【リク】ハイグレ人間に憧れた少年の姉 出会い編

人生の中で今まで一度も行ったことがないのは、海外と、習い事と、そして歯医者
どうも、失踪後不審死したとしても歯型照合ができない香取犬です

更新が遅くなった原因は前に書いたアレです。バイオリズムの谷ってやつです
9月の休養(?)のせいで一度創作意欲を断ち切ってしまったために、再びエンジンを掛けるのに苦労しているのが今の現状なのです
アンケート終了後からちょこちょこ書いては休み、書いては休み、休んでは休みしていたら、結局今日までかかってしまいました。いやはや、長らくお待たせしてすいませんでした
しかも文章にもやる気が反映されてるし……書きたくないわけではないんです。ただ、創作意欲が低迷してるだけで

タイトルが『出会い編』となっていますように、この『~少年の姉』は本編と異なり、単発ではなく連作となります(カテゴリも違うので今後探す際は注意されたし)
『~少年』がたった4日間の話であるのに対し、プロットを読んでくれた方ならお分かりの通り、『~少年の姉』は何年ものスパンを持った物語です。せっかく書くなら『~少年』の補完もしたいと思った結果が肥大化ですよ
ということなので、なるべくまとめてお送りしたいのは山々ですが、これ以上待たせても良くないかなという判断から、一旦書き上げたぶんで投稿することにします

それでは、続きは本文の後で

*本編『ハイグレ人間に憧れた少年』はこちら
※リンクミス修正しました



ハイグレ人間に憧れた少年の姉 出会い編
Requested by 読者様方


 スイミングスクール編・前編
目次
姉弟とハイグレ~小5の秋
前夜と夢~小6の春
発覚と罠~小6の秋
緊張と初本番~大会

あとがき
 


 
「ねーちゃん! 早く観よっ!」
「はいはい、今やってるよー」
「……まだぁ?」
「もう、読み込み中って書いてあるでしょ。もう少し――あ、ついた」
 小学校に上がってまだ半年の弟、アキは、やっと再生され始めた映像を、顔を輝かせて食い入るように見つめている。
 あたしがこの歳の頃は、もっと落ち着いてたと思うんだけどな。まったく、男の子は子供っぽいんだから。
 あたしはリモコンをテーブルの上に置くと、ソファのアキの隣に腰を下ろして、同じくテレビ画面に視線を向けた。不吉な音楽、夕焼けの荒野に、女の子の悲鳴が響き渡る。
『ぁぁぁぁ……ん! うわぁぁぁん! 助けてっ! アクション仮面!』
 お団子頭の女の子は腕を岩に繋がれ、身動きがとれないでいた。その後ろに、バールみたいな杖を持ったドクロの仮面のおじさんが現れて、ガラガラ声で笑い出す。
『あーっはっはっは! もっと泣け! もっと叫べっ! お前が泣き叫べばアクション仮面が現れる……! そして、我らの張り巡らした罠の中に飛び込むことになるのじゃ! あははははっ!』
『卑怯者! あんたなんかの思い通りには、ならないわよ! ん――あぁっ!?』
 ドクロ仮面はもがく女の子の首に杖を当てて、囁くように脅しを掛ける。
『そのつもりなら、それでも良かろう。その代わり、少々痛い目に遭ってもらう……ふふふ……!』
 ああ、そういうことね。どうせこの後危ないところでアクション仮面がやって来て、この子を助けるんでしょ。
 杖が振りかぶられ、女の子は覚悟したみたいに目を閉じた。もうダメだと思ったその瞬間、杖にカードが突き刺さる。夕日をバックに現れたその影は、
『アクション仮面――参上ッ! ワッハッハッハ!』
 驚くドクロ仮面、喜ぶ女の子、そして「うおおおおお!」と興奮するアキ。それを尻目に、あたしはシラーっと目を細めた。
 本当に男の子って、こういうヒーローものが好きよね。だっていっつも同じパターン。敵が出て、普通の人たちやパートナーの子が危なくなるとヒーローが来て、ザコ軍団をやっつけて、ボスに苦戦するけど逆転して倒すの。つまらなくないの? って聞こうと思ったけど、アキは真剣に画面を見ていた。……まあいっか。
 で、予想通りに顔にBの書いてあるザコがアクション仮面に向かっていくけれど、簡単にバタバタ倒されていく。こうして見ていると、本当にザコの人たちってかわいそう。きっと悪の軍団についているのにも、こんな姿なのにも理由があるんだろうし、もしかしたら家族もいるかもしれない。上司の命令に従ってみんな一生懸命頑張ってるのに、それでも相手が強すぎて敵わない。……あたし、どうしてかザコの方を応援しちゃうんだよね。同情、みたいな。もしザコがヒーローをやっつけるお話があるなら、見てみたいんだけどなぁ。
 と思っていたら、突然アクション仮面の足元で大爆発。そしてこれまでの全部が、特撮テレビの撮影の様子だったってことが明かされた。よかった、これで終わりじゃなくって。
 古臭い感じのオープニングを、未ださっきのシーンを理解出来ていない弟を尻目にあたしは眺めていた。
 今日は父さんと母さんは用事で遠くに出かけていて、家にはあたしとアキの二人きり。今まではこんなことはなかったけれど、「アキも小学生になったし、ハルももう5年生だから弟の世話できるでしょ?」ということで、二人でお留守番となった。
 その暇つぶしのために、昨日レンタルDVD屋さんに行って借りてきたのが、この映画だった。家でも毎週観ているアニメだけど、こんなに昔のものを観るのはあたしも初めて。タイトルがヒーローものっぽくてつまらないかなと思っていたけれど、単純にそうじゃなさそうな雰囲気はこの時点でもう感じた。オープニングで踊るしんちゃんに、あたしの期待感も膨らんでいく。
 そして、遂に本編が始まる。しんちゃんおなじみのギャグの中に、幻のNo.99のアクションカードの話が混ざってくる。それを手に入れたしんちゃんと、何か裏がありそうなアクション仮面の中の人。その後一家は海で変な建物に入り、不思議な経験をする。……ここまでで全体の半分。いつものアニメと似た空気、だけどちょっと違う感じ。アキは片時も目を離さない。
 そのちょっとがちょっとじゃなくなったのは、すぐ後。翌朝一家は、北春日部博士とリリ子からハイグレ魔王という侵略者のことを知らされる。何のことか分からない一家に、リリ子がニュース番組を見せた。新宿にいる、団リポーターの中継だった。
『全国の皆さん! 東京は今や、異星人の侵略による、一大危機に瀕しております!』
 あたしの心臓が、ドクンと高鳴った。
『貴重な映像を、どうぞ御覧ください』
 という振りのあと、テレビに映し出されたのは――
『ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!』
 色とりどりの水着を着たたくさんの人達が、交差点で変なポーズを繰り返している光景だった。水着って言っても男の人も女の人も、みんな色以外同じ女の水着。しかも足の所がすっごいハイレグ。みんな何でこんなことを、こんな恥ずかしい恰好で……?
 あたしと一家は同じように呆れ、そして同じように団さんの声に驚いた。
『あああ! 見つかった! えー、全国の皆さん、私は侵略者達に囲まれています。私は、私は――た、たっ、助けてくれぇ! アクションかめぇぇぇん! ――どああああぁぁっ!?』
 慌てて逃げたしたその背中にピカピカ光るビームが当たって、服が点滅する。カメラが視点を変えるとおまるに乗ったパンスト兵が映り、すぐに同じビームがやってきた。
 やられちゃったの? 砂嵐が晴れると、さっきのパンスト兵が目の前にいた。
『ホッホッホッホ! 地球人よ、早くアタシたちのハイグレ銃を浴びて、ハイグレにおなりなさァい♪』
 それはハイグレ魔王の声。そっか、ハイグレ魔王はこの銃で人間を撃って、ハイグレ人間にして世界征服しようとしてるんだ。
『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! みんな、ハイグレを着よぉう!』
 で、撃たれた人はこんな風に……。新宿の人たちもパンスト兵に襲われて、ハイグレ人間になったんだろう。空から光線銃を浴びせられて、一瞬でハイグレ人間に。
 その瞬間、背筋がゾクリと震えた。怖い? ううん違う。これは……うらやましい気持ち。
 ハイグレ魔王はそこら辺の怪人とは全然違う。一般人まで強制的に洗脳して仲間にして、しかも一週間もヒーローに邪魔されないまま関東地方を侵略、だなんて。……そういえば映画の最初でアクション仮面を襲ったのもハイグレ魔王だ。もしかしてハイグレ魔王なら本当に世界征服しちゃうかも。そして、アクション仮面にも勝てるかも。
 ……一方的に人々を襲うパンスト兵。ヒーローにも勝つハイグレ魔王。それはあたしの中の「悪役=負ける」という印象を、一発で塗り替えるような衝撃だった。頑張ってハイグレ魔王、アクション仮面を倒して地球をハイグレにして!
 心のなかでハイグレ魔王を応援しながら、映画は進む。幼稚園バスに乗って進む一行、使えないTバック男爵、乗り込むまつざか先生、そして研究所に辿り着く。これじゃあ魔王がやられちゃう、と思っていたら、実はまつざか先生はハラマキレディースのスパイだった。悪役って悪役のくせにあんまり卑怯なことってしないのに、スパイだなんて悪すぎる。本当に、魔王は地球を自分の物にしたいんだ。
『さあ! みんなハイグレ姿にしておしまい!』
 まつざか先生が中に入れたハラマキレディースとパンスト兵が、みんなに対してあの光線を撃ち始める。ま、まあ普通はメインキャラクターがやられるなんて――
『どわああああ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』
『あ……うわああああ! ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!』
 というあたしの予想は、また覆された。園長先生とまさおくんは、簡単にハイグレ人間にされてしまった。その後も次々にみんながハイグレに変えられていき、しんちゃんたち三人が避難を終えたときには、逆に残りの人達は全員ハイグレ姿になっていた。
『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』
 さっきまで一緒にいた人が、今はもう水着姿でハイグレとしか言わなくなってしまう。……もし、アキがハイグレ人間にされたらあたしはどうするだろう。隣の弟をチラリと見て、思う。
 逆に、アキだけが生き残ってあたしもお父さんもお母さんもハイグレになったら。あの恥ずかしい水着でポーズをとる自分を想像してあたしは――なぜかニヤリとしてしまった。
 俯いて、スカートの上から足の付根に両手を添えてみる。変なポーズ。だけど、ちょっとあとでやってみよう、かな。
 と、そんなことを考えている内にハラマキレディースもTバック男爵も負けて、しんちゃんはハイグレ魔王と向かい合っていた。しかし魔王は隙を突かれて、せっかく封じたはずのアクション仮面を召喚されてしまう。のぼりっこでは勝負がつかず、一対一の決闘で地球の命運が託されることになった。
 もう一度アキの横顔を見たけれど、相変わらず真剣な目つきで画面を凝視しているだけだった。両手をギュッと握っちゃって、きっとアクション仮面を応援してるんだろう。だけどごめんね、あたしはハイグレ魔王に勝って欲しいの。例え叶わない願いだとしても、心のなかでくらいそう思ってもいいでしょ?
 決闘の結果は、やっぱりハイグレ魔王の負け。変身までして戦ったけれども、しんちゃんとアクション仮面の二つのアクションビームを受けて、倒れてしまった。魔王は最後に捨て台詞を残し、宇宙船でもあるハイグレ城と共に宇宙へ帰っていった。地球を救ったヒーロー二人を、元の服に戻った皆が迎えに来てそして――一家は元の世界に戻っていった。
 あたしもいつの間にか、手に汗を握っていた。なんて言うか、魔王が負けたのは残念だったけど、映画として普通に面白かったと思う。アキもほんとに黙って見入ってたし、暇つぶしには最高だった。
「面白かったね、アキ」
 テレビ画面がDVDメニューに戻ったところで、あたしはアキに言った。アキは久しぶりに顔を向け、「うん!」と大きく頷いた。
「アクション仮面すごかったけど、ハイグレ魔王もすごかった!」
「そうだね。みんなハイグレにされちゃったもんね」
 言うと、アキはバッと立ち上がり、こちらを振り向いて手を鉄砲の形にする。
「ねーちゃん! ハイグレビーム!」
 楽しげに見えない引き金を引くアキ。あたしは一瞬ドキリとして、それから姉としてするべきことをしてあげる。
「きゃあああ! ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!」
 あの光線を喰らったふりをして、それからちょっと腰を落としてハイグレポーズ。弟の目の前であたしは、ハイグレ人間になった。それだけでアキは「わーいわーい」と喜んでくれる。だったらこの恥ずかしい思いも、安いものだ。
 でもやられっぱなしじゃつまらない。ハイグレをやめて、あたしも人差し指をアキに突きつけた。アキの顔が凍りつく。
「ほら、アキもハイグレになりなさい! ビビビーっ!」
「うわあああ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 アキも映画と同じように、ハイグレポーズをとる。年齢的にかすかべ防衛隊のメンバーと近いから、さっきの研究所のシーンが重なって見えた。
 あたしはハイグレをやめないアキと一緒に、もう一度腕を足に添える。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 二人の声が重なって、心が弾む。……この気持ちは、なんなの……?

 ハイグレごっこはその後すぐ終わらせて、父さんたちが帰ってくるまでの時間は携帯ゲームで対戦して過ごした。その間ずっと、あたしの胸にはモヤモヤがつっかえていた。
 四人で夕食を食べて、お風呂に入って、自分の部屋で一人になった夜。あたしはタンスの前に立っていた。観音開きの扉を開いて、つい昨日しまったばかりのそれの掛かったハンガーを取り出す。
 小学校で使っている、紺色のスクール水着。胸のところには白のゼッケンに『5-3』と、あたしの名前が書いてある。去年大きめのサイズに買い換えて、今年はぴったりだったけど、きっと来年はちょっときつくなってると信じたい。あたしの身長はクラスでも前の方だけど。
 今年最後のプールの授業が終わって、もう1年は着ないだろうと思っていたスクール水着を今、あたしは手に取っていた。そしてそのフォルムに、今まで感じたことのない魅力を覚えていた。
「あたしの……水着……」
 ゼッケンを除けば紺一色のワンピース水着。さっき観た映画のハイレグと、そんなに変わらないデザイン。だったら。
 あたしは部屋着と下着を脱いで、ゆっくりとスクール水着に足を通していく。ピッタリと貼り付く、乾いているのにしっとりとした生地は、着慣れたもののはずなのに……。
「んぁ……っ」
 今まで特別意識していなかった水着の着心地が、全身を包む。スクール水着って、こんなに気持ちいいものだったっけ?
 視線を下腹部に移す。お世辞にもハイレグとは言えない、人体にとって一番自然なラインを描くV字がある。これが最も着ていて安心する角度なんだろう、ってことは分かる。だけど今のあたしには、全然物足りない。だから、足ぐりの側面を掴んでグイッと引き上げた。
「っ!」
 その瞬間、ピンと張った生地が身体を刺激した。今まで感じたことのない電気みたいな気持ちよさが、おへその奥から上へ下へと走り抜ける。驚いて、あたしは床に座り込んでしまう。
 目の前の姿見には、部屋の中なのに水着を着て、しかも顔を真赤に染めているあたしが映っていた。あたしはゆっくり立ち上がり、その前に立つ。さっきよりちょっとハイレグな状態を、水着は維持していた。
 ……まるで、ハイグレみたい。まるであたし、ハイグレ人間みたい。
 思った時には既にあたしは、脚を大きくガニ股に開き、腕を水着の線に添えていた。もう、何かを考えるのも面倒だった。
 あたしはあたしの欲望に従って、身体を動かした。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ」
 一度、二度、三度。声は外に漏れない程度に、だけど動きだけは本気で、あたしはハイグレポーズを取る。そのとき感じた感覚は、今後一生忘れられないような、そんな気さえした。こんなに近くにあったのに気付かなかった世界が、今ここにある。こうして気持ちよくなれることが、幸せだった。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ……」
 全部、あの映画のおかげだ。あの映画でハイグレ魔王に出会わなければこんなこと、知らないままだっただろうから。
 ……あなたは本当にすごい方です。ありがとう、ハイグレ魔王――さま。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ……!」
 それにしても映画で、魔王さまはどうして負けちゃったんだろう。しんちゃんやアクション仮面の邪魔さえ入らなかったら、あと何週間かで間違いなく日本はハイグレ化したはずなのに。悪役が勝つ世界、魔王さまが征服した世界。そんな世界に、あたしも生きたかったなあ。
 まあ、分かってるけどさ。あたしだってもう小学5年生、魔王さまもしんちゃんも、全部作り話ってこと。
 でも、誰にも言いふらさないで心の中だけで信じるくらいはいいよね? 魔王さまがいたらいいな、って思うことくらいは。
「ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!」
 魔王さまのいる世界――ある日魔王さまが宇宙からやってきて、パンスト兵の光線銃によって全員がハイグレ人間になった世界では、たぶんあの新宿の光景がどこでも見られるんだろう。誰も彼もがハイグレ人間で、挨拶は「ハイグレ」、何をするにもハイグレとハイグレ魔王さまへの感謝を忘れずに、そして全員が平等。そんな素晴らしい世界では、当然あたしもアキもハイグレ人間。父さんも母さんも、学校の友だちもみんなみんなハイレグ水着姿でハイグレしあうの。
 憧れたのは、そんな世界。
 ……それが妄想で、現実には叶わないとしても。ううん、だからこそ、
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 あたしはハイグレ人間になろう。ハイグレ魔王さまに征服された世界の住人になって、魔王さまを信じ続けるんだ。それがあたしにできる、魔王さまへの感謝のカタチ。
 確かにこの水着はハイグレじゃないけど。本当は、本物のハイグレが着たいけど。いつかはハイレグ水着でハイグレしたいけど、とりあえず今はこれで我慢。
 本当のハイグレにはこんなゼッケンはない。でも、今は鏡に写るあたしの名前が、あたしがハイグレ人間であることを証明してくれているような気がして、逆に嬉しいかも……なんて。
「ハイグレ! ハイグレ! あたしはハイグレ人間ハル! あたしは、ハイグレ魔王さまのしもべ! ハイグレ! ハイグレ!」
 だからあたしは、ハイグレをしながらそう宣言した。
 その瞬間、
「――ハル! アキ! あんたたち何時だと思ってるの!? 騒いでないでもう寝なさい!」
 母さんの鋭い声が、あたしの妄想を全て吹き飛ばした。あたしは慌てて返事をする。続けてアキも。
「ハ、ハイっ!」
「わ、分かってるよ!」
 ノシノシと自分の部屋へ帰っていく母さんの足音が消えてから、あたしは強ばっていた肩の力を抜く。鏡の中には、スクール水着を着た小学生。こんなこと見られたら、なんて言い訳したらいいんだろう。うちに「個人空間は絶対不可侵」のルールがあることを、今ものすごく感謝してる。
 だけど、声は聞こえちゃった……かな? 今度からは気を付けなきゃ。あたしがハイグレ人間ってこと、絶対に秘密にしてなきゃいけない。
 ……いつかはそれを、バラせる日が来たらいいんだけど。そのときには、皆で――。

 あたしは考えた。もちろん、少しでもハイグレ人間に近づくために何をすればいいかを、だ。
 ハイグレ人間といえばやっぱりハイレグ水着。だけどあたしが持っている水着は、レジャー用のキャミとアンダーのセパレートのものとスクール水着しかない。スクール水着はあくまでスクール水着で、本当の“ハイグレ”の代わりにしかならない。ハイグレ人間になりたい欲望は日に日に増して、だんだんとスクール水着だけでは物足りなさが残るようになってきていた。……っていうかこれじゃスク水人間じゃないの。
 だから考えている。不幸なことに、あたしがハイグレを知ったのはプールのシーズンが丁度終わった秋だった。なけなしのお小遣いを手に、夏には水着も売っていたはずの近所の洋服チェーン店に行ってみたけど、水着のミの字も存在していなかった。あと一年近く待たなきゃいけないなんて、と思うだけで頭がむしゃくしゃした。
 そのとき、あたしの中にひらめきが一つ湧いて出た。夏は終わった。でも一年中入れるプールだってこの世にはある。そう、温水プールだ。ということは、洋服屋にはなくとも専門のスポーツショップなら、一年中水着だって売っているだろう。しかもそこには、ファッション性のある水着だけじゃなく、機能性を追求してハイレグになった競泳水着も置いてあるはず。
 読みは当たった。時間を見つけて自転車を漕いで大きめのスポーツショップに行くとちゃんと水着コーナーがあり、競泳水着もたくさん掛かっていた。……誤算は、その値段。スクール水着みたいなもので4~5000円、ハイレグの競泳水着になると安くても6000円、高くて5桁。こんなの、あたしには母さんに内緒で買うなんて無理だった。目の前にハイレグの水着があるのに着られない――後ろ髪を引かれる思いで、あたしはお店を後にした。
 再び、あたしは考える。自分で買えないなら、母さんに買ってもらうのが一番だ。けど、いくらなんでも夏用の水着を今買って欲しいなんて言ったところで相手にしてもらえない。シーズン前では遅いのだ。今欲しい。だったら……今すぐ水着が必要な、真っ当な理由を作ればいい。
 例えば、温水プールのあるスイミングスクールに通いたい、とか。
 ――これだ! ということであたしは早速行動に移した。その結果は、
「あんた何言ってんの?」
 ですよね……。
「もうすぐ冬だっていうのに今更プールが恋しくなったの? それとも5年生の秋なんて中途半端な時期に水泳に目覚めたの? ハル、一体どういう風の吹き回し?」
 母さんは細身で、大人にしては小柄な方。会社ではプロジェクトリーダーを務めるキャリアウーマンで、決断力と理解力がある、人間として出来た人。昔からよく、あたしは母さんに、アキは父さんに似てるなんて言われるけど、まあどちらかと言えば合ってると思う。
 次々まくし立てる母さんの言葉に、あたしは反論を差し込む余地を見出だせなかった。一番初めに「スイミングを習いたい」と言った以外、何も口を開けずにいた。
「だいたいこれまであんた、習い事なんて絶対嫌だって言ってたじゃない。まあ、それでも今まで学校の成績が悪くなったことがないから良いけど、もし水泳なんか始めたら点数下がっちゃわない?」
「だ、大丈夫。これまで通り勉強するからっ」
 ここで一瞬でも戸惑ったら押し負ける。あたしは強く即答する。
 すると母さんはニヤリと笑って、
「なら良し。だけど、その言葉が信用できるかどうか、試させてもらうからね。――5年生最後の成績を見てから判断する。どう?」
「わかった!」
 母さんが、神様みたいに思えた。今すぐとはいかなかったけど、それでも希望が叶う道が出来た。
 あとは母さんに認めてもらえるくらい、ちゃんと勉強するだけ。そしたら、念願のハイグレが待ってるから。

   *

 春。あたしは6年生になって、競泳水着を手にした。
 三学期の成績は、母さんに呆れられるほどに上出来。あたしは晴れて、スイミングデビューを許された。
 近場の水泳教室が春の入会キャンペーンをやっていたから、ここを第一候補にすることにして、一度母さんと見学にいった。その時間には、小中学生と高校生のジュニアクラスの人たちが全員集まって記録会をやっていた。人数は、男女全員合わせても20人もいないくらい。職員のおばさんが母さんに「最初からこんなに泳ぎの上手だった子はほとんどいませんよ。娘さんも今からでも全然遅くありません。それに水泳によって己を鍛えることは、どんなことにもプラスに働きますよ」などと誘い文句を並べている間、あたしはずっとガラスの向こうの女の子たちに釘付けだった。
 黒を基調に、サイドに流線型の波をあしらった生地。背中側は、肩甲骨のあたりで紐がクロスしていて、腰の辺りが丸く繰り抜かれている。クロールをしている同い年くらいの子を見ていたけど、お尻も完全には隠れていない。その子がザバッと水から上がると、水着の前面も確認できた。……あの角度、間違いなくハイレグ。
 ゴクリと唾を飲み込む。自分の皮膚の上にあのラインを想像で描くだけで、身体の芯が熱くなった。
「結構、布面積の狭い水着ですね……」
 母さんの言葉に、おばさんがスラスラと返事する。
「確かにそうとも言えますね。けれど私どもは、水着であっても、いや水着こそ妥協は許されないと考えております。大手メーカーと直接契約し、競泳選手が本番に着用する水着と同様のデザインで、長期の練習にも耐えられる伸縮性のある生地を使っています。私どもはコーチ、設備を含めて考えうる限り最高の環境を提供し、子供たちがそのポテンシャルを遺憾なく発揮出来るようにしているのですよ。ちなみに水着の話に戻りますが、受講者様ご自身の水着の使用も可ではありますが、ほぼ全員が当スクール指定のあの水着を着用しております。しかも入会時には一着無料、それ以降も受講生ならば通常の半額で販売しておりますので、洗濯用や予備にも数枚あると便利ですよ」
 その他にも色んな話を聞き、見学を続けて、その日は終わった。後日あたしはそこに、4月から入会することが決まった。これから週四日、火木金土曜日の放課後はあの水泳教室まで行くのだ。そしてあのハイレグの競泳水着は全部で三着用意され、今あたしの手元にある。
 ……試着も必要、だよね?
 あたしは始業式の前の日、つまりスイミングスクールデビューの前日の夜、姿見の前で競泳水着を自分の身体に合わせていた。
 扉が閉まっていることを確認して、パジャマと下着を脱ぎ捨てる。そして競泳水着に脚を通していく。生地はゴムのように固く、それでいてよく伸びる。肩紐に腕を通すのも苦労したけれど、代わりに、
「締め付け、キツぅ……!」
 水着は容赦なくお尻や肩や、お腹を締め上げてくる。もちろん、鋭いハイレグ部分も。鏡を覗く。こんな格好で明日から泳ぐんだ、あたし。そこにはハイグレに似た水着を身にまとったあたしがいた。って言うか前から見たら柄以外は完璧にハイグレだった。
 俯いて胸を撫でてみる。元々まだほとんど膨らんでいない胸だけど、今は水着に押し込められて余計に平らに見えた。……み、水の抵抗はない方がいいもん!
 そして手はおへその方へ。水着越しの指の感触は、直に触るよりも敏感な気がする。くすぐったさをくぐり抜けて、Vラインに辿り着く。するとほぼ無意識の内に、脚が外側を向いてしまう。
「――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 ハイレグの線を両腕が上下になぞる。背中を反らせると水着が更に食い込み、バネみたく元に戻ろうとする。
 スクール水着と違うのは、それの場合は身体を覆ってくれる安心感があること。これの場合は、解放感があるのに嫌でも身体を締め付けてくる窮屈な気持ちよさもあること。その過激な感覚に、ハイグレ姿にされた人の気持ちを理解できたような気がした。
「ハイグレ! ハイグレ! ハ……っ」
 夢中になってハイグレに溺れていたあたしだったけれど、廊下から聞こえた足音に弾かれたように手で口を抑える。
「誰? 夜なのに騒いでるのは」
「あ、あたしじゃない!」
「えぇっ、ねーちゃんでしょ!?」
「もう、どっちでもいいからさっさと寝なさい。明日から新しいクラスでしょ?」
 はーい、と姉弟で声を揃えると、母さんは部屋に戻っていった。
 危機は去ったわけだけど、これ以上ハイグレを続けることは出来ない。仕方なく寝ることにしたけれど、肩紐を外そうとしたときに手が止まった。
 ……もっと着てたい。
 脱いじゃうのが勿体ないって気持ちがそうさせた。だからあたしは、水着を下着代わりにして、その上にパジャマを着ることにした。これならずっと水着を着たままで居られるし、もしも誰かに見られても普通の人間にしか見えない。
「なんか、まつざか先生みたい……!」
 映画のまつざか先生とは逆に、服で水着を隠していくあたし。まるでスパイになったみたいで、すごくワクワクする。見た目ではバレないのに中身はハイグレ人間ってのが、どうしてか堪らなく気持ちいい。
 ニヤニヤを抑えられないまま布団に潜る。結構長い間その中で水着の感触を楽しんでいたけれど、いつの間にやら眠っちゃったようだった。
 ……だって、夢を見たから。夢を見てるってことは、自分が眠ってるってことだし。
 夢の中であたしは、黄色のハイグレ人間になっていた。今までも何度もハイグレの夢は見てるけど、ハイグレを着てる感じがするのは初めてだった。
 あたしはタンスから普段着を取り出して、ハイグレの上に着る。それから部屋の扉を開けて、誰もいないビル街をあてどもなく彷徨い歩く。すると建物の影から、同い年ぐらいの知らない女の子が現れて、笑顔で手招きをしているのが見えた。
『来て!』
 それに従って、後をつけていくあたし。どうやらこの子はあたしを人間と勘違いしてるみたいだった。丁度いい。このまま人間の隠れ家に行ければ、一気にハイグレ人間にしてあげられる。そう、あたしは魔王さまのスパイなんだから。
 暗い路地の行き止まりに、暗い顔をした人たち。小学生や中学生が10人位と、二十代っぽいガタイのいいお兄さん、そして――アキと、父さんと母さんもいた。あたしにはわかる。皆が元気がないのは、ハイグレを着てないからだって。
 案内をしてくれた子が振り返る。ストレートの髪に鋭い瞳。クールな印象が、ちょっとだけ年上みたく見えた。芯のある大人っぽい声で、あたしを安心させようとする。
『ここならハイグレの追っ手も来ないから、安心し――っ!?』
 あたしは話の途中で、その子の肩を突き飛ばした。そして勢い良く服を脱いで、こう宣言する。
『あたしはハイグレ魔王さまのスパイ! あなたたちも早くハイグレになりなさい! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』
 愕然とした表情の人間たちに、いきなり現れたパンスト兵たちが研究所みたいに光線を乱射していく。光線が当たった人から、次々にハイグレ人間になってハイグレポーズを繰り返すようになる。アキたちもすぐにハイグレ人間に変わった。
 最後に残っていたのは、あの子だった。
『私の……せいで……!』
『ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!』
『はいぐれ! はいぐれ! はいぐれ!』
 ハイグレコールの中で怯えているその子にも、遂にハイグレになるときが来た。
『うわああああ! ハイ……グレ……! ハイ……グレ……!』
 イメージとは違う明るいオレンジ色のハイグレを着て、抵抗しながらハイグレをする。でも、すぐに笑顔になるだろう。
 あたしはスパイとしての役目を果たすことに成功した。ジャンプして喜びたい気持ちを、ハイグレに変えて魔王さまに捧げる。
『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』
 すると目の前にあの仮面がゆらりと出現して、途切れ途切れにこう仰った。
『素晴らしいワ、ハル♪ あなたを――に――めた――。もうちょ――ててネぇン♪』
 全部は聞き取れなかったけど、褒めてくれたことだけは間違いない。その感謝の気持ちを、全身で表すあたし。
『ありがとうございます! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ――ハイグレ……ハイ……んんぅ……」
 ……目が覚めたときあたしは、ベッドの上で仰向けになってハイグレの体勢をとっていた。パジャマは半分めくれ、お腹部分の生地が丸見えになっていた。
「ゆ、め……?」
 目を擦りながら、さっきまでの光景を思い返す。人の顔もはっきり分かるくらい、鮮明な夢だった。まあ、家族以外は知らない人だっかりだったけど、あんなに大勢でハイグレが出来ただけでも夢みたいな――って、ホントに夢だったんだけどさ。
 水着を着ながら寝たから、こんな夢見ちゃったのかな。だとしたら、これから毎日水着を着なきゃ。
 そのとき、ドアがドンドンと叩き鳴らされた。
「ハル! いつまで寝てるの! 初日から遅刻するよ!?」
 慌ててお腹を隠して時計を振り返ると、短針は8の位置にあった。もう朝ごはんを食べる時間さえもない。血の気が音を立てて引いていく。
 昨日の夜に浮かれて目覚ましをセットし忘れた自分が悪いことは分かってる。それでも、こう叫ばないわけにはいかなかった。
「何で起こしてくれなかったのーっ!」
 ――ちなみに学校には奇跡的に間に合った。ただ、着替える時間をとれなかったあたしは一日じゅう、服の下に競泳水着を着ながら過ごすハメになった。

   *

 水泳は得意じゃないけど、苦手でもない。好きってわけでもないけど、少なくとも嫌いではない。
 そんなあたしが小学6年生から本気で水泳を始めても、ずっと水泳をし続けている人たちに敵うはずはなかった。まあ、当然だよね。
 でも、週四日の水泳教室は、通い続けていくうちにそれ自体がだんだん楽しみになっていった。初めのうちこそ「ハイグレが着れるなら」ってだけで必死に頑張っていたけど、友達はできたし、コーチも厳しいけど優しいし、何より少しずつ自分の記録を塗り替えていけることが純粋に嬉しかった。コーチの言ってくれた「今までやってこなかったのなら、これから必ず伸びる」って言葉は、決して嘘じゃなかった。
 泳法の方は、コーチの見立てでブレスト、つまり平泳ぎを重点的に泳ぐことになった。「足を開く動きが思い切りがあって良い」って……まさかハイグレポーズのおかげ、なのかな?
 ともかく春、夏と水泳に打ち込む続ける日々が続いた。ちなみに一学期の成績はいい感じをキープ。母さんにもその調子って褒められた。
 そして秋――あたしとハイグレとの出会いから丁度一年が経とうという頃に、3ヶ月に一度の記録会が行われた。特に前回の6月よりも50メートルの記録が2秒縮んだのは、ホントに嬉しかったし、成長を実感できた。
 その日は記録を取る以外にレッスンはなく、いつもより早い時間に家に帰ることが出来た。本気で泳いだせいか小腹が空いたので、あたしは帰り道でちょっと大きめのプリンを2つ買った。あ、1つはいつも家で留守番してるはずのアキ用で。まあ、たまにはこういうのもいいでしょ。
 せっかくだから弟を驚かしてやろうと思って、泥棒のように玄関の扉を静かに開けて中に入る。するとリビングの方から、何やらアキの声がしていた。
「……グレ……グレ……!」
 もう一枚ある扉に阻まれて、何を言っているかは分からない。とりあえず自分の部屋にスイミング道具を置いて、忍び足で近づいていく。あたしの心臓が訳もなく高鳴ってきた。
 リビングの扉は木枠とすりガラスになっていて、音は通るけど向こうの姿はぼやけてよくは見えない。目を凝らすと、アキはテレビに向かって立って何かのポーズをとっているようではあった。そして耳をそばだてる。聞こえてきた言葉に、アキをびっくりさせようとしていたあたしの方がびっくりするハメになった。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「――っ!?」
 それはあたしにも馴染みの深いあの単語だった。ハイグレ魔王さまのしもべ、ハイグレ人間であることの証。もう一度アキを見る。あのポーズ……コマネチにしか見えない。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
『『『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』』』
 しかも、微かに聞こえるテレビの音は、忘れもしない、あの映画の研究所のシーン。ハイグレ人間にされた9人が揃ってハイグレをする場面のもの。
 ……何? 何? どういうこと? アキは一体、何をしてるの?
 と思っても、想像できるのは一つしかない。それが本当か勘違いかを確かめるべく、あたしはこれ以上無いくらい静かにノブを捻って、恐る恐るリビングの様子を伺った。
 ――あたしの目に飛び込んできたのは、あの映画の映るテレビの前で、上下真っ白な下着だけの格好で、一生懸命にハイグレポーズを繰り返すあたしの弟、アキの後ろ姿だった。
 ドアを閉め直す。つい今しがた見たことが我ながら信じられなかった。アキがあんなことをしていたこと――ううん、アキもあんなことをしていたってことが。
 ドギマギしながら暗い廊下にしゃがみこんで、もうちょっと頭を働かせてみる。
 まず、あの映画はどうしてここに? 確かちょっと前にあのレンタルDVD屋さんは潰れちゃったから、もうレンタルは出来ないはずだけど……まさか、閉店セールでアキがDVDを買い取った、とか? 最終日にあたしが見に行ったときにもう置いてなかったのは、そういうことなの?
 そういうことだと考えて、じゃあそんなことをするくらい映画を見たがっているアキは何? しんちゃんシリーズの熱烈なファン? いや、多分そこまでじゃないと思う。それにそれだけじゃ、ハイグレをしてることと結びつかない。
 結び付けられるとしたらただ一つ。アキもあたしとおんなじで、ハイグレ人間になりたがっているってこと。
 ……な、ないない。あんな恥ずかしい格好、あたしみたいな変態以外に誰がしたがるのよ。女の水着で足開いて「ハイグレ!」って自分からする奴なんて、世界中探したってあたしくらいしかいないはず。いてたまるもんか。
 でも、さっき見たアキは、あたしに気付かないで夢中でハイグレしてた。って言うか今もしてる。それは信じられないけど、紛れも無い事実だから。
「もしかしてアキも、なの……?」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 いつもねーちゃんねーちゃんと呼んでくるその声が、今はハイグレとだけ叫んでいる。嬉しいような、恥ずかしいような、気まずいような、複雑な気持ちでいっぱいになる。
 ふと、一年前映画を観終わったあとに二人でしたハイグレ人間ごっこを思い出した。あのとき、アキもあたしと同じように、ハイグレに不思議な魅力を感じていたんだろうか。それとも、ただ映画の真似事をしてるだけ? 今も……。
 そう、だよね。だってアキは小2。ヒーローになりきることに憧れたり、友達とごっこ遊びをするなら悪役だってやるだろう。ハイグレもそれと同じで、ただ真似してるだけ。そこに特別な意味なんてないんだ。……あはは、普通そうだよね。ハイグレ人間になりたいって思うのが変なのよ。勘違い、勘違い。
 あたしは作り笑いをしながら立ち上がる。そして立ち止まる。
 ……でも、そうじゃないのなら。アキも、あたしと同じ気持ちなんだとしたら、それはとっても嬉しいなって思っちゃう。こんなに身近にこの気持ちを分かってくれる人がいるなんて、想像したこともなかったから。ハイグレ人間は、世界に一人だけだと思ってたから。また、一緒にハイグレがしたい。そしたらどんなに気持ちいいだろう。
 振り返り、もう一度ノブを捻ろうとして、やめた。もしそれが勘違いだったとしたら、恥ずかしいなんてものじゃない。例え相手が小2の弟だとしても、こんなカミングアウトをしたら変な目で見られるのは間違いない。それに未来までずっとこのことを引きずって、弱みを握られたまま生きていくことになるかもしれない。そう考えると、カミングアウトなんて危険な賭けには出られない。
 それに、本人に直接聞くのもダメだ。怪しまれたらそこまで。ハイグレ人間のことは、何が何でも隠し通さなきゃいけないんだから。
 少なくともあたしの方からアプローチは出来ない。アキの真意を確かめるためには、アキに自分から尻尾を出してもらうしかない。例えば、今のように。でも今のようなシーンじゃ決定力が足りない。もっともっと疑いようのない現場を押さえなきゃ。
 と考えるといい案が浮かんできたので、一旦アキを尻目にあたしの部屋に戻る。そして、クローゼットのようにハンガーで服を掛けられるタイプのタンスを開いて、服を右側に寄せる。次に空いたスペースに、先日プール納めを迎えてもう小学校の授業で着ることはなくなったスクール水着と、これからも着ていく競泳水着2枚をハンガーに掛け、これみよがしに見える位置に仕舞った。
 これで良し。もしもアキがごっこ遊びじゃなく、本当にハイグレ人間に憧れているのなら、いつか必ずあんなブリーフじゃなく本物のハイレグ水着を着たくなるはず。だけど男の子がお店で女の子の水着を買うなんてできっこないし、そもそもお小遣いだって足りないだろう。そうしたらアキはまず間違いなく、身近にあって手にするのにお金がかからない水着――あたしの水着を着ようとする。そしてバレてないと感じれば、一人で留守番をしている日は毎日でも着に来るはず。で、アキがあたしの水着を着ているという決定的瞬間に直接乗り込んで、言い訳を出来なくさせる。これなら完璧。
 アキが本当にそうするかの保証はない。けど、あたしには自信がある。だってあたしがアキなら絶対そうしてるもん。
 あとはどうやってアキがこの水着を着ていると判断するかだけど……まあそれは今度考えよう。
 とりあえず今は、アキの秘密なんて何も知らないでスイミングから帰ってきた姉を、演じることにしよう。かばんやプリンの袋を手にして、内側から玄関の扉を開く。
「ただいまーっ」
「――ぅえ、あっ、お、おかえりねーちゃん!」
 リビングから露骨に慌てたアキの声と、ドタバタと走り回る音。あたしは笑いを必死にこらえて、いつも通りの調子で言う。
「ふぅ、疲れた。ねぇアキ、プリン買ってきたんだけど食べるー?」
「た、食べる食べる!」
 もう一度荷物を部屋に置いて、ちょっとだけ待機してあげる。多分今、アキは必死に事実を隠蔽しようとしてるから。バレてるとバラすのは、まだ早い。
 音も収まった頃に、あたしは両手にプリンを持って、リビングに突撃。アキはソファに腰掛けて、何くわぬ顔で再放送ドラマを観ていた。いやそれあんたが観て理解できないでしょ、とツッコミたかったけど、我慢我慢。
「ねーちゃん帰るの早いね」
「今日は記録会だけだったからね。はい、これ」
「わ、ありがと!」
 差し出したプリンを美味しそうに食べるアキを見て、弟ながら子供っぽくて可愛いなと思う。つられて笑顔になったあたしは、アキの敷いているクッションの下に何かが隠れているのを見つけた。自分もプリンを食べながらチラチラと横目で確認すると、『vsハイグレ魔王』という文字の書かれたDVDケースだということが分かった。
 ……ホントに、隠すの下手なんだから。
 そんなことにもニヤニヤしつつ、スプーンを口に運ぶ。うん、甘い。
「あのさ、アキ」
「ん?」
「アキも、その……ううん、何でもない」
 大きな瞳の上の眉をハの字にして首を傾げるアキに、あたしは続きを尋ねることが出来なかった。
 ……ねえ。アキもハイグレ人間に憧れてるの?

   *

 その、少し後。
 近くの市民体育館で行われる小規模な水泳大会に、うちのスイミングスクールの生徒全員がエントリーをした。あたしにとっては初めての公式大会で、昨日の夜から緊張してしまっていた。まあ、水着のお陰で夢見は良かったけど。
 もうすっかり仲良くなった仲間たちと現地で集まって受付を通り、コーチの激励を受けた後に更衣室に入る。なんだか周りの人たちがすごく強そうに見えて萎縮してしまう。勝てるのかな……っていうか、ちゃんと泳ぎきれるのかな?
 シャツを脱ぐ手を止めてしまっていると、隣から呼びかけられた。
「ハルは大会、初めてだよね」
「あ、うん」
 学校は違うけど同じ6年生の、ミズキだ。ミズキはうちのスクールに小1から通ってるらしく、それだけあってとっても速い。地方大会入賞クラスの力があって、この大会でも優勝候補って噂らしい。
 股下が五分のスパッツになっている競泳水着を慣れた手つきで着ながら、ミズキが言う。
「緊張のしすぎは良くないよ。だけどしなさすぎてもタイムは伸びない。今くらいのドキドキが丁度いいんだ」
「丁度って言われても、もう限界なんだけど……」
 と返事をすると、切れ長の瞳に笑みが浮かんだ。
「だから今のままでいいんだって。飛び込み台に立ったら、どうせその何倍も緊張するから」
 ストレートの髪をアップにして水泳帽の中に仕舞うミズキの言葉には、経験者ならではの実感がこもっていた。その予言に余計に心拍数を上げて固まってしまうあたし。だけどミズキは、こう続けてフォローしてくれた。
「最初は私もそうだった。スタートにも遅れたし、結果も散々だった。でも終わってみると、あの大きなプールで精一杯泳いだことが、楽しい思い出になる。だからその次はもっと頑張れた。……成績なんてどうでもいい。全力を尽くして、楽しんで来な?」
 ……そっか、そうだよね。
「分かった。ありがとミズキ」
 吹っ切れたあたしは一気にシャツを脱いで、いつものハイレグの水着に足を通す。なんだか、いつになく身体にフォットしているような気がした。布と皮膚の下でバクバクと鳴る心臓の鼓動が、逆に心地よく感じられた。
 それから二人で入念なストレッチとアップをして、準備を万全に整える。身体が暖まって来たところで、会場にアナウンスが入った。
『100メートル平泳ぎ予選、第一グループ出場者は、プール前に集まってください。繰り返します――』
「本番、かぁ……」
「さ、行ってらっしゃいハル。私も応援してるよ」
 ミズキのウインクに頷いて、あたしはジャージを羽織り、廊下を歩いて行く。そして舞台袖で、ライバルたちと顔を合わせる。皆、本気で勝ちに来ている空気を、ひしひしと感じる。どこまでやれるか分からないけど、全力で食らいついてやるんだから。
『次は、100メートル平泳ぎ予選、第一グループです』
 呼ばれ、係員の指示でプールサイドへ一列に踏み出していく。そんなあたしたち出場選手を、大きな拍手が迎えてくれた。一段高いギャラリーはたくさんの人達で埋め尽くされている。
 自分のコースの前に着いてからジャージを脱ぐ。ハイレグの競泳水着一枚の姿になったあたしに、観客の視線がいくつも突き刺さってきているのを感じる。この格好で注目を浴びるってことが、こんなにもドキドキするなんて。競技に対しての緊張だけでも大変なのに、その上恥ずかしさまで加わってもうどうしたらいいか。
 どうしよう。見ないで……見ないで……!
 これまで感じたことのないプレッシャーに気圧されて挫けそうになったその瞬間、背後から声が聞こえた。
「ねーちゃん! がんばれーっ!」
「アキ……!」
 振り返ってギャラリーを見やると、そこにはあたしに向かって大きく手を振る弟がいた。その横には父さんと母さんも。そう言えば今日は日曜だから応援に行くって言ってたっけ。
「頑張れよ、ハル!」
「練習の成果、出しきりなさい!」
「父さん、母さん……うんっ!」
 あたしは拳を突き上げて返事をする。家族が見てるんだ。不甲斐ないところは見せられない。
『1コース、――』
 名前を読み上げられた選手は、スタート台につく。あたしもそれに倣う。プールサイドより一段高い位置に立って水面を見下ろすのは、まだ少し慣れない。治まってきたと思っていた緊張が、また噴き出し始めた。
 ……集中、集中……っ!
 何度か深呼吸をしても、落ち着かない。今集中が切れたら、スタートに出遅れる。どうしようと焦ることで、余計に精神が乱れる。無駄なことを考えてちゃいけないんだ。無心になれ、あたし。
 と、思ったときにあるアイデアが浮かぶ。この切羽詰まった状況で一つだけ、無心になることができることがあるとすれば……。いやでも、こんな大勢の人前で。でも、それ以外に方法は、でも、でも……!
『位置について、用意――』
 もう、迷っている時間はなかった。サイドの選手は指先を台につけて屈もうとしてる。……あたしは覚悟を決めた。小さくやればきっとバレないはず。
 ……ハイグレ。
 両手首をクイッとスナップさせてVの字をなぞる程度の、ごく小さなハイグレポーズ。それだけで、心の不安はすっかりなくなった。
 だけど、ハイグレに感謝している余裕も今はない。すぐさま飛び込みの体勢に移り、そして、
 ――ピッ!
 電子のホイッスルに合わせて、あたしはあたしの戦場へと身を投じた。
 応援してくれた人たちへの感謝を、ストロークに込めて。自分自身に負けない気持ちを、リカバリーに込めて。
 水を掻き分ける。水を蹴る。その繰り返しをして、あたしは進んでいく。
 この先にきっと、あたしが満足できる光景が広がっていると思うから。

   *スイミングスクール編・前編に続く*




今回は「どうやって姉弟がハイグレに出会ったか、そしてのめり込んでいったか」を重点的に書きました
ハルの方がアキよりもハイグレ人間になりたい気持ちは強いわけですので、初っ端からガンガン飛ばしています

ちなみに姉のハルという名前ですが、『~少年』時点では全く考えておりませんでした。そもそもアキだって「オータム=秋」のイメージではなく、アキラとかトシアキなど名前の愛称略称としての「アキ」のつもりであって、だからこそカタカナ表記だったのですが、もう開き直ってオータムにしてしまい、それに対応させる形で姉をハルと名付けました

次回『スイミングスクール編』では、最後にちょっとだけ登場したミズキとハルとの出会いと、スクールでのハルの洗脳活動が中心になってきます。『~少年』とのリンクは更にその次になりそうです
ただし、予定はあくまで予定です。これまでに公開したプロットやコメントの内容から予告なく変更される場合がありますので、鵜呑みにしないようお願いします


しかしリアルで「ハイグレ人間に憧れる女子」っているんですかね? まあ、「いない」と言い切ることが悪魔の証明である限り、日本のどこかにはきっと、と信じていたいですが
多分、スク水フェチとかハイレグフェチくらいなら可能性は高いと思います。だけどハイグレはなぁ。ショタ属性の延長で、どうにかならないかしら
ってな具合で女性の方が読者の中に居るかは判別出来ませんが、話は変わりますが、実はこのブログ、海外からもアクセスがあるんです。しかも結構前から
Google翻訳ってウェブサイトそのものを翻訳することが出来るということを、それで初めて知りました。試しに(センター試験レベルなら8割は読めるので)英語に翻訳してみたところ……うん、まともな訳になるわけないね。参考までに『敬語少女と姉と友達』の英訳リンク
文法以前に「ハイグレッ!」は「Haigure Tsu !」になるし、人物名なんてもうめちゃくちゃです。やっぱり日本語と英語は遙か遠い言葉なんだなと実感しました
ただ、その海外の方は英語ではない言語で翻訳されています。何語なのかは一応伏せますが、日本語に再翻訳してみるとなかなかの精度で驚きました。やるじゃんGoogle
当然無茶苦茶な訳もあるので、100%文脈が通じているわけではないのでしょう。かと言って、機械翻訳を前提に配慮した文を書くことは出来ません。それでも、こんなブログにお越しくださって、ハイグレに興味を持ってくださっていることに、この機会に御礼を述べさせていただきます
 本当にありがとう。あなたにハイグレ魔王様のご加護がありますように。Thank you for reading! And Haigure be with you!
もちろん日本の方々も、これからもよろしくお願いします

と、臭い挨拶をしたところで今日は終わりとなります
次回を書くのが楽しみでならない気持ちはありますが、また遅くなったら申し訳ないです
それではまたー


……エボラウイルスじゃなくてハイグレウイルスなら大歓迎なのになー
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遂に自らハイグレ小説を書くようになってしまいました
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