【インスパイア】新年明けましてハイグレ世界

師走には勝てなかったよ……

本年も残り僅かとなりました(執筆時点)。どうも香取犬です
言い訳は抜きにして事実だけを述べます
"『ハイグレ人間に憧れた少年の姉』の続きがほとんど進まずに年末を迎えてしまったため、3日でインスパイアネタを書くことに切り替えたがそれすらも終わらなかった"。何を言ってるかわからねーと思うが、おれも何をしてるのかわからなかった……
この不甲斐なさと悔いを来年に持ち越して、一所懸命に精進していく所存で御座います

謝るばかりでなくたまには皆様に感謝の言葉をば
……臭いのは分かっていますけど、数行だけお付き合いください

1月で『変わりゆく若人たち』投稿開始から2年となります。その頃から拙作を読んでいただいている方もそうでない方も、自分の筆不精ぶりや内容の方向性や程度はよくご存知のことと思います
それでもなお、当ブログや小説王国に拙作を読みにいらっしゃってくれること、本当に、本当に嬉しく思っています
一つのコメントが、一つのカウントが、大きな喜びと原動力になっています
以前までは自分の創作活動は、広くとも友人などの内輪に限ったものでしかなかったので、このように支えてくれる画面の向こうの方々がいるというのがとても新鮮で、こんなにも励みになることだとは思いもしませんでした
だからこそ、牛歩の如き鈍さかもしれませんが歩みだけは止めずに行きますので、新年もそしてこれからもどうぞ香取犬を宜しくお願い致します


さて今回の更新は、またしてもインスパイアネタとなります
と言っても新年用にアレンジした結果原型はあまり残っていません(元レスのシチュもすごく魅力的だったのですが……今後それも書けたらいいなとは思いますが、『~少年の姉』他を優先しなくてはですね)
しかもまたしても【書きかけ】ってなんだかなぁ。今回の更新分では作中時間にリンクさせてまともなハイグレシーンはありませんが、新年が明けて一週間以内には完結させたいという気持ちでいます

【1/6】
なんとかこれにて完結です。当初の予想よりもだいぶ長くなった……ってそれはいつものことか
突然に日常が書き換えられたら的なシチュにおいては、どう描けば「日常」感と「変貌」感が出るかな、という試作のつもりです
なにか都合が悪い点があったとしても、それは魔王さまの御力ということでお許し下さい



新年明けましてハイグレ世界 Inspired by としあき


目次
玉座の魔王1
旧年
新年
玉座の魔王2

あとがき




「んーっ! なんだか今、スゴく調子がいいワ♪」
 数ある平行世界を移ろい数多の星を手中に収めるハイグレ魔王にも、その時々によって意欲やコンディションに良し悪しがある。つい先程数年がかりの計略を成就させ、とある星の住人を完全にハイグレ星人の下僕とすることに成功したハイグレ魔王は、万能感に浸っていた。
 側に控えるハラマキレディースは、ここぞとばかりに魔王を褒め称える。
「見事でしたわ魔王様。特にあの生意気な勇者を一騎討ちにて仕留めた時など、私たちも胸がすく思いがしましたわ」
「しかも生き残りの人間には嘘の結果を伝えて、勇者を喜んで迎えた彼らをその勇者自身が洗脳してしまうなんて」
「希望に満ちた顔が一瞬で絶望に塗り替えられて、そしてあんなにあっさりと。結局どんな抵抗も、結局は魔王様の威光の下にひれ伏すことになるというのに」
 マントと仮面に身を包んで玉座に座す魔王は、弾んだ声で言う。
「ホッホッホッホ! 最後はともかく、あの星はなかなか手応えがあって面白かったワ。でも時間かかり過ぎ。たまには拍子抜けするくらい軽ぅく一捻りしたいものだわ」
「それならば」とレディースのリーダーが装置をいじってモニターに何処かの座標を映しだした。「こちらの次元の、太陽系第三惑星――地球などいかがでしょうか? ここならば魔王様に歯向かう勢力もありませんし、しかもまもなく現地の暦での年越しを迎えるため、人々も浮かれております」
「地球……そうネ、アクション仮面にやられた鬱憤もついでに晴らさせてもらいましょうか」
 地球、と聞いて一瞬眉をヒクつかせた魔王だったが、すぐにそう思い直す。それに今なら例えアクション仮面が来ようとも勝利する自信があった。
 リーダーがクルーに進路を指示している間に、残りのレディースは魔王と侵略の打ち合わせをする。
「どうせならあの日本って国一つくらい一気に洗脳してやりたいんだけど、何かうってつけの策はあるかしら?」
「普段通りにパンスト兵に任せるのではなく、でしょうか」
「ええ。折角だからアタシのこの有り余るパワーで直接、ね♪」
「素晴らしいですわ。でしたら……これを利用してはいかがですか?」
 魔王はレディースの指し示した画面内の大きな鐘を見て、「これを?」と問うた。
「日本では新年を迎える際にこの鐘を108回打ち鳴らすという風習が古来より伝えられています。これを『除夜の鐘』と言います。日本中の寺院で鐘を撞きますから、その音に魔王様のハイグレパワーを注ぎ込めば」
「一晩かけて日本の人間どもは漏れなくハイグレの虜、って寸法ね。新年をハイグレと共に迎えるなんて素敵じゃない♪ ――いいでしょう、これに決めたワ♪」
 ハイグレ魔王の洗脳能力は、基本的には光線として打ち出すか直接手にした武器に付与することが多いが、それ以外の方法もやってできないわけではない――過去にはハイグレ雨なるものを降らせたこともあった――故に音波に乗せることも可能である。国一つという広範囲となれば一回一回の効力は薄いだろうが、除夜の鐘は108回もの回数鳴らされるのだから充分すぎる。
 108回の間に潜在的な洗脳を完了させておき、続けて8190回目の鐘までに完璧にハイグレ人間としての思想と服装を埋め込む。ただし音源に近ければ108回でも問題なくハイグレ人間と化すだろうが、魔王の用心深さは筋金入りだった。
「現在、日本標準時で12月31日午後10時を回ったところです。そろそろ、除夜の鐘が日本中で撞かれ始めるでしょう」
「ホッホッホ! 丁度いい時間ね。それじゃ、準備に取り掛かりましョ♪」

   *

『俺の管理室から鍵が無くなってるんだが……オイ康平、知らねぇか?』
『し、知りませんよ』
『じゃあそのポケットから出てるのは何だぁぁっ!?』
『え……ええええ!? 僕じゃないですって! 誰かが入れたんですよぉ!』
『言い訳してんじゃねーぞオラ! 歯ぁ食いしばれ!』
 毎年恒例のビンタの快い音がスピーカーから聞こえてきて、あたしは反射的に顔を顰めた。
「うわ、痛そう……」
 そして康平以外のメンバーは笑いを堪えきれずにお尻をシバかれる。目新しいうちこそこの企画も面白かったけれど、もう何年も続けているせいで正直マンネリ気味。
 何か別の番組はやっていないかとチャンネルを切り替えると、今年一番耳にしただろう歌が流れてきた。
『蟻の~ままの~姿見せ~るの~よ~♪』
 今年大ヒットした映画「アリとキリギリスの王」のテーマソングである"Ant It Go"の合唱バージョンだった。これも曲自体は嫌いじゃないけどさすがに耳タコ。わざわざこの年の瀬にまた聞きたいとも思えなかった。
「はぁ……」
 そう、今日は大晦日。あと2時間もすれば来年がやって来てしまう。一年なんて本当にあっという間だ。始まったと思ったらもう終わって、また新年が始まるんだから。
 この一年であたしは何をしたんだろう。漫画家になるために意気揚々と上京したはいいものの、結局賞に送った二作とも一次落ちして夢は叶えられず、生活費を稼ぐためのコンビニのバイトに費やしている時間のほうが多くなってしまっている。そして、元旦にもシフトが入っているから休めもしない。
 来年もこんな状態が続くんだろうか、と思うとすごく憂鬱だった。いつか一山当てたいけれど、いつかっていつだろう。
 でも、何にせよ食いつないでいくためには働かなくちゃいけない。大晦日だからって夜更かししていたら、明日の朝が起きられないから。
「もう寝なきゃ」
 リモコンでテレビの電源を落とし、部屋の電気も消して三枚重ねの掛け布団に潜り込む。目を閉じると、暗闇と静寂と温もりがあたしを包む。
 そろそろウトウトしてきた頃、重く響く鐘の音があたしの耳に届く。除夜の鐘か……ちょっとうるさいけれど、なんだか心が落ち着く気がする。これもあたしが日本人だからなのかな。
 ――意識は前触れもなく、闇の中にすぅっと消えていった。

   *

『ヨーグルヨーグルヨーグルヨーグルお腹の調子整えんねん♪』
「ヨーグルヨーグルヨーグルヨーグルお腹の調子整えんねん♪」
「ヨーグルヨーグルヨーグルヨーグルおなかのちょーしととのえんねん♪」
 娘たちが楽しそうにお腹をさすりながら歌っているのは、アリキリと同じくらい今年話題になったTVアニメ「爽快ウ○チ」の主題歌の「腸内清掃第一」。タイトルとテーマは少し下品ながらも、有用な便秘解消法を紹介してくれるため親世代にも人気のアニメだ。うちも毎週欠かさず観ている。
「そう言えばママ」小学五年生の娘、杏奈が踊りを止めて尋ねてきた。「今日は何時まで起きてていいの?」
 普段の日なら、娘たちは遅くとも10時には寝かせるようにしている。でも、大晦日の今日くらいは。
「12時までいいよ。けど、明けましておめでとうしたらすぐ寝るのよ?」
「ほんとっ?」
 目を輝かせてこちらを向く小学一年の娘、花音に頷いてやると、二人で手を繋いで無邪気に跳ねまわって喜びだした。
 パパが単身赴任で海外に行っていて、日中は私もパート。寂しい思いをさせてしまっていることには申し訳ない気持ちでいっぱいだけれども、明るく仲良く育ってくれて本当に良かった。
 そう感慨に浸っていると、遠くから除夜の鐘の音が響いてきた。それを聞いた花音が杏奈に尋ねる。
「おねえちゃん、何の音?」
「これは除夜の鐘って言って、年越しをするときにお寺で鳴らすんだよ」
「何で?」
 学校で先生から少し教わったんだろうか、得意になって解説した杏奈だったけど、その理由までは答えられなかったらしい。助けを求める視線を受け取った私は、二人に噛み砕いて答えてあげる。
「人間の心には悩みごととか良くないこととかが108個あるって言われてるの。それを綺麗になくすために、新年を迎えるときに108回鐘を鳴らすのよ」
「へぇ」
 と杏奈は納得したものの、花音はまだ首を傾げていた。教えるにはまだちょっと早かったかな。仕方がないのでもっと分かりやすく言うと、
「心の大掃除、みたいなものかな」
「大そうじ!? かのんやった!」
 ……ちゃんと伝わったんだろうか? まあいいか。
 一分程度の間隔で深夜の空に轟く除夜の鐘。娘たちのはしゃぐ声やテレビの音に紛れて胸に沁みてくるたびに、じんわりと何かが禊がれていくような心地になる。
 23時も回ってくると、さすがに騒ぎ疲れたのかそれとも慣れない夜更かしのせいか、二人ともウトウトしだしていた。特に花音は半分眠っている。
 ソファで寝かせるわけにはいかない。私は花音を軽く揺さぶって、
「ほら、寝るならお布団に行きなさい」
「んぅ……ママ、プール行くのぉ……?」
 プール? ダメだ、完全に寝ぼけてる。手を引いて寝室へ誘導するものの、足取りも覚束ない。
「プールじゃなくてお布団よ。さ、パジャマに着替えて」
「……ハイグえ? かのんも着るぅ……っ」
 はぁ、と私は溜息を吐き、なるべく刺激して起こさないように着替えさせて、布団に寝かせた。
「おやすみ、花音」
 暗い寝室を去るときにそう声を掛けたが、返事は、
「えへへ……あイグえ、ハイグえ……」
 呂律の回っていない意味不明な言葉でしかなかった。多分、楽しい夢でも見てるんだろう。
 リビングに戻ると、杏奈はアイドルグループのカウントダウン番組にチャンネルを合わせてリズムに乗っていた。
「杏奈はまだ大丈夫?」
「うん。何か目が冴えちゃった」
 その語調からは眠気は感じ取れなかった。これならちゃんと0時を迎えられそうだ。
 少しの無言の後、杏奈が突然こんなことを口走る。
「あのさママ。昔の水着で足がすごく見えてるやつ、何て言うんだっけ?」
「な、何よいきなり」
 杏奈まで冬なのに水着の話題? 変な違和感を覚えながら、思い当たる水着の名称を答えた。
「……ハイレグのこと?」
「あ、そうそうそれ。何で流行らなくなっちゃったんだろう」
「今はビキニだもんね。新しいデザインが出てきて、ハイレグが古臭くなっちゃったからかな」
「そうかなぁ。私はいいと思うんだけどなぁ、カッコよくて」
「ふふ、杏奈はセンスが大人ね」
 言うと杏奈は少し満足気に鼻を鳴らした。大人ぶりたい年頃なのかもしれない。
 それにしても本当に何で今ハイレグのことなんて聞いてきたんだろう。そもそもハイレグ水着の全盛期なんて杏奈が知ってるはずのない時代なのに。
 私は不意に若かりし頃着ていたハイレグの鋭い切れ込みを思い出して、懐かしい気分に浸った。久しぶりにまたあの感覚を味わってみたい、なんて思った。
『―― 一分前っ!』
 というテレビの向こうの会場の盛り上がりと、107回めの鐘の音が聞こえたのはほぼ同時だった。
「ママ! カウントダウン!」
 俄に杏奈もはしゃぎだす。杏奈が起きて年越しを迎えるのは去年に続き二度目だから、まだまだ新鮮な体験なんだろう。
 画面下に表示されている秒数が減っていくたびに、杏奈は声を出して読み上げる。
『30!』
「30!」
 もう今年も残すところあと僅か。慌ただしく終わった一年だったなぁ。
「ほらママも! 10、9、8……!」
「はいはい。7、6、5……」
 そして杏奈とテレビと共に、私は最後の3カウントを刻み始める。

   *

 わたしたちが撞いた鐘を皮切りに、108の除夜の鐘は始まった。
 何としても一番最初の鐘を鳴らしたい、と言う俊くんと一緒に、わたしは18時ぐらいからずっと鐘の前に並んでいた。この、関東でも五本の指に入る厄除け大師の鐘は、一般の人も107組まで先着順で鳴らすことが出来る。まあ、最後の大役はさすがにお坊さんがやるんだけど。
 マフラーに手袋にと完全防備でやって来たのに、大晦日の寒気は予想以上だった。けど、夜が深まっていくたびに人の数がどんどん増えていって、23時を過ぎた頃には想像以上の人混みになっていたから、その熱で寒さなんてほとんど感じなくなっていた。
 だから気を抜くとすぐに、俊くんの姿が見えなくなってしまうのだ。
「俊くん! どこぉっ!?」
「こっちだ真梨!」
 俊くんの名前を呼んだ途端に、人垣を割ってその手が差し伸ばされる。良かったすぐ近くにいたんだ、と安堵して、わたしは手を取る。
 そうして誘導されたのは、比較的人の少ない池のほとりのベンチだった。俊くんは、わたしのことを呆れた目で見下ろしていた。
「ったく、これで今日何度目だよ」
「ご、ごめん……」
 わたし、俊くんに迷惑とか心配とか掛けてばっかり。そうしないようにと心がけてはいるのに、どうしてか全部裏目裏目。……初詣の願掛けを何にするか、もう決まっちゃったなぁ。
 わたしが白い溜息をついている横で、俊くんは腕時計を眺めていた。
「今何時?」
「11時40分。もう少しで年越しだな」
「そっか……」
 俊くんとわたしは高校の同級生だった。俊くんのことがどうしても好きだったわたしは、彼と同じ大学に合格して告白するという目標を立てて必死に勉強し、そして卒業式の日に晴れて付き合うこととなった。後から聞いたけど、わたしの計画はずいぶん前から俊くんにバレていたらしい。ほんと昔から、わたしは俊くんに勝てたためしがない。
 とにもかくにもそれから8ヶ月。今日は初めて二人で迎える新年なのだった。俊くんと同じ時間を共有できている今が、私にとってはとても幸せに感じられる。
 ふと、わたしの視線に気づいたのか、俊くんがこちらを向いてきた。と思ったら、いきなり手をわたしのおでこに当ててきた。
「きゃ!? つ、冷たいよぉっ」
 驚いて手を跳ね除けてしまったけれど、俊くんの顔は真剣そのものだった。
「真梨、もしかして熱ないか? もう一回確かめさせろ」
「そんなことないと思うけど……」
 今度は黙って彼の右手を受け入れる。外気に晒されていたせいでとても冷たいのに、触れられているだけですごく心が落ち着いた。
 少しして、俊くんが結論を出す。
「確かに普通より熱い気がするんだけどな。なぁ、我慢してるなんてことはないよな?」
「ないない。全然元気だってば」
 言った直後、世界がグラリと揺れた気がした。何だろう、ダルいって言うよりもこれは、
「でもちょっと、眠いかも」
「そうか。俺も少し眠いしな。年越しして賽銭投げたら、さっさと帰るとするか」
「うん」
 ……もう、なんで俊くんはそんなに……。
 思った瞬間再び、不思議な衝撃に全身が襲われた。頭がぼんやりして、何も考えられなくなっていく。視界も、なんだか滲んで……。
「おい、どうした真梨!」
 なのに、聴覚だけはまだハッキリと残っていた。心配してくれている俊くんの声も、除夜の鐘の音も、ちゃんと聞こえる。逆にそれらだけが、今のわたしの世界だった。
「だいじょぶ、平気、だから」
「そのどこが平気なんだよ。もういいから帰――」
「嫌!」
 自分でもどうして嫌だと思ったのか分からない。でも、どうしてもここを離れたくはなかった。
 突然の大声にたじろいだ俊くんは、それで口をつぐんだ。少し、申し訳なくなった。
 やがてまた、鐘が鳴る。
「……あと5分だ」
「今年、終わっちゃうんだね。いろいろ、あったね」
「そうだな。――来年もよろしくな、真梨」
「来年だけじゃないよ。再来年も、その次も、ずっと……ね」
「お……おう」
 言ってから、顔に血が上ってくるのを感じる。さすがに今のは恥ずかしかった。やっぱり熱で頭が浮かされてるのかな……。まあ、俊くんも満更じゃないみたいだから良かったけど。
 しばらく二人の間に、沈黙が流れる。周囲では年越しに向けての秒読みが始まっていて、耳に痛いほどこだましている。
 そんな中、人集りから少し外れたところで、幼稚園児ぐらいの男の子と女の子がなにやら楽しげにしているのが気にかかった。わたしは重い眼を擦って様子を伺ってみる。
「ハイグレ! ハイグレ!」
「はいぐれ! はいぐれ!」
 どうやら二人は向い合って、コマネチみたいな変なポーズをとっているようだった。幼稚園で流行っているんだろうか。それぞれのお母さんは顔を見合わせて困り果てている。
「美々、みんな見てるからやめなさい!」
「蒼汰も! 何バカなことしてるのっ!」
「ママもしようよ! ハイグレ!」
「これすっごく楽しいんだよ! はいぐれ!」
 ……ハイグレ?
 聞きなれない単語なのに、何故か頭にこびりついて離れない、不思議な感じがした。それにあのポーズ、モコモコの上着を着ているからすごくやり辛そう。もっと身軽に……例えば水着でやったらいいと思うのに。
 ――ってわたし何考えてるんだろう? そうこうしている内にカウントダウンは1分を切っていた。
「真梨、カウントダウン行けるか?」
「あ、う、うん」
 無理に立ち上がらせることはせず、わたしたちは並んで座ったまま周りに声を合わせた。
「「「10! 9! 8! 7! 6! 5!」」」
「10、9、8、7、6、5」
「10、9、8、7、6、5」

   *

 魔王はとある大師の上空に浮かんで、除夜の鐘の音色にハイグレパワーを送り込むと同時にその効果を直接確かめてはほくそ笑んでいた。
「……想像以上に順調ね。小さいコなんてもう洗脳が済んじゃってるじゃないの」
 当初の想定では107回目まではあくまで下準備であって、洗脳効果を表に出すつもりはなかったのだった。そうならなかったのは、恐らく魔王自身のコンディションが想定以上だったからであろう。
「まあ、計画に変わりはないケドね♪」
 足元の人間たちの刻むカウントは、即ち自分たちの人間としての生の残り時間とほぼ等しかった。そのことに気づかずに無邪気でいることがあまりにも滑稽に思えて、魔王はホホホと笑い出す。
 それから間もなく打たれる108回目の鐘の音にあらん限りの洗脳効果を注ぎこむべく、魔王は鐘のあるお堂に手をかざして精神を集中させる。
 ――108回目の鐘を間近で浴びることになる者は、ハイグレ光線を一撃浴びる以上の強烈な洗脳を受ける。その者は光栄な鐘撞き役として、夜明けまで8000回以上鐘を鳴らすことになる。これにより、日本中の人間が朝までに確実にハイグレ人間に変わるのだ。
 ハイグレの思想を植え付けられた者は自動的に肌の上にハイレグ水着をまとうことになるが、しかし服はハイグレ音波だけではどうしようもない。そこで魔王は108回目以降の音に、ハイグレ人間が身につける人間の服に対してのみ物理的な振動を与える特殊な周波数を増幅させる仕掛けを用意していた。一定量の振動を受けた服は、閾値を超えた途端に木っ端微塵に吹き飛んでしまう――
「ホホホホホ! さぁ人間どもよ、アタシの支配する新たな年が始まるわよォ~!」

   *

「「「4!」」」
 この世界の誰もが、僅か数秒後の世界がこうなるとは想像だにしていなかった。
「「「3!」」」
 平和な新年は、そこにはない。
「「「2!」」」
 彼らの、人間の歴史は今正に、終わろうとしている。
「「「1!」」」
 他ならぬ、ハイグレ魔王の手によって。
「「「「「0!!」」」」」
 ……煩悩を振り払うはずの清き鐘の音は、新年の訪れを告げると同時に、人間たちの心から人間の心を奪い去っていくのだった。

   *

「うぐあああ!」
「頭が……痛い……っ!」
「何か聞こえる……ハイ、グレ……?」
「きゃあああ! ハイグレ! ハイグレ!」
 新年を迎え興奮冷めやらぬ境内は、直後に悲鳴と怒号が渦巻いていた。
 わたしもみんなと全く同時に、いきなり激しい頭痛に襲われて頭を抱えた。
「痛いっ! 助けて俊くん! ああああっ!」
「真梨!? どうした!?」
 慌てた俊くんがあたしを抱き寄せて包んでくれる。頼れる胸の中で、しかしわたしは治まらない痛みに苦しみ続けた。それに加えて、身体中が異常な熱を帯び始める。
「熱いよ……痛いよ……! あ、ハイ……グレ……」
 真っ白になっていく脳内に、何故か「ハイグレ」という単語が満ちていき、他の事が考えられなくなっていく。ハイグレ、ハイグレ。意味も分からないのに、ずっと呟いていたいと思った。
「ハイグレ……ハイグレ……」
「おい、何言ってんだ? 気を確かに持て! 真梨っ!」
 俊くんは分からないの? 俊くんは違うの? わたしやみんなと、同じじゃないの?
 そう感じた途端、下着よりも肌に近い部分にギュッと何かが張り付いた感触を覚えた。そして軽快な破裂音とともに、着ていた上着や手袋や下着までもがバラバラになって……後に残されたのは、水着一枚きりのわたしだけだった。
「っ!?」
「真梨、なんだそれ……!?」
 わたしと俊くんは同時に目を丸くした。何せわたしは、わたしに相応しい姿になることができたんだから。……俊くんの驚きの意味はちょっと違ったのかもしれないけど。
 わたしは彼の腕を引き離して立ち上がり、そしてピンクのハイレグ水着のまま大きく股を広げて、
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 俊くんに向かってハイカットの足の線を両手でなぞるポーズをとった。それがわたしたちハイグレ人間のする、最も大事な行動だから。
 周囲のうなされていた人達も続々とハイグレ姿を晒して色とりどりのハイグレ人間になっていた。その光景を見て、俊くんをはじめ未だ転向していない人間たちは怯え、驚き、恐怖する。
「真梨……他の人達も、どうしたってんだ……!?」
「はいぐれ! はいぐれ!」
「ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレッ! ハイグレッ!」
「ハイグレぇ! ハイグレぇ!」
 俊くんも聞いたその声の主は、さっきの親子たちだった。美々ちゃんと蒼汰くんと呼ばれていた二人はやっと黄色と白の水着姿でハイグレができて嬉しそう。お母さんたちも今では緑と藍色のハイグレ人間になったことに何の疑問も持っていなさそうだ。
 普通の人間が真冬の夜中にこんな格好をしていたらすぐに凍え死んでしまうけれど、わたしたちハイグレ人間はハイグレに守られているから寒くもなんともない。
「ハイグレ人間になったんだよ、俊くん」
「ハイグレ……? いや、全然訳わかんねぇよ」
「うふふ、すぐに俊くんも分かるよ。ハイグレっ!」
 怪訝な目をしながら首を捻る俊くんだったけれど、次の鐘が響いた瞬間に表情をひきつらせた。
「ぐぅっ!? 痛ぇ……何だこれ、くそっ!」
 さっきのわたしと全く同じ反応を見せる。ということは、わたしと同じ過程をもうすぐ辿ることになるはずだ。
 わたしも最初はすごく辛かったけど、それを乗り越えてしまった今は……ハイグレがとっても気持ちいい。
「チクショウ、ハイグレって何だよ……うぐっ……!」
「ハイグレは、わたしたち人間――ううん、ハイグレ人間にとって一番大事な言葉なの。とても一言じゃ説明できないくらいにね」
 そして、また鐘が鳴る。俊くんや他の人間が、また苦しみの声を上げる。
 わたしの心は知っていた。あの除夜の鐘の音に乗ってきたハイグレ魔王さまのお力が、わたしたちをハイグレ人間にしてくれたんだってこと。だからわたしたちはハイグレポーズをして、魔王さまに感謝の気持ちを伝えなきゃいけないんだってこと。
 再びハイグレをしようと思った矢先、俊くんが上着を脱いで頭から被り、両手で耳を強く押さえた。
「そうだ、この、音のせいか……!」
 どうやら俊くんは鐘の効果に気づいたらしい。でも、どうせその程度の対策で耐え切れるはずがない。だって鐘の響きは耳だけじゃなく直接心にも届いている。鐘がすぐそばにあるこの境内の中に、ハイグレ魔王さまから逃げられる場所なんてどこにもない。
 その証拠にほら、さっきよりもテンポアップした鐘が打ち鳴らされるたびに、一人また一人とハイグレ人間に生まれ変わっている。他の人もどんどん顔が険しくなって、もう数分も持ちそうもなかった。
 俊くんも、
「ぐあっ……うっ! やめろ、くそっ! ハぁっ、ハイぃっ!?」
 着々と頭の中にハイグレ人間としての意識が植え付けられてきているみたいだった。でも、まだその体をハイレグ水着に包まれることを拒んでいる。
 今のわたしには、俊くんの気持ちが全く理解できなかった。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ねぇ、どうして俊くんはハイグレを嫌がってるの?」
「め、目を覚ませ、真梨! おかしいのは、ハイグぅ……お、お前らの方だ……!」
 そう言って俊くんはわたしを本気で睨みつけてきた。わたしは驚いたり怖がったりするより前に、とてつもなく悲しい感情を抱いた。
 だからわたしは哀願した。俊くんが一刻も早く、思い直してくれるように。
「……どうして俊くんはハイグレを嫌がるの? ハイグレはこんなにも素晴らしいんだよ? ハイグレっ! お願い……俊くんも早く、わたしみたいに心も体もハイグレ魔王さまに捧げよう? 俊くんの苦しんでる顔見るの、わたしも辛いから……」
「ま、真梨……」
 わたしの言葉に瞠目するもすぐに哀しげに目を伏せてしまった俊くん。しかし次の瞬間に轟いた何百度目かの鐘の響きによって、弾かれたように空を見上げて体を大の字にした。
「あ――ぐああああああああああっ!」
 苦しげにお腹の底から空気を絞り出す俊くん。その叫び声の尾が途切れたとき、風船が割れるような音とともに彼の服が弾けて消えた。真冬の寒空の下で俊くんは、水色の女性用ハイレグ水着だけを着た姿で立ちつくした。
 そして腰を落として、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 さっきまでの抵抗はどこへやら、一転真剣な顔になって鋭くハイグレポーズを繰り返し始めた。
 やっと、やっと俊くんもハイグレ人間になってくれた。それがたまらなく嬉しくて、思わずハイグレしている最中の彼に飛びついてしまう。
「俊くんっ!」
「ハイグ――って真梨、いきなり抱きつくな! ハイグレ出来ないだろ!」
「うぅ……ごめんなさい」
 ハイグレ人間として当然のお叱りを受けて、わたしはしぶしぶ俊くんから一歩離れた。
 しょんぼりしていたわたしを見かねてか俊くんはハイグレを再開することをせず、その代わりに歩み寄ってきて、
「……いや、こっちこそ強く言って悪かった。それに俺もさっさとハイグレ人間になってれば、真梨にこんな思いさせずに済んだのにな」
「――俊、くん……っ!?」
 ぎゅっとわたしを抱きしめたのだった。ピンクと水色の生地が擦れあってサリサリと音を立てる。突然温かい腕に包まれたわたしはどうしていいか分からなくなる。だって、僅か薄布二枚の向こうには俊くんがいるのだから。
 そんなことを意識して頭が真っ白になってしまう前に、わたしは必死に彼の目を見上げて言った。
「じゃ、じゃあ、わたしと一緒に……ハイグレしてくれたら……いいよ?」
 すると俊くんは抱擁を緩めて優しく微笑んだ。
「言われなくても、もちろんそうするつもりだったさ。だって俺たち、ハイグレ人間だもんな」
「――うんっ!」
 夢みたいだった。俊くんと二人、水着姿で向い合ってハイグレポーズが出来るなんて。
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 このままいつまでも一緒にハイグレしていたい。わたしは強く強くそう思った。
 ……気付けば境内にいる人間は全員がハイグレ人間になっていて、それぞれがその喜びをハイグレで分かち合っていた。
 ハイグレの力が込められた心地よい鐘の音は、今も止むこと無く打ち鳴らされている。夜通し鳴り続けるこの鐘のおかげで、朝までには日本中の人たちがハイグレ姿に変わるはずだ。
 今日の太陽は、ハイグレ魔王さまのものになった日本を照らすために昇るんだ――!

   *

 いつもなら静かなはずの夜中にいつまでも響いている音のせいで起きてしまった私は、何故かオレンジのハイレグ水着を着ていた。
「……へ?」
 布団の中で目を覚ました直後、身体中が今まで感じたことがない頼りない締めつけ感に包まれているのに気付いた。しかも下着やパジャマを着ている感覚がしなくなっていて、布団が脚や腕に直接触れているのだった。
 何かがおかしいと思って仰向けになって布団をめくったとき、私はあまりにも変な自分の姿を見てしまって素っ頓狂な声を上げてしまった。
 ――いけない、ママや花音が起きちゃう。
 慌ててすぐ左右の二人の寝顔を覗きこんだけど、何でもないかのように寝息を立てていた。同時に、花音のはだけた布団から見えたその肩に、赤色の水着の紐が掛かっていることに気付いてしまった。
 生唾を飲み込んで、そーっと少しだけ妹の布団をめくってみる。花音は予想通り、私と色以外全く同じ格好をしていた。それが分かったところで元に戻す。どう考えても私は今、ううん私だけじゃなく花音までハイレグ姿になっていた。
 でも、どういうこと? 私は心臓をバクバクさせながらうつ伏せで枕に顔を埋めて、過激なほどハイレグな水着の線を確かめるようにゆっくりと指でなぞっていた。腰のあたりから始まるその線は下にいくにつれてどんどん細くなって、最後のところなんてほとんどギリギリしか隠れていない。ちょっと動くだけで簡単に食い込んで締め付けるせいで、イヤでも意識させられて……恥ずかしすぎる……。
 思い出すのは、12時になる前にママと話したあの会話。どうしてかあのとき不自然に、ハイレグ水着のイメージが頭にこびりついて離れなかったのを覚えている。あとその水着に憧れの感情を急に持ち始めたこと。
 あれは何だったんだろう。そしてどうしてその格好になっちゃってるんだろう?
 その疑問に可能性の高い答えを出すとしたら、
「そっか……、これ、夢だよね」
 道理で気持ちがフワフワしてると思った。うん。これはすごくリアルだけど、夢なんだよ。こんなことが現実にあるはずなんてないんだから。
 さあ、もう一回眠んなきゃ。で、朝になったら三人で初詣に行くの。水着なんかじゃなくちゃんと買ってもらった着物を着て――
 そう思った瞬間、寒空の向こうから何か強い響きがやって来て、窓カラスを越えて、私の中をすぅっと通り抜けていった。
 ……。
 ……あ、あれれ? 私は何を変なことを考えてたの?
 ハイグレ人間がハイグレが好きなことやハイグレを着ていることが、おかしいことのはずなんてないのに。
「……ハイグレ……ハイグレ……!」
 私はもぞもぞと足をガニ股の形にして、寝っ転がったままハイグレポーズを取った。オレンジ色のハイグレがきゅっと締め付けてきて、思わず「うふっ」って声が漏れちゃう。
 信じられないくらいの気持ちよさだった。まるで、夢でも見てるみたいに。
 ああ、でも、これは夢なんだった。私がこの夜考えてることは全部、現実じゃない。さっき自分でそう結論を出したんだから。
 だったら夢見てる間だけでも、この気持ちよさをいっぱい感じていよう……!
「ハイグレ、んっ、ハイグレ……っ! ハイ……グ、レ……」
 それから何度ハイグレ出来たんだろう、私はいつの間にか、眠気に襲われて目を閉じてしまっていた。
 お願い……私は、ハイグレ人間のままでいたいの……この夢から醒めたく、ない……。

   *

 年末年始の休暇中は、惰眠を貪るために目覚まし時計をセットしていない。だから普段は7時前に起きなければいけない私も、娘たちに邪魔されない限りは寝たいだけ眠ることが出来る。冬の朝の長寝は至福の時間。
 しかし元旦の朝、私の目は午前7時丁度にパチリと覚めた。大晦日の夜は年を越してすぐ杏奈と一緒に寝室に入って間もなく寝入ったため、睡眠時間は私にとっては物足りない7時間。なのに心も体もすごく爽快。久々に心地よい目覚めだった。
 カーテンの隙間から部屋に、一筋の光が注ぎ込んでいた。掛け布団の上にできた陽だまりに手をかざすと途端にポカポカした。この太陽の光を全身に浴びないのは勿体なさすぎると思った。そしてこの気持ちを、杏奈と花音にも感じさせてあげたいと思った。
 私はおもむろに起き上がると、カーテンを一気に開け放って――言った。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! 杏奈、花音、新年の朝よ? 起きなさい!」
 朝日を背中に浴びる私が動くたびに、二人の布団に映る影もハイグレポーズを取る。ハイグレ魔王さまに与えられた、至上のポーズを。
 私の声と顔面にかかる光のお陰で、やがて娘たちはムニャムニャと寝ぼけ眼を擦りながら起きだして、
「……はいぐれっ。ママ、おはよぉ……」
「おはよう花音、それと明けましておめでとう。とりあえず顔、洗ってきなさい?」
「はいぐれっ、はいぐれっ。うん分かったぁ」
 口の端によだれの痕を付けたまま、花音はハイグレポーズをして、洗面所へと出て行った。赤いハイレグから覗く小さなお尻と背中が、とても可愛らしかった。
 それから杏奈の方も立ち上がる。
「ん……ハイグレっ、ハイグレっ、ハイグレっ!」
「ハイグレ! 杏奈も、新年明けましておめでとう。いいハイグレね」
「あ、うん。明けましておめでとう。ハイグレっ」
 私に向けられたハイグレに、私もハイグレで返す。すると杏奈は自分のオレンジの水着を見下ろして、次に私の緑の水着に目を移した。
「どうしたの?」
「これ、夢じゃないよね?」
「え? そりゃあそうでしょう」
 そう返事すると、
「あ、あのね。怒らないでね、ママ」
 戸惑い遠慮がちに、杏奈は切り出した。
「私、夢を見たの。自分がハイグレを着ていることに驚いて、変だなって思ってる夢。最後には気持ちよくハイグレしてたけど……でも、ハイグレを変って思うって、変だよね? いけないことだよね?」
 ……そういうことね。ハイグレを疑うことは、ハイグレ人間にとってハイグレ魔王さまを蔑ろにすることと同じ。杏奈は、例え夢の中でもそう思ってしまったことが不安だったんだ。
 すぐに私は怯えている杏奈の頭を撫でて、優しく慰めた。
「大丈夫。本当の杏奈は、ちゃんとハイグレ魔王さまを敬っているでしょう?」
「うん……」
「だったら心配なんて要らないの。それでも杏奈が自分を許せないなら、心を込めて魔王さまにハイグレをしよう? 『私はハイグレ魔王さまの忠実な下僕です』って思いながらね。ママも一緒にしてあげるから」
「――うん!」
 ようやく迷いを振りきった表情になった杏奈と、太陽の光を浴びて窓の外を向いて並ぶ私。隣を見ると、もうポーズの体勢に入っていた。私も同じ格好をして、息を合わせて、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
 尊いハイグレポーズを魔王さまに捧げ続けた。その御蔭で全身にこの感動が満ちることで、私はハイグレ人間なのだということを認識する。
 ……ありがとうございます、ハイグレ魔王さま……!
 と、そこに「あーっ!」と大声が飛び込んできた。
「ママもおねえちゃんもズルい! かのんもはいぐれやるーっ!」
 花音はとてとてと布団を踏み越えて駆け寄り、杏奈との間に割って入った。
 杏奈が上気した頬のまま、花音に微笑んだ。
「花音も一緒にしよっか」
「やったー!」
 ということで、母娘三人揃って改めてハイグレをすることに。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」
 なんて清々しい気持ちだろう。それもこれも全て、魔王さまのお陰。
 ……この後、予定通り三人で初詣に行こう。そして、世界のハイグレ魔王さまによる平和をお祈りしなければ。
 そうしたら、パパとも一緒に家族全員でハイグレができるから。

   *

 ピピピ、ピピピ、カチャ。
 寝て起きたらもう年越し。なんかいつにも増して呆気なかったなぁ。
 布団から抜け出して最初にすることといえばもちろん、
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 ハイグレポーズに決まってる。青のハイレグ水着でするハイグレは、本当に気持ちいい。出来ればいつまでもハイグレしていたいけど、バイトがあるからそうもいかない。
 溜息を吐いて台所に行き、お湯を沸かしつつオーブンで餅を焼く。即席カップ蕎麦に投入するためだ。
 数分後、出来上がった蕎麦に餅を浸して食べ始める。
 リモコンを操ってテレビを点けると、初日の出の瞬間のVTRをリプレイしているところだった。富士山の山頂で昇ってくる太陽を、大勢の人々がハイグレポーズで出迎える。光がパッと差し込んだ瞬間の歓声の上がりようは、物凄かった。『ハイグレぇぇっ!』『ハイグレ魔王さま万歳!』『魔王さま、どうか世界をハイグレのものに!』などなど、その全てにハイグレ魔王さまへの感謝の気持ちが込められていた。まあ、それはハイグレ人間としての義務であり、当然の思いなんだけど。
「……みんなでハイグレ、いいなぁ」
 家族や彼氏がいたなら、今頃その人と一緒にハイグレが出来ただろうと思うと、ちょっとだけモヤモヤした。もちろん一人でしたって魔王さまへの思いは変わらないけど、こう……気分の問題で。
 あたしはせめてバイト先に行ったらバイト仲間とハイグレしよう、と心に決める。
 ズルズル麺を啜っていると、不意に仕事机からこぼれていた漫画の原稿が視界に入った。ペン入れやトーン貼りといった作業が全て終わっているその完成稿を取り上げて見てみた瞬間、あたしの中に衝撃が走った。
「――何、これ……っ!?」
 あたしによって描かれたそのキャラクターたちは皆、見るも無残なおぞましい服を着ていたのだった。全身を覆い隠すような、何重もの厚ぼったい布。ハイレグ水着の完成されたデザインとは正反対の、一言で言えば気持ち悪い服装。一番恐ろしいのは、それを描いたのが他ならぬあたし自身だということだった。
 こんなのあたしが描くはずない。こんな、魔王さまを侮辱するような人間の服なんて! きっと何かの間違いに決まってる……!
「嫌……イヤああぁっ!」
 あたしはタガが外れたように原稿を一思いに丸め、ゴミ箱に突っ込んだ。そしてその他も、ハイレグじゃない服が少しでも描かれていれば、躊躇うことなく捨て去った。結果的にほとんど全ての原稿を失ったけれど、後悔はない。原稿なんてまた描けばいいんだから。
 息を切らしていたあたしは、それでも禊の意味を込めて腰を深く落とした。
「申し訳ありません、魔王さま……ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」
 はぁ……これが終わったらバイトに行く準備をしなくちゃ。やめたくないのに、ハイグレ……。
 そうして十数分後、あたしはハイグレ一枚の姿のまま、元旦の張り詰めた空気に身を晒した。

   *

「ホホホホホホッ! 完っ璧よォ! これで一億総ハイグレ化の完成ね♪」
 日本時間1月1日午前7時、日本上空にステルス停泊中の宇宙船に帰還して成り行きを見つめていた魔王は、自らの所業に満足そうに高笑いをした。
「流石は魔王さま。魔王さまのお力により、最早日本には愚かな人間は一人として残っていませんわ」
 リーダーの言葉通り、つい先程を以って夜通し続いた8190回の除夜の鐘は撞き終わり、都会から山奥深くまでハイグレパワーが遍く行き渡ったことで日本中の人間はハイグレ人間へと転向を済ませた。
 その誰もがこの朝、ハイグレ化に何の疑問も抱いていないのは、8190回目の鐘によって自分たちが人間であった頃の記憶が都合よく書き換えられたからである。
「たった一晩でこれほどの洗脳を成し遂げるなんて……」
「ハイグレ人間たちもさぞ、喜んでいるでしょう」
 レディースは口々に魔王を褒め称えるが、肝心の魔王の顔は既に引き締まっていた。
「そんなの当然よォ。でも、アンタたち忘れてないでしょうネ? この星の侵略はまだまだ始まったばかりなのよ?」
 その言葉を受けて、笑いを失って直立するレディース。
 魔王はそう言ったが実際、星をまるごと手中に収めようとする場合において最も気の休まらない時期は侵略をし始める瞬間なのだ。僅かの油断で少ない味方を失って計画が頓挫する危険がつきまとうからだ。故に普段であれば下準備を入念に根回ししてから一気に軌道に乗せていくのだが、今回の成果は始動としては十分すぎる。ここまでしてしまえばあとは日本人に任せておくだけでもやがて世界中はハイグレ魔王のものになるだろう。
 しかし、魔王はそれを善しとしなかった。
「……少し休んだら降り立つワ。着陸の準備をしておきなさい」
 自分自身が現人神としてハイグレ人間たちの前に姿を現す。そしてパンスト兵と洗脳銃の製造法を送り込み、外国に反抗の暇を与えずに電光石火で駆逐していく。
「で、ですがそんなことをしなくても――」
「お黙りィッ! アタシはもう失敗だけはしたくナイの。特にこの、忌々しい地球ではね……!」
 いくつもの星々を侵略してきた魔王でさえも、あのときの失敗は胸に癒えることのない傷として残っているのだった。だから、どの平行宇宙においても地球にだけは容赦はしないと、魔王は固く誓っているのだった。
 レディースはこれ以上の失言を重ねるまいと、素直に魔王の言葉に従うのだった。
「「「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」」」

   *完*




記事の更新は旧年中ですが、このあとがきが読まれるのはほぼ間違いなく新年を迎えてからでしょう
明けましておめでとうございます。改めて本年もよろしくお願いします

インスパイア元はこちらのレスです
としあき 14/12/09(火)17:45:20 No.19994427
これとその前のレスの流れを要約すると、「意識のない内に洗脳されて目覚めたら洗脳済み」というシチュについてのものでした
どちらのシチュも本当に垂涎モノした。なのにこの短篇にはほとんど反映されてないとはこれ如何に

何と言うか、年末番組パロディで力尽きましたはい
そんな自分は某所で将棋を観ながらの年越しになりそうです(棋力?中学生並ですが何か)

旧年中のハイグレ界隈は色々と話題に事欠きませんでしたね。新年もハイグレジャンルに更なる発展があらんことを願っています
自分も、ささやかながら引き続きその一翼を担っていきたいと思います

ではでは、続きの更新は近日中を目指しますのでよろしくです
【2014/12/31】




改めまして新年明けましておめでとうございます
こんな感じで『新年明けましてハイグレ世界』をお届けしました

一応補足すると、真梨と俊(「とし」のつもりですが「しゅん」でも可)くんたちは年越しの前後に起きたまま、鐘の近くで洗脳音を浴びていたため、少々脳に負担がかかってしまって不調をきたしてしまいました。音源から遠い人たちは、苦痛なくじわじわと洗脳されていきました
洗脳音と言っても音は鐘の「ゴーン」のそのものであって、その波に形なく洗脳効果が乗っているイメージでいます

ところで除夜の鐘って、どう全国のお寺が頑張っても届かない場所ありますよね。地下室とか、遮音室とか、山奥の洞窟とか……ま、まあそういうところも洗脳できてしまうのが魔王さまクオリティなんです!

次回からは秋のリクアンケのコースに戻るつもりではいますが……実際どうなるかは未定ということで
ではでは~
【2015/01/06】

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あけましておめでとうございます!
今年もたくさんの小説楽しみにしてます
プロフィール

香取犬

Author:香取犬
ハイグレの洗脳を受けて早幾年
遂に自らハイグレ小説を書くようになってしまいました
いつでもネタ募集中です
酉◆RYenwqtp9Y

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 →ハイグレアイドル候補生!
ハイグレ小説王国
 →変わりゆく若人たち
 →帝後学園の春


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