的快感を、内心で何とか耐え忍んでいる状態にあった。
すると階下から、美智留が沙羅を振り仰いだ。彼女がハイグレ人間であった期間は一日にも満たない。故に文ほどには呪いの傷跡は大きくなかった。
「あ、あたし沙羅に謝らなくちゃ。あたし、昨日ハイグレにされて本当に嫌だったのに、沙羅のことまでハイグレにしようとしてたから……」
とは言え自分の愚行を後悔せずにはいられない。そんな美智留に沙羅は「しょうがないよ」と笑ってみせた。そして、怒りを隠しもせずに言う。
「悪いのは全部、ハイグレ魔王だ」
ゆっくりとした足取りではあったが、三分もすると四人は一階に辿り着いた。階段そばの、保健室という札の掛かったスライドドアを美智留が開く。
「失礼します!」
「あらあら、どうしたの?」
養護の加山英里子先生は、美智留の声に回転椅子ごと振り向いた。丈の長い白衣が翻る。しなやかに波打つ長い髪と均整の取れた体つきが特徴の女性だ。彼女のおっとりとした物腰は、三十という歳を全く感じさせない。
「あの、友達が具合が悪くなっちゃって」
美智留は他に言葉が見つからずそう言った。そうして沙羅と文に担ぎ込まれた千種を見て、英里子はパンプスの踵を鳴らして立ち、空きベッドのカーテンをガラリと引き開ける。
「その子、ここに寝かせてあげてね。――そうよ、ありがとう。三人とも、ご苦労さま」
千種をベッドに横たえて安心する三人。英里子は千種の体温を測ったり、外傷の有無の確認などをしながら、彼女たちに問う。
「少し詳しく事情を聞かせてね。一体どうしたの?」
「えっと……」
まさか『ハイグレの洗脳が解けたショックで気絶した』とは言えないし、言ったところで信じてはもらえないだろう。美智留は助けを求めるように沙羅を見た。何やら事情通らしい彼女なら上手く応対してくれると期待して。
「アタシたち、昼休みに一緒にお弁当食べてたんですけど、食べ終わっておしゃべりしてるときに突然その子――千種が過呼吸みたくなっちゃって」
という沙羅の説明の中に、確かに嘘は存在しなかった。すると英里子の顔に懸念の色が浮かぶ。
「あらあら。もしかして、食べ物アレルギーかしら……?」
「お嬢……千種さんにアレルギーはありません。千種さんは今朝から体調が優れなかったようなので、そのせいかと」
千種のことをよく知る文が否定する。実際、過呼吸の原因は精神的なものなのだから、アレルギー反応と疑われて事を荒立てるわけにもいかない。
英里子は安心して息を吐く。
「そう。なら、ここでちょっと休んでいってもらいましょうね。熱もないし、落ち着いたら目を覚ますでしょう。……ところで」その目は美智留の身なりに向いていた。「あなた、そんなおしゃれをしてどこへ行くのかしら?」
美智留は硬直した。このワンピースは、昨日千石邸でハイグレ人間にされたときに着ていたもの。人間に戻った際、服もそのまま戻ってきたのだ。間違っても高校に着てくる服ではない。
「えっと、これはその……」とあたふたする彼女に助け舟を出したのは、またしても沙羅だった。
「これ、演劇部の衣装です。次の舞台にエキストラとして出ないかって話をしてて、それで衣装合わせのために着てもらってたんですよ」
「――そうなんですっ!」
と便乗して何度も頷く美智留。すると英里子はクスクスと微笑んだ。
「大丈夫よ、私は気にしていないわ。でも、他の先生に見つからないうちに着替えたほうが良いわよ?」
「は、はい。そうします」
「それじゃあ、行こうか。あんまり長居してもね」
沙羅がそう言って席を立つ。美智留も反射的に同じようにする。が、
「私はここに残ります」
「保倉さん?」
「今、お嬢様の側を離れるわけにはいきませんから。……先生、良いですか?」
「先生としては授業に戻りなさい、って言わなきゃいけないけれどね。他の先生にはナイショよ?」
英里子の目配せに、文はコクンと頷いた。
「じゃあ、お大事にー」
「失礼しましたっ」
沙羅は手を振り美智留は頭を下げ、保健室を退出する。その間際、文が深々とお辞儀していたのを、二人は見逃さなかった。
一段落ついてほっとする美智留。が、それとは正反対に沙羅は張り詰めた表情をしていた。
「――美智留。アタシ、ちょっと出かけてくるから」
「えぇっ!? ど、どこに!?」
「ま、ちょっとね」
そうはぐらかして駆け出そうとする沙羅を、美智留は「待って!」と呼び止めた。
「沙羅にハイグレの話……しないと」
ハイグレから解放された美智留は恵実からそのように頼まれていたのだった。沙羅が屋上から出てきたときは、百合先輩という人物と電話中だったため切り出すタイミングを失っていた。
この上どこかに行かれたら本当に伝えられないままだ。しかし沙羅は、
「全部済んだら改めて聞くよ。悪いけど今はもっと大事なことがある」
「そんな……」
「ごめん。……大丈夫、アタシはちゃんと帰ってくるから」
と言って、異常とも思える速さで廊下を駆けて行ってしまった。結局、ハイグレについては話せずじまいとなってしまった。
「……ううん。行かなきゃ」
あのように言われても、沙羅の姿を見失っても、美智留はまだ諦めなかった。このままではもっと恐ろしいことが起こりそうな予感がする。それを救えるのは沙羅や恵実だけだ。自分の経験が彼女たちの助けになるかもしれないのなら。
沙羅が走り去っていった方向には、体育館や外と繋がる昇降口がある。まずは沙羅を探す。それでも見つからなければ屋上の恵実の様子を見に行こう――そう考えて、美智留は足を踏み出した。
「でも、最後には正義が勝つ……ちゃんと覚えててよね、桜、雫」
それは、ハイグレ戦士への宣戦布告であると同時に、絶対に敗北などしないと決意するための言葉。青のアクション戦士――沙羅は、今やハイグレ魔王に隷属する身に堕ちてしまった友人たちに背を向け、飛び立つ。
屋上の戦闘の結果は、ハイグレ戦士二人の勝利。だが桜と雫は、まるで洗脳直後のように強烈なハイグレ衝動に苛まれ、ハイグレ以外の身動きが取れずにいた。
「ハイグレ! ハイグレ! 沙羅、行っちゃった……」
「はいぐれっ! はいぐれっ! どうして沙羅ちゃんが、アクション戦士なんかに……!」
二人の心に、沙羅に裏切られたという失望が満ちていく。アクション戦士とは、ハイグレ魔王に敵対する最低最悪の存在。それがよりによって親友だったなんて。
とは言え無防備な姿を晒している今、剣を向けられなかったことは幸いだった。彼女は誰かと深刻な表情で会話をしていたようだったが、見逃してくれたこととは関係があるのだろうか。
そんな疑問も傷心も、ハイグレは包み込んで癒やしてくれる。桜と雫、そしてハイグレ人間になった恵実の三人は、揃ってハイグレポーズを繰り返す。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
残暑厳しい昼下がりの学校の屋上で、ハイレグ水着姿で汗をかく少女たち。せめてまともな運動ならば健康的にも見えようものを、彼女たちがしているのは脚を大きく開いて股間を強調するような下品なポーズだった。
頬を上気させて、本能の赴くままにハイグレすること数分。ようやく桜と雫の身体は自らの意志で動かせるようになった。
「な、治った!」
「ふぅ……気持ちよかったけど、わたしたちどうしちゃったの?」
ペタンとコンクリートに尻をついた雫は――床の熱で火傷をしないようパワーを調節しながら――桜に問うた。桜は息を切らしつつも考えを巡らせ、一つの答えに辿り着いた。
「そういえば魔王さまが仰ってた。ハイグレ戦士の力の源はハイグレストーンだ、って。私たち、さっきの戦いでハイグレパワーを使っちゃったから、それを回復するためにハイグレしたくなったんじゃないかな」
「そっか。だから今、元気が溢れてる感じがするんだね。ペンダントもすごい光ってるし」
納得し、発光するハイグレストーンを眺める雫。それとは対象的に、桜は内心でとある引っかかりを覚えていた。あのときハイグレ魔王が言いかけて口をつぐんだ言葉――。
……『もし一度でもハイグレ戦士となった者がハイグレパワーをゼロまで使い果たしてしまったら』、一体……どうなるんだろう。
今回の消耗量でさえ、とてつもない乾きに襲われたのだ。出来ればもうこんな思いはしたくない。やっぱりハイグレは楽しくしなくちゃ、そう思った桜だった。
「……で。この後はどうするつもりだ?」
と恵実が声を掛けてきた。切れ込みの鋭い緑のハイグレ戦士の出で立ちで、平然と腕を組んでいる。
「どう、って言われても……」
「沙羅ちゃんにも千石さんたちにも逃げられちゃったし……」
激戦を終えたことで何となく達成感に呑まれてしまった二人には、難しい質問だった。
少しの逡巡の後、桜が言った。
「まずは私たちと御堂さんが知ってること、教え合おうよ」
「いいねそれ! 御堂さんも、いい?」
恵実がすぐに頷いたのを確認して、桜は自分がハイグレ戦士となってからのことを説明し始めた。
「一昨日、私は学校からの帰りに北町商店街で不思議な声を聞いた。で、声のする方に行ってみたら駄菓子屋があったの」
「そこでハイグレ魔王さまのカードを引いた……?」
桜は瞠目する。恵実の言葉は、正に今自分が言いかけた台詞。そんな恵実も、驚き戸惑う。
「そうだけど……」
「同じだ……私がアクション仮面に選ばれた時と」
「うそっ、じゃあハイグレ魔王さまとアクション仮面は、資質を持っている人を同じ方法で探してたってこと?」
「だろうな。私の場合は南町商店街だったが。まあ、どちらも因縁の深い相手だ。考え方が似通っているということもあるだろう。――すまない、続けてくれ」
「うん。それで私はハイグレ戦士に選ばれて、魔王さまの野望のお手伝いをすることになった。ハイグレ人間を増やして魔王様のお力を取り戻す、って」
「ハイグレ戦士の人数は今、何人だ?」
「わたしと桜ちゃんの二人だけだよ。ハイグレ人間自体は、千石さんたちのおかげで何人かいたみたいだけど」
「で、私が魔王さまとお話しているところを、柿崎さんに見られた。次の日、柿崎さんが沙羅にその話をしているのを聞いたときには焦ったよ」
「……私も、とうとう戦いが始まると覚悟した」
恵実も同じ教室にいたのだった、と桜は思い出し、続ける。
「雫をハイグレ人間にしたのはその放課後。ちょうど二人きりになれたのもあるけど、ハイグレポーズに抵抗が少なそうだったからもしかして、と思って」
「わたし、ハイグレ人間にしてもらった後、駄菓子屋に連れて行ってもらったの。わたしの中にハイグレ戦士の資質があるって魔王さまに言われて、ほんとに嬉しかったなぁ」
「そこで、千石さんがハイグレ人間だったことや"お茶会"の本当の意味を知った。千石さんが魔王さまに見出されたのは、二週間前だったんだって」
「千石を本格的に捜査し始めたのが四日前。私が千石邸に忍び込んで、確たる証拠を掴んだのは昨日だった。私たちの行動は、完全に後手に回っていたのか」
恵実は自分たちが出し抜かれていたことを知って歯ぎしりするが、その上がった口の端に浮かぶ敬服の感情を隠しきれずにいた。
「後は今日のことだから説明はいいよね。私たちと千石さんたちが沙羅を狙う日が偶然同じだったから、協力することにした、って感じ」
「……その計画自体は、私たちは察知していたがな」
恵実の冷静な言葉に、雫は「えっ」と驚いた。
「千石邸で柿崎が洗脳された際、千石たちがそう話していたからな。そして間室は気付いていた。――鈴村、お前がハイグレ戦士だと」
「本当に……?」
「ああ。あいつの観察眼と度胸は賞賛に値する。柿崎から聞いたハイグレ人間の話をあえて教室内でして、周囲の様子を伺ったらしい。その時点で千石は確実に、鈴村は八割方ハイグレ人間だと推定していた。直後、私に二人を監視するように言ってきたくらいだ」
「確かに、あのときの桜ちゃんはおかしかったよね」
雫はくすくすと笑う。対して桜は反論を試みる。
「でも、それだけじゃ――」
「なら、トイレで何をしていた?」
が、この鋭い指摘に口をつぐむ。
「ハイグレの声が漏れ聞こえていたぞ。大方、ハイグレの誘惑に堪えきれなかったのだろう。……今なら、私も同情するが」
恵実は目を逸らした。ハイグレがもたらす甘美な疼きを一度知ってしまっては、非難もし辛い。続けて「もう一つ」と口を開く。
「昼食中に箸をハイグレパワーで発光させたそうだな」
当時のことを思い返すと、沙羅は雫の光への指摘に対して「変なこと言うんだから」と笑い飛ばしていた。だがその心中では全て見透かしていたというのか。彼女のしたたかさと自分の迂闊さに、むしろ腹が立った桜だった。
「ともかく。間室は鈴村を、おそらくハイグレ戦士だがまだ力を使いこなせていない、と判断していた。だからその日は千石の裏を取る方を優先した。そしてもし柿崎がやられたならば、次にターゲットになるのは柿崎と駄菓子屋の話をした間室自身だろう、とも予測していた。ハイグレ側も、妙な噂が広まるのは避けたいはずだとな」
「沙羅ちゃん、すごいなぁ。全部分かってるみたい」
「いや。あいつにもいくつか誤算があった。特に大きかったのは……瀬野、お前のハイグレ戦士化だ」
「わ、わたし?」
と自身を指差す雫に、神妙に頷く恵実。
「もっと言えば、鈴村の力を量り損ねたのだろう。昨日の報告時、間室は千石を釣る囮となることを申し出て、合わせて私にその護衛を求めた。あいつは鈴村の側に近づけた立場上、正体をなるべく明かしたくなかったようだ。その点私ならば姿を現さずに千石たちのハイグレ転向を解くことができる上、仮に鈴村がハイグレ戦士に変身した場合に戦うことができる。だが――」
「私に加えて雫もハイグレ戦士になっていた」
「そうだ。鈴村が即日瀬野をハイグレ人間に転向させ、あまつさえ戦士として目覚めさせてしまうとは思わなかったのだ。二対一ではやはり劣勢は否めない。しかも折悪く――まさに現在進行形だが――第二高校でハイグレ人間の一斉蜂起が発生した」
「え? どういうこと?」
雫が首を傾げる。第二高校とは、この都市の南部にあるもう一つの高校の名だ。最寄り駅は第一高校と同じ南駅だが、駅より更に南に位置するのが第二高校、町の中央に近いのが第一高校である。なお、第二高校の方がやや生徒数が多い。
「ハイグレ魔王さまはあちらにも侵略の手を伸ばしていたのだ。いや、むしろ二高の方が一高よりも侵略の進行が早かった。ハイグレ戦士こそいないようだったが、私たちはいつハイグレ人間たちが大きな行動に出るかと常に警戒していた。すなわちアクション戦士は、二高の防衛を最優先事項として設定していたのだ。だから間室は仲間から救援要請を受け、私を助けるのではなく二高へ飛んでいった」
「目の前でやられてる仲間を見捨てて? それがアクション戦士のやり方なの?」
聞き捨てならない、と言わんばかりに桜が問う。恵実が答えづらそうに、
「あの時点で私が敗北していたのも要因の一つだろう。私が余力を残していれば、協力して二人を戦闘不能にしたはずだ。だが最大の理由は……リーダーの方針が絶対だからだ。曰く、事前に計画を練り、完遂することが何より大事なのだそうだ」
と言うと、雫はいきなり恵実の肩をがしりと掴んだ。そうして真っ直ぐに瞳を覗き込み、淀みなく断言した。
「――恵実ちゃん、わたしたちは絶対に仲間を見捨てたりしないよ。ね、桜ちゃん?」
「うん。仲間が助けを必要としていたら必ず助ける。正義に反することをしたら、魔王さまに顔向けが出来ないよ」
二人の頼もしげな屈託のない笑顔に、恵実は思わず動揺する。
「……私を、仲間と言ってくれるのか? 愚かにもアクション仮面の尖兵にされていた、この私を?」
答えは、首を縦に振る動作で返ってきた。すると、雫が「あ」と気付いた。
「恵実ちゃん、笑ってるー」
「な!? そ、それがどうした! 私だって笑いくらいはする!」
想定外の指摘に取り乱す恵実。桜と雫がつられて声を出して笑うと、恵実はふてくされたようにそっぽを向いてしまった。
このやり取りに、桜は嫌でも既視感を覚えてしまう。
「御堂さんでも雫節には敵わないんだね。昨日の私と同じだ」
「何かあったのか?」
「大したことじゃないよ。でも、雫といると不思議と心が許せる感じがしない? この子との間に遠慮を挟んでるのが、バカみたいに思えるみたいな」
「それは……確かに」
「ねえ、何の話?」
「雫がまた、御堂さんのことをいきなり名前で呼んだ話」
桜に言われ、雫は時間を掛けて自分の言葉を思い返す。
「……あれ? わたし、恵実ちゃんなんて言ってた?」
「無意識なんだね……」
などと言いあう間に、恵実は普段の冷静な顔に戻っていた。
「私は呼称など気にしていない。強いて言えば、目の前にいる親しい人物の呼称は少しでも短くするべきだと考える」
「だったら、恵実って呼ぶのは」
「構わない、桜」
「じゃあわたしも、恵実ちゃんって呼んでもいい?」
「敬称は不要だ、瀬野」
「でも『ちゃん』付けしないと何か呼びづらいし――ってわたしの名前は!?」
自分だけ名字呼びなことに、雫は猛烈に異議を申し立てた。が、恵実はさらりと棄却する。
「文字数の問題だ」
「そんなぁ!」
「気にするな。私を仲間と言ってくれた瀬野と桜のことは、等しく信頼している」
「むー……」
それでも雫は不服そうな顔をやめなかった。無言のにらめっこが数秒間続き、先に恵実が溜息をついた。
「……はぁ。仕方ない、こうなったら」
「よかった、じゃあ雫って――」
「――行動で認めてもらうことにしよう」
一瞬喜びかけた雫の表情が、疑問の色に変わる。そんな雫と桜の前で、恵実は大きく両脚の幅をとった。そして、
「ハイグレっ!」
緑のハイレグのV字を素早くなぞる、ハイグレ人間としての忠誠のポーズをした。こんな当たり前のことがどうした、と二人は思うが、そうではなかった。
恵実の姿が、腕を上げた態勢のまま透き通っていくのだ。蜃気楼のように像が揺らめき、間もなく完全に視認できなくなってしまう。
「これ、さっき恵実が使ってた……」
「ああ。私の固有能力、透過迷彩だ。ただ、敵対するパワーを強くまとう者に触れると解除されてしまうようだがな。……だから瀬野、私に触ろうと手で探るのはやめてくれないか? ハイグレパワーなら今は問題ないはずだが」
「だって」
と言って雫の闇雲な手探りは止まらなかったが、どこかから笑い混じりに声がした。
「まあ、もうそこにはいないさ。少し待っていろ」
……どうしようどうしよう……まさか御堂さんもハイグレ人間になっちゃうなんて……!
重い鉄扉の隙間から屋上の様子を伺った美智留は、文字通り絶句していた。
結局、沙羅は見つからなかった。保健室で英里子先生に言われた通り、白ワンピース姿のまま校内を歩き続けてはいずれ誰かに見咎められてしまうと感じ、捜索を切り上げてもう一人の味方のところに来たつもりだったのだが。
……瀬野さんと転校生がやったってことだよね。三人ともハイレグ着てるし。あの二人、許せない……! でも、あたしたちが着てたのとちょっと違うっぽいかも。
白いソックスとグローブを装備し、ハイレグも光沢が強い。何やら普通のハイグレ人間とは違う特別な雰囲気がする三人。彼女たちが仲睦ましげに談笑しているのを、美智留は唇を噛んで眺めていることしか出来なかった。
ハイグレ人間は、未洗脳の人間を襲ってハイグレ人間にしようとする習性がある。本能とも言えるその強い欲求は、彼女も身を以て経験している。大切な友人であれど――否、であるからこそ、ハイレグを着せて同化させてあげたいと思ってしまう。人間に戻れた今ならば、本当にどうかしていたと断言できる。……その恩人が、今や奴らの仲間に成り果ててしまったのだが。
さてこれからどうしよう、と美智留は考える。このままここにいても自分に出来ることはない。沙羅にも会えない。かと言って、教室に帰って授業を受ける気分になれるわけもない。
……保健室、行こうかな。
あそこなら先生も何も言わずに匿ってくれるだろう。それに千種の容体も心配だ。
音を立てないようにひっそりと扉を閉じようとする美智留。が、その直前に視界に映った光景に、彼女の身体が勝手に反応した。
「ハイグレっ!」
「っ!? ひぁ、んっ……!」
刹那、美智留の脳内に留まっていた快感の残滓が暴れだした。
美智留が見たのはハイグレポーズをする恵実の後ろ姿。それが、かつて自分がそうしたときの記憶を無理やり引きずり出す。条件反射的に蘇った、身体の内側がキュンキュンと疼くあの感覚。とても正気でなどいられない。
気持ちよさと引き換えに、足から力が抜けていく。内股になりながら倒れぬよう支えにしたドアノブがギィ、と小さく鳴る。美智留は慌てて体勢を立て直し、扉の半開き状態を保つために体重の掛け具合を加減した。敵に感づかれぬよう、歯を食いしばって必死に快感の波に抗った。
十秒ほどで精神は穏やかさを取り戻した。胸を撫で下ろして再び外を見てみると、
……あれ? 御堂さんは?
ピンクと水色のハイレグ少女はいる。しかしもう一人、緑色のハイレグが見当たらない。まさかこのドアを通らずに屋上からは出れまい。ならば死角に移動したのだろうか。一体何のために?
もう少しだけ見える範囲を広げようと力を込めた扉が――急に軽くなった。
「わっ!?」
美智留はバランスを崩して前に倒れ込む。何とか手をついて怪我は回避したが、彼女が盗み聞きしていたことは桜と雫の知れるところとなってしまった。
「柿崎さん……!」
「あ、えっと、その……」一秒が何倍にも引き伸ばされた感覚の中で頭を回転させるも、この場を無事に切り抜ける案など浮かびはしなかった。「あたし、何も見てないからっ!」
何だそれ。バッチリ見てたのバレてるじゃん。セルフツッコミを入れつつ、美智留は跳ね起きて踵を返す。
あいつらに捕まったらまたハイグレ人間にされる。もうあんなのは嫌だ。その一心で、階段を駆け下りていく。が、
……でも、また気持ちよくなれる。
「――う、わぁっ!」
一瞬過ぎった邪な考えが足元に縄を掛けたかのように、美智留はあと一段というところで脚をつんのめらせ、踊り場に身体をしたたかに打ち付けてしまった。衝撃をもろに受けた右半身と側頭部が、ズキズキと痛む。
「いたたぁ……っ」
美智留は顰め顔のまま階段の上部を睨んだ。こんな隙だらけの状態では雫たちに狙い撃たれる。幸い扉は閉まったままで、まだどちらも校舎内には追ってきていないようだった。とは言えそれも時間の問題だ。一刻も早く逃げないと。
……ハイグレなんてもう嫌! あんな恥ずかしくて苦しいこと、もうしたくないっ! したくないんだからぁっ!
左手で上体を押し起こし、数秒掛けて立ち上がった――その時、美智留は自分の背中を触れる何者かの存在を感じた。
「え?」
恐る恐る首を向かせるが、誰もいない。いや、この感覚には覚えがある。そう、それはほんの十数分前、まだ自分がハイグレ人間だった頃、この場所で……。
美智留が最悪の結論に辿り着いた瞬間、正解を祝福するかのごとく彼女は光に飲み込まれた。
「きゃあああああああああ!」
ハイグレパワーが頭から爪先まで覆いつくし、その内側で美智留は二度目の洗脳を受ける。
折角帰ってきたワンピースは、一繋がりという意味では同じ単語を用いるハイレグワンピース水着に再び変貌してしまう。光の影響で鋭敏になった肌にそれがピタリと張り付き、心地よい刺激を脳髄へ伝達する。ハイグレパワーによって一時的に脳の働きを抑制されている今、その刺激は彼女の意識の深く深くまで容易く潜り込んでいく。
そして光から解放されたときには、既にハイグレ人間としての人格が植え付けられた状態になってしまっているのだ。
「あ……また、あたし……!」
自分の黄色いハイレグ姿を見下ろし、目を大きく開く美智留。
……ハイグレ人間に、なっちゃった……!
呼吸をするだけで生地が伸縮し、肩紐や局部の布を引っ張ってしまう。常にハイレグにサリサリと皮膚を擦られる感覚は、美智留にとってとても懐かしく感じられた。
……戻ってこれたんだ、ここに……ハイグレの中に……!
美智留の場合、一度は完全にハイグレ人間と化していた。そのため再洗脳を受け入れる土壌が出来上がっており、抵抗する間もなく彼女は人格を変えられてしまったのだった。
「あは、あははっ!」
声を出して笑う美智留には、羞恥心も嫌悪感も残っていない。うっとりと自分の姿を眺め、ハイレグの感触を確かめる彼女の中にあるのはただ、ハイグレ人間となれたことを喜ぶ感情だけ。
そして躊躇うことなく、四肢を構えた。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! 良かった、あたし、ちゃんとハイグレ人間だ……!」
全身を駆け巡る充足感に、ようやく自分が確かにハイグレ人間に戻れたのだと認識する美智留。ここが学校で、かつ半階層下には授業中の教室が広がっていることさえも関係なく、ハイグレコールを響かせた。
そんな美智留の背後に、忽然と一人の少女が姿を現した。彼女は目の前の成果を喜ぶでもなく、スッと瞼を閉じた。
【megumi:桜、瀬野、階段を降りてこい】
「い、今の声、恵実?」
「なんか頭の中に直接聞こえた感じ……」
屋上の桜と雫は驚いて顔を見合わせた。恵実の存在はステルス以降全く見当たらなかったのに、いきなり呼びかけられて戸惑ってしまう。
とにかく従ってみる他ない。二人が扉を開け、やや涼しい屋内に入ると、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
半階下の踊り場で一心不乱にハイグレポーズをとる美智留と、その側に恵実が立っていたのだった。
「恵実ちゃん、どうしたの……?」
様々な疑問が渦を巻き、どれから問うべきかも分からない。とりあえず雫は恵実に何らかの説明を求めたが、先に口を開いたのは美智留の方だった。
「あ、瀬野さん、ハイグレ! あたしね、またハイグレ人間にしてもらったんだよ」
「はいぐれっ! あれ? 『また』ってどういうこと?」
美智留については、昨日の"お茶会"に呼ばれてハイグレ人間になったことまでしか知らない故の疑問だ。
「話の途中から盗聴されていたから、口封じをした。それに、先ほど私は一度柿崎を人間に戻してしまったからな、その罪滅ぼしだ。……瀬野、これで私の魔王さまや君たちへの思いを、認めてもらうわけにはいかないだろうか」
行動で認めてもらう、とはこういうことか、と二人は得心した。
「雫、もう名前のことは諦めなよ」
「うぅ、分かったよ……。でも、いつか絶対呼んでもらうからねっ」
ようやく引き下がった雫に、恵実は安堵する。
その横で、ハイグレポーズを崩さずに美智留が言う。
「御堂さんに人間にされたとき、良かったなんて思っちゃってたけど、やっぱりハイグレ人間のほうが全然いいよね。……あのさ、千石さんと保倉さんも、元に戻してあげようよ。人間のままじゃ二人とも、可哀想だよ」
すっかりハイグレの思想が根付いた発言に、反対する者は一人もいなかった。
「柿崎、千石と保倉の居場所は分かるか? それと、間室にハイグレの話はしたか?」
「ううん。沙羅、話す前にどっか行っちゃったから。あ、でも千石さんたちはまだ保健室にいるんじゃないかな」
美智留の返事に、「上出来だ」と頷く恵実。
「なら、私は先行して様子を見て来よう。その間に柿崎は制服を着ておけ。それが一番、自然に保健室に潜入できる」
「え? ……あ、そっか」
美智留は、言葉の意味を理解するのに少しの時間を要した。屋上への扉の前には、千種から見張りを頼まれていたときに勝手に脱ぎ捨てた自分の制服が、今も乱雑に散らかっているのだった。つまりはそれをハイレグの上に着て、保健室にスパイとして潜り込めということだ。美智留はやや抵抗を感じつつ、人間の服に袖を通していく。
「いいな、準備を整えておけ。――ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
三度のハイグレポーズの後にステルスモードに入ってしまった恵実を、桜は慌てて引き止めた。
「待って恵実!」
「どうした桜? ……私にはまだハイグレストーンがない。あまり長時間、透過していることはできないのだが」
「様子を見て来てもらうのはいいけど、私たちはいつ保健室に行けばいいの?」
すると、桜と雫の脳内に、再び恵実の声が響いた。
【megumi:合図は念話で送る。それまで待機だ】
「ね、念話?」
「パワーを用いた、いわゆるテレパシーだ。慣れないうちは目を閉じて念じるといい」
言われた通りに二人は瞼を下ろし、心の中で恵実に語りかけてみた。
【sakura:……もしもし? あ、できた】
【shizuku:……れ……てる?】
桜の声は鮮明に届いたが、雫のものはノイズ混じりになってしまう。
「わたしの声、何か変じゃなかった?」
「こちらの声が聞こえているなら今は問題ないし、いずれコツは掴めるだろう」
「ならいいけど……桜ちゃんにはできたのに、ちょっと悔しいな」
【megumi:気にするな。もっと念話が下手な奴もいたからな――では、行ってくる】
念話で語りつつ、恵実はその場を離れていった。
待機時間の間に、桜と雫はハイグレ戦士の変身を一旦解き、一般生徒の姿に戻った。そして着替えを済ませた美智留も、二人の元へと降りてくる。
「あっ、そうだ。転校生さんの名前、聞いてもいい? あたしは柿崎美智留だよ」
「鈴村桜です」
桜にとっては昨日から間接的に何度も耳にしている名だったが、まともに話すのはこれが初めてだった。一目で、小動物的な可愛さがある子だ、という印象を持った。
「あたし、ほんとは一昨日の放課後に鈴村さんのこと見たんだよ。駄菓子屋でハイグレしてたの、鈴村さんだよね?」
「う、うん」
「やっぱり。その長い髪の毛、そうだと思ったよ。……あの、ごめんね? 沙羅に鈴村さんのハイグレのこと言っちゃって」
小さな体格のために必然的に上目遣いとなる美智留。
確かにそれさえなければ、沙羅にハイグレ戦士の疑いを掛けられるのはもっと先延ばしにできただろう。だがそのお陰で、様々な運命が一気に動き出したとも言える。雫をハイグレ人間に転向させる契機になったし、美智留も"お茶会"に呼ばれてハイグレ人間にしてもらえた。今や、アクション戦士の一人もこちらの力強い味方となった。だから、
「ううん、謝らないで。こっちこそ柿崎さんにありがとうって言いたいくらいなのに」
「で、でもこれだけは謝らせて。あのときあたし、ハイグレのこと、コマネチみたいな変なポーズだって思っちゃった」
「まあ、普通の人間には仕方ないと思う。でも今の柿崎さんが反省してるなら、魔王さまもきっと許してくださるはずだよ」
と励ますと、美智留の表情はパッと明るくなった。
「そうかな? じゃあ、ちゃんとハイグレして許してもらわなきゃ!」
気合満々に言って、美智留は折角着込んだ制服をまた脱ごうとする。それを慌てて止めた桜と雫に、合図の念話が届いた。
【megumi:オールクリアだ。念の為に注意を怠らず、一階まで降りてきてくれ】
「……あらあらそうなの。この子が千石さんなのね」
「はい。元は上京して私立高校に入る手筈だったのですが、お嬢様がどうしても地元を離れたがらず。そして私も」
寝息を立てる千種の様子をちらちらと確認しながら、文と英里子は椅子に腰を掛けて話をしていた。話題の切っ掛けは、文が千種のことを『お嬢様』と言いかけたことだった。保健室の先生は、常連でもない限りは生徒の顔と名前を一致させることはできない。が、この地域の大地主である千石家の令嬢が第一高校に通っていることくらいは、英里子も聞き及んでいた。
千石邸は町の中央から見てやや西に位置する。西側の山の裾野にあり、まさに都市を見下ろす格好となっている。あるいは西トンネルを守護する門番とも言えるだろうか。とにかく千石家は、この地を旧くから支配してきた一族なのだった。
やがて話の主軸が、文自身のことへ移っていく。
「誰か一人のために尽くそうと考えられるのは、とても素敵なことだと思うわ。それも、まだ保倉さんくらいの歳で」
「そうでしょうか? 物心付いたときからこうだったもので、あまり実感がありません」
「うふふ。あなたは自覚がないくらい、千石さんに惚れ込んでいるのね」
「ほ、惚れ!? 私が、お嬢様をっ!?」
急に狼狽える文に、英里子は微笑する。
「一人の人間として、よ。でなければそんな風には思えないはず」
自分の勘違いに赤面して目を伏せた文は、しばらくしてから滔々と胸中を吐き出した。
「……確かに、そうかもしれません。お嬢様はどんなことでもこなせる方です。そして、どんなことにも恐れず挑戦する方。そんなお嬢様のことをずっと側で見続け、私は憧れていたのかもしれません。お嬢様の喜ぶ顔を見る、それが私の夢です。……だからお嬢様の望まぬことは、全て排除します。この命に代えても――」
「し、失礼しますっ」
そのとき保健室の引き戸を開けたのは、先程出て行ったはずの美智留だった。
「あら。ちゃんと着替えてきたのね」
「ハイっ! あの、えっと……千石さんは、具合どうですか?」
美智留は妙に溜めて言いながら敷居を跨ぎ、後ろ手にゆっくり扉を閉める。なぜそんなに緊張しているんだ、と文は思った。英里子は何も気にしない様子で、
「まだ眠ったままよ。あなたも彼女が心配?」
「え、まあ、そんな感じです」
美智留は苦笑いを浮かべ、ベッドに近づいてくる。どことなく不自然に真っ直ぐな歩き方で。
文は、彼女の振る舞いの違和感がどうにも気に掛かった。そこで疑いの眼を向けてみると――原因は後ろに回したままの手にあった。まるで何か所持品を隠しているかのように。
そんなこととはつゆ知らず、美智留は歩を進めていく。文と英里子の脇を通り抜けんとする瞬間に、彼女の右手が素早く銃を構えた。
「――させない!」
が、その引き金が引かれるよりも速く、文は動いた。美智留の手首に手刀を打ち下ろし、光線銃を取り落とさせた。
「あっ!」
床に転がった銃を拾おうとする美智留。しかし、文がそれを許しはしなかった。伸ばした腕を逆に捻り上げ、屈んだ状態のまま動きを封じたのだった。
「しまった……!」
「柿崎さん、まさかまた……?」
文の目線の先には、見覚えのある光線銃。紛れもなく、人間を狂わせるあの銃だ。それを美智留が持っていたということは。
「あらあら。保倉さん、乱暴は良くないわよ?」
事情を知らずに心配げに諌めようとする英里子を無視し、文は美智留の制服の襟を引っ張った。肌着代わりに彼女が身に着けていたのは、黄色いハイレグ。文の心臓が跳ね上がった。
……最悪だ。
文は千種と共にそれなりの時間をハイグレ人間として過ごしたが、ハイグレ魔王とアクション仮面の戦いについて知っていることは多くない。挙げるとすれば、ハイグレ戦士として千種は選ばれず雫と桜が選ばれたことと、沙羅と恵実がその敵――すなわち人間の味方――だということくらいだ。
美智留が再びハイグレ人間になってしまったのを確認して、これは考えうる限り最悪の状況ではないか、と文は瞬時に判断した。
先ほど文たちは恵実によって洗脳を解除してもらった。だが置き去りにしてしまった恵実は桜と雫に敗北し、ハイグレ人間あるいはハイグレ戦士にされてしまった。美智留はここを出た後制服を着に屋上への階段に向かったが、三人に見つかって再洗脳を受け、スパイとして送り込まれた……と。
しかも恵実は、何故か自分の姿を消せるようだ。何せ文が洗脳を解かれた際も、電流が走る瞬間まで恵実の存在を全く感知できなかったのだから。と言うことは、
……既に御堂さんが潜んでいるかもしれない……。
注意深く周囲を見渡す文。だが、それで見つかるはずもない。
「ねぇ保倉さん痛いよ……。そろそろ放してほしいんだけど」
「申し訳ありませんが――」
「保倉さん、昨日言ってくれたよね? 保倉さんと千石さんと仲良くしてくれたら嬉しい、って」
文の緊張に乱れが生じる。美智留は腕をおかしな方向に曲げられたまま、続けて言う。
「だから、仲良くしようよ。また一緒にハイグレしてさ。……ね?」
彼女の縋るような懇願に、文は図らずも動揺してしまった。その背後で、
「きゃああぁぁぁぁぁぁん!」
「先生!?」
まばゆいピンク色の光の中、英里子が大の字になって叫ぶ。白衣がハイレグ水着に入れ替わっていくのが、少しだけ見えた。そう、文はそちらを振り返ってしまったのだ。
「今だ!」
美智留は力の緩んだ隙に文を振りほどき、もう一度銃を手にせんとする。が、文はその前に銃を勢い良く蹴り飛ばした。空きベッドの下を通り、部屋の反対側の壁にぶつかって止まる。
美智留が恨みがましい視線を向けるが、文は既に美智留など眼中に無かった。何より大事な存在を守るため、美智留について心を悩ませることを一旦完全に断ち切ったのだ。
「ハイグレェ! ハイグレェ! ハイグレェ! やだ、私、何してるのかしら……っ! ハイグレェ!」
パンプスを履いた足を大股に広げ、風船のように膨らんだ胸を紫色のハイレグに押し込められ、きつそうにハイグレポーズを繰り返す英里子。自分に一体何が起きたのかは一切分からないまま、一つだけしなければならないことを強要される。
戸惑いハイグレする彼女に同情しつつ、文は千種に駆け寄ろうとする。敵は視覚できない。ならばせめて千種のすぐ側で守らねば。
そんな文の背に、そっと掌が添えられる。
「くっ!」
瞬時に危険を察知した文は、無理やり身体を半回転させて掌から逃れた。バチンという音とともに発生した光は、虚空に散った。
代償として、千種の寝ているベッドに勢い良く倒れこんでしまう文。う、と千種が呻く声が聞こえる。が、それを謝罪している時間はない。
……間違いない。御堂さんがすぐ近くに……!
急いで顔を上げた文の眼前で、拳大のピンクの閃光が弧を描く。その軌道はしっかりと、千種を捉えていた。
「お嬢様っ!」
彼女を守るにはこうする他無い。彼女を守るためなら何でもする。だから文は千種に覆いかぶさった。自分が千種の盾になるのだ。
……ハイグレなんて嫌だ! でも……!
例え再びハイグレ人間にされようとも、千種がハイグレ人間にされるよりはいい。その一心で。
そして。
「が、あああああああああああ!」
激しい痺れと共に、文の視界はピンク一色に塗りつぶされた。それは一瞬の後には青に、次の瞬間にはピンクに。瞼を閉じても突き刺さる刺激的な光の本当の効能は、被害者の服と思想をハイグレ人間にふさわしいものに変化させること。
彼女は、間もなく自分がどうなってしまうかをよく知っていた。折角一度は人間に戻れたのに、他ならぬ恩人によってもう一度ハイグレ人間にされてしまうのだ。
どれだけ何を呪っても、光に包まれた時点で運命は定められている。洗脳光線から解放されたときには、
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
文は純白のハイレグを身にまとい、真顔で下腹部のV字をなぞるハイグレ人間に変わっていた。千種から体を離し、両足をしっかりと広げてハイグレポーズを行う。
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
美智留と同様に、文の再洗脳も早かった。肉体が記憶した感覚は、簡単には忘却できないものなのだ。意識の上で嫌悪していたつもりでも、身体に刺激を与えればすぐにフラッシュバックが起きて元通りとなる。
「ハイグレェ! そんな、保倉さんまで……! ハイグレェ! でも、何かしらこの気持ち……」
「ほら、先生も早くハイグレを受け入れて下さい! あたしたちと一緒にハイグレしましょうよ! ハイグレ!」
本来の姿に戻った美知留が、未だに抵抗している英里子の前でポーズを披露する。その朱が差す頬の色に、英里子の心が揺れた。
「そ、そうね、どうせ他のことはできないんだし、いっそ……ハイグレェ! あぁん! ハイグレェ! ハイグレェ!」
「あははっ! これで先生もハイグレ人間ですね! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレっ、ハイグレっ」
こうして保健室内がハイグレコールで埋め尽くされたところで、部屋に人影が一つ増えた。恵実がステルスを維持できなくなったのだ。
「くっ……もうハイグレパワーが……ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
限界まで消費してしまったハイグレパワーを補うためのハイグレを始める恵実。
その隣で、美智留がポーズを中断して扉を開きに行った。
「鈴村さん瀬野さん、もう入って大丈夫だよ。あとは千石さんだけだし」
「うん、分かった」
「あ、保健の先生もハイグレ人間になったんだね」
この作戦中、誰かに逃げ出された場合の見張りとして外に待機していた二人が入室する。ハイグレ人間ばかりの保健室は、とても居心地の良い空間に思えた。堪らず桜と雫はハイグレ戦士姿に変身し、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」
挨拶代わりのハイグレポーズ。それに対し勿論、
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ」
「ハイグレェ! ハイグレェ! ハイグレェ!」
緑、黄、白、紫のハイグレ人間たちもハイグレを返す。複数人で行うハイグレポーズの一体感が、全身に快感の雨となって降り注ぐ。
六人のうちで、この三回だけでポーズをやめた者はいなかった。ハイグレと叫ぶごとに気持ちよさが段々と強くなっていくというのに、どうして自ら中断できようか。
ただ、外的要因があれば話は別だが。
「う……ん……」
「――千種お嬢様!」
室内の騒がしさのせいで目を醒ました千種の呻き。それを耳ざとく聞きつけた文が、真っ先にベッドに向かった。
「良かった。お目覚めになられたのですね、お嬢様」
「文……私、今まで一体……」重い瞼を僅かに開けて、千種は専属メイドを求めて視線を漂わせた。そうして見つけた文の姿に、「――嫌ぁぁぁぁっ!?」金切り声を一つ上げた。
残りのハイグレ人間たちが駆けつけると、そこには恐怖に塗れた顔で背中を壁に押し付けて後ずさる、名家の令嬢がいた。
「嘘、嫌、こんなの……っ!」
「お嬢様、お気を確かに!」
「ごめんなさい文、私のせいで、全部私のせいで、みんな私のせいなの、許してお願い私が悪いの全部全部許して許して許してぇぇぇっ!」
「お嬢様っ!」
ハイレグを見ただけでパニック症状が再発してしまう千種。どれだけ文が呼びかけても、絶叫は止まなかった。
そんな醜態に、桜は憐憫の思いを抱く。
「千石さん……人間に戻っちゃったせいで……」
「ハイグレっ! 済まない、私のせいだ……」
謝る恵実の隣にいた美智留も、千種に同情する。
「千石さんの気持ち、あたしも分かるよ。ハイレグの気持ちよさが無くなっちゃったこともそうだけど……ハイグレがおかしいことって思っちゃうせいで、ハイグレ人間のときにずっとハイグレしてたことが、辛い思い出に変わっちゃうんだ。だから」美智留はその場の全員を見回し、言う。「早く千石さんを助けてあげよう? これ以上苦しまないように、ハイグレ人間に戻してあげよう?」
皆が一斉に頷く。その中で一人、文が名乗りを上げた。
「なら皆様、私に撃たせていただけないでしょうか」
「保倉さん?」
「元々私は、お嬢様によってハイレグを与えられました。だから、この手で恩返しをしたいのです」
当然、反対する者はいない。「ありがとうございます」と礼を述べ、文は何処からか洗脳銃を取り出し、構えた。
「ひぃっ!? い、嫌……っ」
銃口を向けられた千種が、子羊のように怯える。対峙する文の目に、迷いが浮かぶ。
「千種お嬢様……」
「やだ、やめて! 私はもうそんなの着たくないわ! 銃を下ろしなさい! 文!」
文は自問する。もしかして今の自分は、敬愛する千種の望まぬことを押し付けているだけなのではないか。
彼女が動揺していることに気付いた千種は、一か八か畳み掛ける。
「そうよ文、私の言うことを聞きなさい! そんなハイレグ脱いでしまいなさい! これ以上罪を重ねないで!」
だが、その言葉は地雷を踏んでしまった。
「……お嬢様、このハイレグは魔王さまに与えられた神聖なもの。例えお嬢さまのご命令でも脱げません」
「な、何を言ってるのよ……そんな水着であんなポーズさせられて辛かったでしょう!? 思い出して文! ずっとハイグレに耐え続けていた、あの時の気持ちを!」
「思い出したくもありません。あれこそ私の恥です」
文は冷酷に吐き捨て、銃を構え直す。
「やはり人間は異常ですね。今度は私が、お嬢様にハイグレの素晴らしさを教える番です」
「お、おかしいのはあなたたちよ! お願い、目を覚まして! 私もみんなも、ハイグレ魔王に利用されてるだけなのよぉっ!」
涙を溜めて訴える千種の額に、文は無言で銃口を突きつけた。冷たさが悪寒となって、千種の身体を駆け巡る。
「やめて文! 元に戻ったとき、苦しむのはあなたたちなのよ! 私のような思いをするのは……私だけで十分だから……!」
「元? 違いますよ。そもそも人間こそ、ハイグレの洗礼を受けていない哀れで不完全な存在。元と言うならば、それはハイグレ人間のことを指すのです。……さあ、お嬢様も元通りになりましょう」
文の指先によって引き金が引かれていく光景が、千種にはスローモーションに映っていた。彼女の脳裏に、二週間前からの記憶が走馬灯のように追想されていく。
ハイグレ魔王によって駄菓子屋に誘われ、問答無用でハイグレ人間にさせられた。自分がハイグレ戦士になれずに魔王を失望させてしまったことを、申し訳なく思った。せめて光線銃を使って一人でも多くハイグレ人間を増やそうと決意した。そして文を、家の人々を、級友たちを洗脳していった。怯える者も、泣き喚く者もいた。だがこれは救済だ、正義のためだと本気で考えていた。皆が自分に向けていた恐怖と忌避の瞳――それは今まさに自分が文たちに向けている瞳と同じだろう。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
自分に無理やりハイレグを着せられた人たちに謝罪できるのは、今だけだ。正しい人間の心を持っている内に。再び狂人と化してしまう前に。
千種は閉じた瞼の端から涙を流した。これは報いなのだ。自分がハイグレ魔王に洗脳されたばかりに、大勢の運命を狂わせた。そんな大罪を背負った自分だけが、人間に戻れるなんて虫が良すぎる。
ハイグレ人間となってしまったら、自分はこの先も手を汚していくはずだ。将来、万が一人間に戻れる時がやって来たとしたら、更なる良心の呵責に苦しむことになるだろう。今でさえ胸が張り裂けそうなほど辛いのだ。だから、
……せめてもう一生、ハイグレ人間のままで……。
ささやかな祈りとともに、千石千種はハイグレ光線に包まれた。
―― 一分後、そこには頬に涙の跡を残しながらも、晴れやかな表情でハイグレポーズをとる、赤いハイレグのハイグレ人間がいた。
「うふふっ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
「ねえみんな。これからどうしよっか?」
円を成した七人がハイグレポーズに満足して手を休めたとき、そう切り出したのは雫だった。
美智留が首を傾げる。
「どうって? 今から授業に戻るとか?」
「そんなの決っているじゃない! 全校生徒をハイグレ人間にしてしまうのよ! 何故って、私たちにはハイグレ戦士が三人もいるじゃない。失敗するはずがないわ」
強気に拳を握る千種に、文も同意する。
「これまでお嬢様がお屋敷に招待した六人も、必ずや協力してくれることでしょう。戦力としては十分かと存じますが」
「私は魔王さまのお役に立ちたい。だから賛成……だけど、恵実は今、ハイグレストーンが無いから……」
桜が懸念しているのは、恵実のハイグレパワーの貯蔵量の問題だ。ハイグレ戦士はハイグレストーンを用いて自身のハイグレパワーを増幅している。が、恵実は魔王によってストーンを与えられていない、不完全なハイグレ戦士。ハイグレパワー量は普通のハイグレ人間とそう変わらない。それが証拠に、桜と雫が保健室に入ったときに恵実は、ハイグレパワーが枯渇してしまったためにポーズを繰り返していた。全校攻略作戦が始まれば休んでいる暇もない混乱状態になるだろう。時間が長引くと、アクション戦士がやって来ないとも限らない。
全員の視線を一身に受けた恵実だったが、しかし平然と首を振った。
「私のことなら気にするな。私も、アクション戦士が第二高校に掛り切りになっている今が絶好の機会だと考えている。……それにもしも戦闘不能になったとしても、私は皆を信頼しているからな」
恵実の笑顔に安心した桜は一声、宣言する。
「分かった。じゃあみんな、一高をハイグレにするために頑張ろうっ! ハイグレ!」
「「「ハイグレ!!」」」
ピタリと揃ったハイグレコールに、全員の心が一つになったことを確認する。
そこで英里子が「ちょっといい?」と提案した。
「職員室は私に任せてくれるかしら? 先生たちを一気に転向させてみせるわ」
「あ、さすが先生ですねっ」
「ふふ。柿崎さんみたいに上手く演技できるかしら」
口調とは正反対に、英里子の表情には自信が満ちていた。
すると恵実は「なら」と言った。
「職員室に少しでも先生が集まっている時間に、作戦を決行しよう」
「じゃあ授業の間の休み時間がいいよね。ほら、もう少ししたら五時間目が終わるし」
雫の言葉に誰も異論は無かった。
それからも七人で意見を出し合い、作戦の細部を煮詰めていく。
間もなく大勢のハイグレ人間が誕生する、その実感が徐々に大きな形を成していく。桜の心は緊張と期待でいっぱいになる。
ここまで来るのにたった二日しかかからないとは、二日前の桜には想像もつかなかった。が、その刻は驚くべきことにもう目の前だ。
ハイグレ魔王もきっと喜んでくれるだろう。褒めてくれるだろう。そう思うだけで顔がにやけてしまう。
……もうすぐですよ、魔王さま……っ!
やがて、作戦決行を告げる鐘が鳴り響いた。
――同日午後四時三十分。第一高校はハイグレ人間たちの歓楽の声で満たされた。
*続く*
いかがでしたでしょうか?
内容としては説明回というか、キャラの個性を立たせる回という感じになりました
あとは再洗脳要素をどれだけ強く書いてやろうか、という挑戦もしてみました
(再洗脳時の)ハイレグの色について
今作では、ハイレグの色はパーソナルカラーとして一つと決まっており、再洗脳をしても色が変化することはありませんでした
ハイグレ戦士とアクション戦士のコスチュームに色を用いているのでそれを変えるわけにはいかない、ならば他のハイグレ人間も色を変えられない、という物語の制約があったせいですね
でも、再洗脳(あるいは重ねて洗脳)されるときにはハイレグの色を変える、ってのはいいアイデアだとは思っています
しっかし本当に、ハイレグの色ってどう決まるんでしょうね。パーソナルカラーとして個人個人に色が決まってるのか、ハイグレ光線がランダムに色を決めているのか。役職や立場によって色が異なる設定もありますよね
自分の場合、色は基本的にキャラに合った色を選んでいるつもりです。それで他のキャラと被りそうになったときには、似合わない色を与えてみたり。いわゆるマサオくんの赤ハイグレってやつですね
似合わない色、ということで関連して
この前レオタード関連で検索をかけていたら(何のために? とか聞く方には無言でジャージを進呈します)、なるほどと思った記事がありました
曰く、「色には様々なパワーがある。その人に足りないパワーを補う色の単色レオタードに着替えてもらってレッスンすることで、全体的なパワーを引き上げる」というような趣旨のものでした
あえて似合わない色を着せることにも、ちゃんとした意味があるんだと感じました。色のパワーについて、深く調べてみたら面白いかもしれません
(上記の記事について。画像検索ワードとしては「レオタード 合宿」あたりでパラパラヒットします。……が、当然三次ですし、まあその……検索する方は自己責任で。講師がレッスン生に足りない色のレオタードを選んで与える、というシチュにはもの凄く惹かれたので、いつか使ってみたいです)
ではまた、次の更新にて。
あのリク作品の方も、続きが書けるといいなぁ
リクエストをサクサクと捌く技量と器量が欲しい……
- 関連記事
-
- 【リク】転校生はハイグレ戦士 Scene3-1:陥落
- 【リク】転校生はハイグレ戦士 Scene2-3:発覚
- 【リク】転校生はハイグレ戦士 Scene2-2:潜伏
- 【リク】転校生はハイグレ戦士 Scene2-1:友達
- 【リク】転校生はハイグレ戦士 Scene1:覚醒
tag : リクエスト 転校生はハイグレ戦士
コメントの投稿
No title
こんばんハイグレー!(`・ω・´)引き続きこちらへもコメント!
なんという手に汗握る展開!( * ´ д ` * )両陣営の互いにいがみ合い嫌悪し合う感情の濃密な描写が、洗脳中洗脳後の痴態に対する最高のスパイスとなって作品を引き立てていますぜぇ……!!
洗脳解除からの再洗脳ってとてつもなく「そそる」素材な反面取り扱うのが難しい代物ですけども、みごとに捌いている香取犬さんのお点前に舌を巻く次第でございます(`・ω・´)ノシ 学校侵略編を心待ちにしつつ今宵はこのへんでではではー!
なんという手に汗握る展開!( * ´ д ` * )両陣営の互いにいがみ合い嫌悪し合う感情の濃密な描写が、洗脳中洗脳後の痴態に対する最高のスパイスとなって作品を引き立てていますぜぇ……!!
洗脳解除からの再洗脳ってとてつもなく「そそる」素材な反面取り扱うのが難しい代物ですけども、みごとに捌いている香取犬さんのお点前に舌を巻く次第でございます(`・ω・´)ノシ 学校侵略編を心待ちにしつつ今宵はこのへんでではではー!
No title
ハイグレッ
はじめまして、でよろしかったでしょうか
新興宗教ハイグレ教管理人です
再始動について触れていただきありがとうございます
香取犬さんの作品、いつも拝見させてもらっています
Before→Afterの切替えの心理描写がすごくそそります
これからちょこちょこ更新していく予定なので、今後ともよろしくお願いします
はじめまして、でよろしかったでしょうか
新興宗教ハイグレ教管理人です
再始動について触れていただきありがとうございます
香取犬さんの作品、いつも拝見させてもらっています
Before→Afterの切替えの心理描写がすごくそそります
これからちょこちょこ更新していく予定なので、今後ともよろしくお願いします
Re:
4/2に入ってから今更コメ返信……
>0106氏
ソフトの話も併せてこちらにて失礼します
VerticalEditorというとあの縦書きのですね、自分も使ったことあります。アウトライン機能もあってなかなかいいなと思った記憶が
ただ、自分はPC画面ならば書くのも読むのも横書き縦スクロールでいいやと割り切っちゃってまして
でも縦書き派の方には文句なくおすすめです。以下DLページ
http://www.vector.co.jp/soft/win95/writing/se276951.html
>洗脳解除からの再洗脳ってとてつもなく「そそる」素材な反面取り扱うのが難しい代物ですけども
再洗脳の良さは短編よりも、キャラの固まっている長編の方が活きてくると思いますね。今作のその三人はキャラ立てが上手くいったため、それぞれいい感じに抵抗&絶望して再洗脳されてくれました
ハイグレ洗脳時の記憶が残っている被洗脳者からすれば、再洗脳なんて絶望以外の何物でもないわけで……いやはや、そそりますよねフフフ……
――ここだけの話、あの子には更なる地獄が待ってますよフフフフフ……!
但し、
>学校侵略編を心待ちにしつつ
ってのはスミマセン! ガチで書いたらそこだけでまた十万字行っちゃうのでオールカット予定ですm(_ _;)m
この後アクション戦士パートを一幕書いて、その次が翌日の地方都市侵略になる感じですね。本作を書き始めた頃はここまでかかるとは思いませんでした……
>な氏
は、初めましてっ! まさか管理人様からお褒めのコメントを頂けるなんて……恐悦至極です!
小学低学年でこの病を患い、こんなおかしな趣味の人は他にいないんじゃないかと自己嫌悪に陥っていた自分を救ってくれたのが、ずっと後になって知った新興宗教ハイグレ教の存在でした
ハイグレ教に投稿された数々の小説、絵、そして掲示板のレスに、自分は一人じゃないんだ、同じような人がこんなにいるんだと感動したのを今でも覚えています
……って書き方をすると本当に宗教臭くなりそうですが、事実だから仕方ありません
当時は携帯端末から眺めていただけの(定時スレを含めた)ROM専でしたが、いつかはこの集いに参加したいと考えていました。でも、マイPCを手に入れるよりも前には既に小説投稿板は停止……(当時の香取犬「CGIって何やねん!ヽ(`Д´)ノ」) そういうわけで小説王国の方へ『~若人たち』を投稿し今に至ります
そんな感謝すべきハイグレ教の再始動、これを喜ばずにいられるかって話です。本当にありがとうございます&応援してます!
これからは自分も微力ながら、ハイグレ教の活動を支援させていただきたいと思います!
>0106氏
ソフトの話も併せてこちらにて失礼します
VerticalEditorというとあの縦書きのですね、自分も使ったことあります。アウトライン機能もあってなかなかいいなと思った記憶が
ただ、自分はPC画面ならば書くのも読むのも横書き縦スクロールでいいやと割り切っちゃってまして
でも縦書き派の方には文句なくおすすめです。以下DLページ
http://www.vector.co.jp/soft/win95/writing/se276951.html
>洗脳解除からの再洗脳ってとてつもなく「そそる」素材な反面取り扱うのが難しい代物ですけども
再洗脳の良さは短編よりも、キャラの固まっている長編の方が活きてくると思いますね。今作のその三人はキャラ立てが上手くいったため、それぞれいい感じに抵抗&絶望して再洗脳されてくれました
ハイグレ洗脳時の記憶が残っている被洗脳者からすれば、再洗脳なんて絶望以外の何物でもないわけで……いやはや、そそりますよねフフフ……
――ここだけの話、あの子には更なる地獄が待ってますよフフフフフ……!
但し、
>学校侵略編を心待ちにしつつ
ってのはスミマセン! ガチで書いたらそこだけでまた十万字行っちゃうのでオールカット予定ですm(_ _;)m
この後アクション戦士パートを一幕書いて、その次が翌日の地方都市侵略になる感じですね。本作を書き始めた頃はここまでかかるとは思いませんでした……
>な氏
は、初めましてっ! まさか管理人様からお褒めのコメントを頂けるなんて……恐悦至極です!
小学低学年でこの病を患い、こんなおかしな趣味の人は他にいないんじゃないかと自己嫌悪に陥っていた自分を救ってくれたのが、ずっと後になって知った新興宗教ハイグレ教の存在でした
ハイグレ教に投稿された数々の小説、絵、そして掲示板のレスに、自分は一人じゃないんだ、同じような人がこんなにいるんだと感動したのを今でも覚えています
……って書き方をすると本当に宗教臭くなりそうですが、事実だから仕方ありません
当時は携帯端末から眺めていただけの(定時スレを含めた)ROM専でしたが、いつかはこの集いに参加したいと考えていました。でも、マイPCを手に入れるよりも前には既に小説投稿板は停止……(当時の香取犬「CGIって何やねん!ヽ(`Д´)ノ」) そういうわけで小説王国の方へ『~若人たち』を投稿し今に至ります
そんな感謝すべきハイグレ教の再始動、これを喜ばずにいられるかって話です。本当にありがとうございます&応援してます!
これからは自分も微力ながら、ハイグレ教の活動を支援させていただきたいと思います!
No title
おお、しばらく来てなかったら投稿されてる……!
というわけで、お久しぶりです!
今回は再洗脳回とまるまるカットな学校侵略回でしたね。面白かったです。
再洗脳っていうのはなかなかないですしね。その辺りが上手く描かれていて感動しました。
あと、地味に前回は洗脳される最中やされた後の描写がなかった恵実の活躍もあって良かったです。
次回はまた別のものを更新されるのかもしれませんが、どれも楽しみにしています!
追伸1.バレンタインのゲームもプレイさせていただきました。
ノベルゲーム形式で、キャラや結末にも香取犬さんらしさが出ていて素晴らしいと思いました。
追伸2.前回の小説作成のソフトウェア、Wordだけで書いていた自分にはまさに目からウロコでした。
ありがとうございます。
というわけで、お久しぶりです!
今回は再洗脳回とまるまるカットな学校侵略回でしたね。面白かったです。
再洗脳っていうのはなかなかないですしね。その辺りが上手く描かれていて感動しました。
あと、地味に前回は洗脳される最中やされた後の描写がなかった恵実の活躍もあって良かったです。
次回はまた別のものを更新されるのかもしれませんが、どれも楽しみにしています!
追伸1.バレンタインのゲームもプレイさせていただきました。
ノベルゲーム形式で、キャラや結末にも香取犬さんらしさが出ていて素晴らしいと思いました。
追伸2.前回の小説作成のソフトウェア、Wordだけで書いていた自分にはまさに目からウロコでした。
ありがとうございます。
Re:
>ハイグレ人間T氏
どもども。2ヶ月空けてくだされば確実に何かしら1記事以上は更新してますよー
恵実は女騎士的な「堕とし甲斐のある敵役」を目指して表現していました。なのでハイグレ戦士に寝返ってからの活躍を書くのは本当に楽しかったです。あとは残りのアクション戦士と出くわしたときの反応とか、我ながら楽しみですね
ゲームプレイありがとうございます! ゲーム制作なんて初めてだったので、まずはまともに動いているだけでも感動してました。物語の方は、破綻の無いようにするだけで精一杯でしたけど……
ソフトの方もお役に立ったようで何よりです。色々試してみてください
先ほど本家に書き始めてしまった新作も、お時間があればご覧くださいませ
どもども。2ヶ月空けてくだされば確実に何かしら1記事以上は更新してますよー
恵実は女騎士的な「堕とし甲斐のある敵役」を目指して表現していました。なのでハイグレ戦士に寝返ってからの活躍を書くのは本当に楽しかったです。あとは残りのアクション戦士と出くわしたときの反応とか、我ながら楽しみですね
ゲームプレイありがとうございます! ゲーム制作なんて初めてだったので、まずはまともに動いているだけでも感動してました。物語の方は、破綻の無いようにするだけで精一杯でしたけど……
ソフトの方もお役に立ったようで何よりです。色々試してみてください
先ほど本家に書き始め