【リク】小学生だってハイグレ人間だよ! その1

2日ぶりの香取犬です。
……やっぱ自分にはタイトルセンスが絶望的にないんじゃないかと、鬱です。
……あと、メインディッシュの章まで届かなかったので、鬱です。
……そもそも分割することになってしまって、鬱です。

大体、9人も登場人物がいて、それをそれぞれの視点で書こうとしたら、そら時間掛かりますよ。もっとコンパクトにまとめれば分割する羽目にはならなかったのに。でもそしたら書きたいシチュが書けないし、これでも泣く泣く我慢したシチュあるし……はぁ。
なんだかのっけからマイナスの文言ばっかりで読者様のテンションを落とさせてしまい、申し訳ありません。

今回の作品で心がけたのは「キャラクターを可愛く描くこと」です。一人ひとりに出来る限り個性を持たせてみたつもりですので、一人でも気に入っていただければと思います。



小学生だってハイグレ人間だよ! Original by 犬太(>>15)
その1

目次
登場人物
夕日「ごめんね、わたしのせいで……」
碧羽「あお、美味しくないよーっ!」
夕日「わ、すっごいハイレグ……」
陸斗「これ何かの罰ゲームか?」
夕日「みんなとハイグレがしたい」

あとがき
 



登場人物
小学校_a全員集合_スク水
(背景・きまぐれアフター背景素材置場様よりお借りしました。人物・キャラクターなんとか機様を使用)

(通し番号:立ち位置右から)
・篠宮凪沙(しのみや なぎさ)
 3班班長。真面目で仕切りたがり。知恵はよく回り、先生にも一目置かれている。夕日の恋心を知る唯一の人物。
 一人称「ウチ」

・東郷るる(とうごう るる)
 3班。スクール水着を着るのも恥ずかしがる程だが、水泳はとても得意。背丈や胸等、身体の発育がとても良い。
 一人称「私」

・喜多村夕日(きたむら ゆうひ)
 主人公。3班。歳相応の明るさや、冒険心と内気さを併せ持つ少女。陸斗が好きだが、積極的になれずにいる。
 一人称「わたし」

・田中那穂(たなか なほ)
 3班。小柄で短髪ジト目。クールながらちょっと毒舌のいじり役。
 一人称「あたし」

・大瀧碧羽(おおたき あおば)
 3班。子供っぽい言動の、元気な女の子。泳ぎは苦手だがプールは好き。
 友達のことをオリジナルの渾名で呼ぶ((右から)なぎー、るるっぺ、ゆーひん、なほたん、るか、るま、りっく、まーくん)
 一人称「あお」

・須藤晴歌(すどう はるか)
 4班。晴馬の双子の妹。無邪気でお兄ちゃんっ子。無自覚のボケが多い。
 一人称「ボク」

・須藤晴馬(すどう はるま)
 3班。晴歌の双子の兄。晴歌を見守る立場にいた結果、やれやれ系主人公風の性格になった。
 一人称「おれ」

・一条陸斗(いちじょう りくと)
 3班。サッカー部レギュラー。好奇心旺盛で優しい性格。少々口調がフランク。
 一人称「オレ」

・沖浦正樹(おきうら まさき)
 4班。須藤兄妹とは幼馴染。勉強が出来る代わり運動神経は鈍い、落ち着いた男の子。
 一人称「僕」




   【喜多村夕日】

 いつ、スタートの笛が鳴るんだろう。5秒後? 3秒後? ううん、今すぐかも知れない。そう思うと、心臓がドキドキしっぱなしで痛いくらい。
 ちょっと冷たいプールの水が、紺色のスクール水着越しにわたしの肩から下をくすぐっている。でも、そんなのに気を取られてたら出遅れちゃう。ちゃんと前だけ見なきゃ。
「ゆーひん、頑張れー!」
 真後ろの碧羽が弾む声で声援をくれる。こういうときに渾名で呼ばれるとムズムズする感じがするけど、やっぱり負けられないって気にもなる。
「喜多村!」
 その声は、晴馬くんのもの。思わず振り向いて応えたくなる気持ちを、私はチャポンと顔を水面に押し付けることで堪えた。
「……ぷはっ」
 これで頭は冷えたみたい。大丈夫、わたしは行ける。行って、向こうの陸斗くんにバトンタッチしなきゃ。
 陸斗くんはわたしが行くのを待ってる。今も手を振ってくれてる。みんなの……陸斗くんの足は引っ張りたくはない。頑張らきゃ。
 そして、ピーッというホイッスルが鳴り響く。
「行って夕日!」
 凪沙のゴーサインを受けて、水中で小さくジャンプすると同時に体を水平に浮かせ、畳んだ脚で一気に壁を蹴る。ロケットのように尖らせた腕が水を切り分けて気持よく伸びていき、その勢いが消えない内にクロールに移る。
 バタ足と一緒に腕を回す。腕を回す。回す。回す……。
 必死で両腕をぐるぐるしてるのに、どうしてか体は思うように前に進まない。そうこうしていると、右隣のレーンの正樹くんにさえグングンと差を付けられてしまう。
 どうしてなの? 焦れば焦るほど、水が腕に絡みついてわたしの邪魔をする。どいてよ……道を開けてよ! じゃないと、負けちゃう……!
 頭が真っ白になっても、わたしは無我夢中で水を掻き続けた。どれくらい経ったかも、どれくらい進んだかも分からない。ただ、真っ直ぐ。
「――よく頑張ったな」
 そんな声が聞こえた直後、対岸の壁の感触が指先に伝わって、ザパンという横波に体を揺らされた。それが意味していたのは、25メートルのプールを何とか泳ぎ切ったということと、
「陸斗くん……が、頑張って!」
 第二泳者、陸斗くんが飛び出して行ったということ。鼓動バクバク息も切れ切れのわたしの声が届いていたかは、確かめようがない。けど今陸斗くんが、全力で他の3チームを追い上げようとしていることだけは、間違いなかった。そう、結局のところわたしのチームは初っ端から大きなハンデを背負ってしまったのだ。
 プールから上がって謝ろう。そう思って縁に手を掛けたけれど、どうしても体に力が入らなかった。そんなわたしに、チームメイトのるると那穂が手を差し伸べてくれた。
「夕日ちゃん、掴んで」
「う、うん」
 右手でるるの手を、左手で那穂の手を取ると、二人は「せーの」とタイミングを合わせて引き上げてくれた。
 浜辺に打ち上げられたイルカのように横たわりながら、わたしは二人に謝る。
「ごめんね、わたしのせいで……」
 いくらメンバーに水泳の大得意なるるがいるからって、きっと逆転は無理だ。ああもう、何で今日のリレーはクロール限定なの? 平泳ぎならわたしだってまともな勝負ができたのに……。
「せい、なんて言わないで。夕日ちゃんは最後まで泳いだんだよ。それに、まだ負けたわけじゃないもん」
 東郷るるは、クラスの女子で一番大きな身体を体育座りでギュッと縮こめながら微笑んだ。もっと堂々としてればいいのに、ってわたしは思う。だってほとんどの男子よりも水泳が速いし、身体も大きいし、髪の毛も綺麗だし、それに、その……お胸もおっきいし。なのに水着姿ですら恥ずかしがっちゃって、プールサイドではいつもこう。それはそれで可愛いけど、ちょっともったいないような。
「グッジョブ、夕日」
 対岸で陸斗くんと碧羽がバトンタッチしたのを確認して、第四泳者の田中那穂はプールに肩まで浸かった。こちらに立てた親指と、眠そうな薄い目を向けてくるけれど、那穂の場合目は普段からこうだ。それと少し小柄で、短いくせっ毛が特徴かな。大人しい感じの喋り方のくせに、言うことは結構きつかったり鋭かったり。だからこうして褒めてくれるのは珍しくって、それだけで嬉しかった。
 何にせよ、わたしの出番はもう終わった。後は残りのみんながバトンを繋いでいくのを、ここから見守るしかない。
 ということで今こちらへやって来ている碧羽の様子を見ると……さっきのわたしって、あんな感じだったのかなって思った。
 前方と後方に必要以上に白い水しぶきが立っていて、両隣のレーンにまで届いている。見方によっては溺れているようにも感じる泳ぎは、犬かきではないけれどクロールとも呼べないようなものだった。待機しているクラスメートだけじゃなくサイドにいる競泳水着姿の松山先生も、碧羽のことをハラハラしながら目で追っている。碧羽は他のスポーツなら出来るのに、どうしてか水泳だけは全然ダメなんだ。
 碧羽がやっとこちら側に辿り着いた頃には、もう他のチームとは一人分の差になってしまっていた。つまりここから那穂が飛び出していくのと、他の第五泳者が向こうからスタートするのが同時ってこと。
「な、なほたんパスっ」
「――うん」
 そして那穂が蹴伸び。碧羽はヒイヒイ言いながら自ら水から上がって、やっぱりさっきのわたしと同じように寝転んだ。
「碧羽、大丈夫?」
「お、おぅ、ゆーひん……会うの、何年振りだっけ……?」
「二分弱振りかな」
 どうやら時間感覚が疲れのせいで狂っちゃったらしい。いや、この子はもともとそんな感じかも知れないけど。
 大瀧碧羽の印象は、お調子者で脳天気。どんなことにも怖がらないで挑戦して、失敗してもへこたれない。そういうところは、わたしも見習いたいって思ってる。泳ぐのはこの通り苦手だけど、プール自体は好きみたい。それと友達のことを、名前をもじった渾名で呼ぶ。例えばわたしのことは「ゆーひん」。略すなら「ゆう」って略せばいいのにわざわざ「ん」を付けるとか、そこら辺の基準とかセンスは正直よく分からないけど。
「……じゃ、じゃあ、行ってくるね」
 必要以上にオドオドキョロキョロしながら、るるは立ち上がる。わざわざ胸を隠したりするせいで、逆に目立っちゃってることに気付かないのかな。でも、今そんなことを突っ込んだら泳ぎにも支障が出そうだから伝えないでおこう。
「頑張ってね、るる」
「あお達の仇、取ってくれー」
 役に立てなかった組のわたしたちが応援するのも悪い気がするけど、とにかくこうするしかない。
 だって、この4班の中でビリになったチームは、この後プールと屋上の掃除をしなきゃいけないんだもの。……まあそれが終わったらプールで遊んでいいって言われたけど、そんなご褒美があっても掃除なんて誰もやりたがらない。でも、わたしたちのメンバーと種目では初めから一位どころか三位も怪しかった。少しでもビリを回避するために凪沙が順番を考えてはくれたものの、結果はレース中盤の今でほぼ決まっていた。
 その凪沙が、那穂の次に泳ぎ出す。わたしと碧羽が作っちゃった借金をこれからみんなで返す、それが凪沙の作戦。うまくいきますように――わたしは心のなかで強く祈る。
「るるっぺ! なぎーが来るよっ!」
 碧羽が声を張り上げて報せた。るるは振り返り、
「あ、ありがと。……あの、私が泳いでるところ、その――」
「分かってるよ。見ないから頑張って」
 わたしの返事に頷いて前を向いた瞬間、凪沙が壁にタッチした。するとるるは、これまでの怯えた様子とは似ても似つかないキレのある泳ぎで、一気にプールを進んでいった。
 恥ずかしがり屋のるるは水着だけじゃなく、自分が泳いでいる姿も、見られていることを意識すると全力が出せないらしい。だから公式の水泳大会にもほとんど出ないし、たまに出ても結果は良くない。けど、例えウソでも「見てない」と言ってあげれば、
「るる、やっぱりすごいよね」
 足跡をペタペタと濡らしながらわたしと碧羽の後ろに腰を下ろした凪沙が、ふう、と一息ついた。「見てて、ここから追い上げるよ」
「凪沙、お疲れ様」
 わたしは凪沙を労った。
 篠宮凪沙は、わたしたち3班の班長。良く言えば真面目でリーダーシップがあって、とっても頼れる友達。でも、悪く言えば仕切りたがりで気が強くて、頑固で自分の意見を曲げようとしない。そのせいで嫌ってる男子も多いみたいだけど、わたしは凪沙にいいところがあることも知ってる。
 凪沙がわたしを手招きするので碧羽と場所を変わってもらうと、いたずらっ子のように笑ってこんなことを耳打ちしてきた。
「ねぇ。一条くん、何か言ってくれた?」
「いっ!? あ、えとっ……!」
 まさか今聞かれるなんて思ってもいなかったせいで、頬がみるみる火照っていく。それを隠すように俯いて、わたしは他の誰にも聞かれないように喉を絞って答える。
「……よ、『よく頑張ったな』、って……」
「そっかぁ、うんうんっ」
 凪沙が満足気にしているのとは逆に、わたしは顔から煙が上がりそうなくらいの気持ちだった。い、今すぐプールに入りたい……。
 一条陸斗くんは、わたしの次に泳いでいった男子。サッカー部のレギュラーで、ツンツンの短髪で、碧羽に負けないくらい元気で、笑顔が素敵で、そして――わたしの好きなひと。
 そのことを知ってるのは凪沙だけ。なんだけどその凪沙は、何かにつけてわたしと陸斗くんを近づけようとしてくる。この泳ぐ順もそう。たぶん凪沙は本気半分、からかい半分でやってるんだろうけど、陸斗くんに話しかける勇気が出ないでいるわたしにとっては、余計なお節介でも何でもなくありがたいことだった。
 わたしがさっきの場面を思い出してわたわたしている内に、競争はるるのお陰で波乱が起こっていた。碧羽の声援のボリュームが上がったことで、それに気付いた。
 他の三班は、自分たちの四位だけはないと油断していた。その隙にるるは付け入り、この25メートルの間だけで三位との差をぐんと縮めたのだ。隣の4班と僅か2秒差でアンカーの晴馬くんがスタートする。これはもしかすると、もしかするかも! わたしたち三人のテンションも上がっていく。
「頑張って晴馬くん!」
「いいぞぉ! るまーっ!」
「もう少しよ!」
「いっけーっ! お兄ちゃーん!」
 ……ん? 何か今、4班の方から応援が混ざってきたような。
 見ると、わたしたちと同じくらいに興奮した晴歌と、困惑する正樹くんがいた。
「あのさ晴歌。晴馬に4班が抜かれたら、僕らがプール掃除することになるよ?」
「――ハッ、そっか! じゃあ潔く負けろお兄ちゃん!」
「いやそれもどうかな……」
 須藤晴馬くんと晴歌の二人は双子の兄妹。二卵性のはずだけど顔だちはよく似ていて、ほくろの左右の位置や晴歌の小さな二つ結びで見分けるぐらいしか方法はない。まあ、性格は全然違うけど。晴歌は明るくお兄ちゃん子で、晴馬くんがそれに呆れながらもなんだかんだで相手しているところを、よく見かける。
 そして晴歌のもう一人のストッパーが、沖浦正樹くん。落ち着いた性格で、普段はメガネを掛けていて勉強が得意だけど、運動は不得意。で、この三人は幼馴染で小さい頃から一緒に遊んでたって聞いたことがある。
 現在三位の4班と、晴馬くんとの差はほとんどない。既に一位と二位は決まってしまったので、文字通りこれが最後の決戦だった。
 クラスの半数が固唾を呑んで見守ったデッドヒートの行方は――


   【大瀧碧羽】

「悪いなみんな、おれが負けたばっかりに……」
 プールの授業のすぐ後、結局掃除を任されたあお達。風邪を引かないようにタオルで身体は拭いたけど、今も水着のまんまだ。みんなが先に帰っていく中、るまはがっくり肩を落としてた。でも3班が負けたのは、るまのせいじゃない。
「みんな! 責めるならあおを責めて! 煮るなり焼くなり好きにしろぉっ!」
 あおは、るまを隠すように大の字になった。だってあおがあと一秒でも早く泳げたなら、こんなことにはならなかったんだし。こうなった責任は、一番遅かったあおにあると思ったから。
 でも意外なことに、誰も火起こしの準備なんて始めなかった。代わりに慌ててゆーひんとるるっぺが言う。
「碧羽、それを言うならわたしだっておんなじだよ」
「みんながみんなちょっとだけ足りなかったの。だから、誰も悪くないし、誰も責めないよ」
 それに、他の全員が頷いた。
「み、みんな……!」
 良かったぁ。あお、死ななくていいんだ。
 安心して、はぁ、って溜め息を吐き出したとき、なほたんが冷たい目でこっちを見て、
「どうせ碧羽を焼いても食べるとこ少なそうだしね」
「あ、あ、あ、あお、美味しくないよーっ!」
 一瞬本気で食べられちゃうことを覚悟して、あおはその場にしゃがみ込んだ。それがいつものなほたんの冗談だって気付いたのは、みんなの笑い声が聞こえてからだった。
「ともかく、掃除はどうする? オレ、クラブがあるから早く帰りたいんだけど」
「陸斗はサッカーか、大変だな」
「まーな。でも、練習も結構楽しいんだぜ」
 りっくとるまが男子トークを始めるけれど、それを聞いていたなぎーは少しずつイライラしていった。
「早くしたいんでしょあんた達! 場所とかウチが決めるからね! それでいいでしょ!?」
 するとるまはムッとした顔で、
「あーはいはい、どうぞご勝手に」
 全く、この二人はいつもこれなんだから。お互いになんか気に入らないことがあるんだろうな。あおにはよく分かんないけど。
 目尻を釣り上げたなぎーは、一人ひとりを指さしながら掃除の場所分担を発表してく。
「じゃあ、ウチと碧羽と須藤くんはプールサイド、るると那穂は体操場、夕日と一条くんはそれぞれ更衣室ね。はい動いてー。隅々までしっかり掃除するのよー」
 そしてパンパンとまるでママのするように手を打ち鳴らす。
 あおは、なぎーとるまと、ここの掃除かぁ。地面濡れてるし、ビート板片付けもあるから大変だなぁ。そう思うとつい文句が出ちゃう。
「体操場が良かったぁ」
 この屋上は、階段を上がってくるとトランプのクラブのマークみたいに三方向に分かれてる。正面がこのプールで、左が更衣室。それで右側の、準備体操をするところだから適当に体操場って呼んでるところは一面コンクリートタイルになっていて、真夏に裸足だと火傷するくらい熱いんだ。けど、今日は日差しも強くないからその心配はない。結構広いけどゴミもほとんどないし、分担されるなら一番楽チンなところだったのに。
「ほら大瀧、篠宮が怒るからすぐ掃除するぞ」
「でもー」
「掃除が終わったらプールで遊んでいいんだからな」
「よしやろう!」
 あお、泳ぐのは苦手だけどプールそのものは好きだから、そういうこと言われちゃうとやる気いっぱいになるんだよねっ。
 あれ? なぎーがゆーひんとコソコソ話をしてる。そういえばさっきもしてたっけ。変なの。
 それが済むと、ゆーひんとりっく、るるっぺとなほたんも言われた通りのところへ行ったみたい。プールサイドには、あおとるまとなぎーだけが残ってた。
 何だかなぎーの視線が厳しい感じがするけど、とにかく頑張って早く掃除終わらそっと。


   【喜多村夕日】

『二人で一緒に掃除しよう、って言いなよ?』
 って言って凪沙はウインクをくれた。でも、
「そんなこと出来ないよぉ……」
 わたしは一人、女子更衣室の中でほうきを持ちながら独りごちた。
 要するに凪沙は、わたしにまた陸斗くんと一緒になるチャンスをくれたのだ。確かに提案の通りにすれば陸斗くんの隣で掃除が出来たかもしれない。けど、それを伝えるのにも勇気が要るし、そもそも着替え中じゃないとはいえお互いに異性の更衣室に入るなんてちょっと気が引ける。少なくともわたしは引ける。
 ヘタレなわたしはこうして掃除してるくらいがちょうどいいんだ。はぁ……。
 適当にゴミを集めたあと、ロッカーの中の忘れ物をそれ用のカゴに移し替えていく。順番にロッカーを開いていくと、ハンカチやゴーグルなんかがいくつか見つかった。ちなみにわたしたち3班女子の着替えはそのままにしておく。
 そして、その流れで窓際の扉を開いたとき、わたしは予想だにしない忘れ物に遭遇した。
「箱……?」
 大きさはランドセルより一回り小さいくらいかな。見た目はまるで浦島太郎の玉手箱のように赤くてテカテカで、上面で紐が結われてる。それほど重くないけれど、振ってみるとカタカタと音が鳴った。
 このままカゴに放り込むこともできる。でも結局、中身が気になる方が勝ってしまった。もしかしたら中に持ち主の名前が書いてある物が入ってるかもしれないもんね。うん。
 あんまり良いことじゃないと思うからこそ、ワクワクしてしまいながら紐を解く。妖しげな仮面の絵が描かれた蓋を両手で取り外すと、箱の中身がわたしの前に表れた。
「う――うわっ!?」
 その形を見てわたしは思わず飛び退いてしまった。だって、そこにあったのは、互い違いに仕舞われた二丁のピストルだったんだから。
 少し経っても何も起きなかったから、恐る恐る近づいてもう一度眺めてみると、ピストルは映画で見るような真っ黒で危ないものじゃなく、100円ショップで売っているようなおもちゃの銃のように見えた。
「へ、変なの……」
 丁寧にピンクの布が敷かれた箱からそれを取り出して、座り込んで観察してみる。銃身は丸く膨らんでいて、弾が出るはずの先っぽは赤っぽい球になっている。流石に引き金に指を掛けるのは怖くてしなかったけど、とにかくこれは本物のピストルじゃないと判断しても良さそうだった。
 もう一つも同じかと確認しようとしたとき、わたしは箱の中の布だと思ったものがただの敷き布とは違うことに気付いた。ピストルを取り出そうとした指が擦れたときの感触が、わたしもよく知っている生地のものに思えたからだ。そうそれは、今わたしが着ている水着の触り心地に近かった。でも、これよりももっとつるつるで、すべすべで……ああもう、とにかく手にとってみよう。
 ピンクの布を両手で持って一度バサッと振る。そうして、やっとその正体が分かった。
「わ、すっごいハイレグ……」
 正面から眺めているだけで恥ずかしくなるような急角度の、女性用の水着だった。サイズはちょっと小さめだけど、縦にも横にもよく伸びるからわたしでも着れそう。……って、いや、あの、別に着たいって思ってるわけじゃ……!
 浮かんできた変な考えを首を振ってかき消して、一旦ハイレグ水着を側に置く。箱にはまだ違う色の布が見える。確かめてみないと。
 ということで箱を空っぽにしてはみたものの、どうしてこんなものがここにあるのか、ますます訳が分からなくなっただけだった。後から出てきたのは青と赤と黄緑の色をした、全く同じデザインの水着が全部で三着、それだけ。
 クラスの女子の誰かの忘れ物? 空中に顔を並べても、誰も心当たりはなかった。強いて言うなら、るるのスイミングスクール用水着かもしれないけど、まさかあの恥ずかしがり屋さんがこんなの着るはずがない。派手な玉手箱に四着の水着とおもちゃの銃二つなんて、そもそもどんな人なら必要としてるの? わたしには全く分からなかった。
 で、結局どうしよう。ロッカーに戻す? 忘れ物カゴ行き? みんなに報告? それとも職員室に届ける? 考えがちゃんとまとまらない。このままじゃ陸斗くんの掃除が終わっちゃう。何とかしなきゃ。
 とりあえずわたしは元あった通りの姿に戻しておくことに決める。水着を出した逆順に仕舞っていって、一番上に最初のピンクを重ねるため畳もうとしたその瞬間。
「っ!」
 ドクン。身体の奥深くで、何かが強く動いた。
 肩紐を両手で摘んで掲げた状態のまま、わたしは硬直する。さっきハイレグを初めて見たときと似た、だけどもっと大きな衝撃。
 ……何でだろう。わたし今、恥ずかしいハイレグを魅力的に感じてる。キツキツそうな水着を、着てみたいと思ってる。これを着たわたしの姿を、想像してる。
「あ、あぅ……っ」
 やっぱ恥ずかしい……。こんなの、頭の中だけでも充分すぎるくらい刺激的だ。ダメだよ、やっぱり着れない。でも……着たいかも。
 ちょっとだけなら、大丈夫だよね? 持ち主にはバレないように綺麗に畳んで戻せばいいし、まさか着てるタイミングで誰かが覗きに来るなんてこともないはず、だよね?
 そう自分に言い聞かせて、唾を飲み込む。大丈夫。大丈夫だから。
 ハイレグを手放して立ち上がり、半乾きのスクール水着の肩紐を片方ずつ外す。周りに誰もいないから、タオルで身体を隠す必要もない。そのまま水着をするすると巻くようにしながら下ろしていき、最後はパンツを脱ぐのと同じようにした。曇り窓の隙間から風が吹き込んで、ちょっと心地よかった。
 スクール水着は自分の着替え袋の中に入れて、軽くタオルで身体を拭く。そうしてからわたしは、再びハイレグと向き合った。
 なんだかすごく緊張する。女の人用の水着なんだからドキドキするのも変な話なのは分かってても、股のところを見ちゃうとどうしても……。
 ダメダメ、躊躇ってばっかりじゃ始まらない! よし着よう、そうしよう!
 ピンクのハイレグの肩紐を左右に開き、そこに足をゆっくり通していく。産毛が水着に逆撫でされていく感覚がとってもくすぐったくて、笑い声が出ちゃいそうになるのをグッと我慢した。
「ん……っ」
 だけど、水着を腰まで引き上げたとき、我慢が限界を超えてしまった。ハイレグのサイズが小さく見えたからキツいのは分かっていたけど、まさかこれほどなんて。パンツや他の水着では感じたことのない窮屈さが、わたしの下腹部の前と後ろだけをギュッと締め付けてくる。見下ろすと、裸でいるのと全く同じ身体の形が水着の上に浮かび上がっていた。これじゃあ誰かに見せるなんて無理……!
 もう一つ見て気付いたのは、股の間から始まっておへその両脇、あばら骨の少し下までを結ぶラインに、見事な急角度のV字が出来上がっていること。これがハイレグ。わたしが生まれるよりもずっと昔に流行ってたって話は聞いていたけれど、自分が着ることになるなんて思ってもいなかった。名前の通り、本当に足が長くなったような気がする。代わりに、すっごく大胆なデザインなんだけど。
 そして、上半身の装着に取り掛かる。生地の余りは少なかったけれど、ストッキングのように伸びるお陰でちゃんと着れそう。でも、伸びる分だけ縮まり方もすごいということは、下半身の時点で分かっていた。だっておへその窪みまでバッチリだもの。躊躇いを押し殺して、最近になってほんの少しだけ膨らんできた胸を半分隠すくらいまで持ってきた。同時にお腹と背中も水着にピタッと圧迫されてしまう。
 後は肩紐に腕を通すだけ。右手を器用に潜らせて左手で捻れや位置を調節すると、鎖骨と交差するピンクの紐がピンと張り、右側のハイレグ度を更に高める。
 このときにはもう、わたしの息は心臓と同じように浅く素早くなっていた。ああ、こんな不完全な姿じゃなく、早くハイレグを着たいよ……。
 生地を張って、腕を通すだけの余裕を作る。そして左肩に紐を合わせて、右手を離した。
 ――その瞬間に、わたしの体中を電流が駆け巡った!
「んぅぁぁっ!」
 水着と接しているところ全部がギュウギュウに締め付けられて、嫌でも自分がハイレグを着てるってことを意識させられる。同じ水着なのに、スクール水着なんかとは全然違う着心地。すっごく恥ずかしいのに、その恥ずかしささえも、
「……きもち、いい……っ!」
 不思議なのはこれほどのキツさなのに開放感があって、それでいて包まれている安心感もある、ってこと。裸でいるときよりも、洋服を着ているときよりも、わたしがここにいるって感じがする。
 ハイレグを着ると、わたしがわたしでいられる。今までのわたしはわたしじゃなかった。ハイレグを着た瞬間、目覚めた気がする。生まれ変われた気がする。……そう思ってしまうくらいに、このハイレグ水着は衝撃的だった。
 ほんのちょっと身体を動かすだけで、水着が擦れてムズムズする。声を出しちゃいけないと思う分、くすぐったさや気持ちよさを堪えようとして余計に意識しちゃう。どうしよう。こんなのずっと着てたら頭がおかしくなっちゃいそう。
 お尻やおへそ周りや背中なんかをぺたぺたと触って、自分の姿を確かめながら悶えていると、更衣室の片隅に置いてあった全身鏡に自分が映っていることに気が付いた。口を抑えて近づいて、覗きこんでみる。するとそこには、変態みたいな格好をして頬を真っ赤にした、わたしがいた。でも、何かが違う。
「わたし、こんな子だったっけ……?」
 わたしの知ってる喜多村夕日は、普通に普通の小学生で、こんな変な水着に興味を持つ子じゃなくて、ましてや恥ずかしい格好をしてにやにや笑う子じゃなかった。
 本当にわたしはわたしじゃなくなっちゃったのかな? ……けど、それでも良いと思った。この感覚を知ることが出来るなら、何になったっていいもん。それを確かめるように、
「うん。ハイレグ、最高っ」
 どうしてだろう。ハイレグ、と呟くだけでうっとりしちゃう。まるで呪文みたいなそれを、わたしは延々と繰り返す。
「ハイレグ……ハイレグ……ハイ、レグ……ハイ、グレ……」
 自分でもぼーっとして何を言っているか分からなくなってくる。そんな中で一つだけ大きな心配事があった。それは、この後どうするかってこと。
 きっとみんなもそろそろ掃除は終わりかけているはず。とすると、わたしだけここに残っていたら変に思われちゃう。もう一度スクール水着に着替えて出て行けばいい話だけど、そのためにはハイレグを脱がなきゃいけない。そんなことはもう恐ろしくて寂しくて、考えられなかった。じゃあこの上にスクール水着を着る? ううん、何かの拍子にバレたら大変だ。みんなに知られたら、これから恥ずかしくて顔も合わせられないよ……。
 こうなったら辛いけどハイレグを脱ぐしかない。ため息を吐き、肩紐を外し掛けたところで手が止まる。同時に、目が足元の箱に留まる。正確には、箱の中の余りのハイレグ水着に。
 ――頭の中で何かが弾けた。ひらめきと同時にわたしの耳に飛び込んできたのは、
「く、き、喜多村っ! 掃除終わったかー?」


   【一条陸斗】

 更衣室の掃除なんて適当でいいんだよ、なんて思いながらも、結局オレはしっかり掃除しちまった。まあ、どうせオレだけ早く終わったところで先には帰れないからいいんだけどさ。
 隣の喜多村はもう終わってるかな。呼びに行ってみるか。
 ……喜多村夕日、か。オレはほうきを片付けながらふと、あいつのことを考えた。
 偶然だとは思うけど、最近何かと一緒になるんだよな。掃除もそうだし、さっきのリレーでも前後だったし、あとは席替えでこの班になったこともそうか。時々サッカーの試合を観に来てることもあったっけ。
 関わる回数が増えると、それだけ相手のことが分かるようになる。サッカーでもチームメイトと仲良くするのは大事なことだ。喜多村は、女の子っぽい女の子って印象だ。仕草や口調もそうだし、目がクリっとしてて、その……可愛いと思う。それに、クロールは苦手って言ってたくせに必死に頑張るいい奴。喜多村の頑張る姿を見たり、喜多村に応援されたりすると、オレも負けられないって気になる。
 ……ってオレは何考えてんだ!? これじゃまるでオレが喜多村のこと、す、好きみたいじゃねえか! もし誰かに少しでも怪しまれたら絶対バカにされるな……。
 深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ふぅ。
 さあ、ちょっと掃除の様子を見に行くか。もし終わってないなら手伝ってやらなきゃ。
 女子更衣室の前に立つと、覗き穴なんかなくとも何だかちょっと悪いことをしているような気になる。いや、まさか今中で喜多村や誰かが着替えてるなんてこと、あるわけないあるわけない。オレはただ単に喜多村の手伝いをしに来ただけなんだから。
「く、き、喜多村っ! 掃除終わったかー?」
 やべ、名前噛んじまった。何やってんだ、オレのバカ!
 返事は、少し遅れてやって来た。
「り、陸斗くん!? えっとその……中! 中入ってきて!」
 それはオレよりも慌てた口調だった。本当に着替えてたんかな。だとしたら入ってきてなんて言うはずないし……分からねぇ。
「えっと、入っていいのか?」
「うん! 大丈夫だから!」
 トラブルでもあって掃除が長引いてたんだろうか。まあ入ってみれば分かるか。
 ということでオレは許可を得て、男子禁制の扉を開けた。更衣室独特の埃っぽさと塩素の匂いに混じって、女の子の匂いが鼻をくすぐる。それに少しドキっとしたオレだったが、直後にもっと大きなドッキリを味わうことになった。
「喜多村、な、なんだその格好!?」
 喜多村は目の前に立っていた。ただし紺色のスクール水着ではなく、見たこともないような切れ込みの激しい、ピンク色の水着姿で。頬を染めて伏し目がちにこちらを見ていて、こんなに長かったのかと思う足は軽く内股で、休めの姿勢のように両手は後ろに隠れている。……っつーか色々形が見えちゃってるんだけど!? オレは視線を合わせるのが恥ずかしくてウロウロと泳がせたけど、結局は喜多村に吸い込まれてしまう。なんて言うか、喜多村が喜多村じゃないようだった。でもそれは間違いなく同級生の喜多村夕日。こいつがこんなに可愛い女の子に見えたのは、初めてだったけど。
 その、水着姿の喜多村が口を開く。
「陸斗くん、あのね、驚いた?」
「驚いたって……そりゃ、まあ……」
 正確には驚いただけじゃなく、見惚れた。恥じらう喜多村が可愛くて。その喜多村を引き立てる水着が魅力的で。
 喜多村は一歩近づいて、小首を傾げて訊ねる。オレの顔を覗きこんでくるような上目遣いがとても愛らしかった。
「今のわたしのこと、どう思う?」
 う。どこまで答えていいんだろう。喜多村が何を思って聞いているのかも分からない以上、とりあえず嘘じゃない程度に返しておこう。
「……すごく似合ってると思うぞ。それ」
 すると喜多村は目を瞠り、それから緊張がふにゃっと解けたかのように微笑んだ。
「ありがと。そう言ってくれて、嬉しい……よ」
「お、おう」
 そこまでストレートに言われると、こっちまでこっ恥ずかしくなってしまって頭を掻く。
 目を逸らしたオレを引き戻すように、喜多村は「ねぇ」と呼んだ。
「陸斗くんに一つ、お願いがあるの」
 オレは頷く。掃除途中のお願いなんて掃除の手伝いに決まってる、と頭では判断してるけど、この異様な雰囲気がそうじゃないと言っているようだった。
 そして喜多村は、後ろ手に隠していたものをオレに突き出して、
「これっ! 陸斗くんも着てくれない――かな?」
 なんて頼んできた。オレは自分の目を疑った。だってそれは、どう見ても喜多村が着ているのと同じ、女性用水着だったから。
 色は黄緑。一周回って下品にさえ見える切れ込みの激しさは、目の前で喜多村が実証している。サイズだって、喜多村より身体の大きなオレが着れるとは思えない。一体喜多村はどうしちゃったんだ?
 困惑して声も出ないオレに、喜多村は水着を押し付けてきた。
「最初はびっくりするかもだけど、着てみたら分かるから!」
 オレは受け取るまいと、何とか拒否の言葉を並べる。
「って言ってもこれ女もんだろ? それに、小さくて――」
 しかし喜多村も負けじと反論してくる。
「じゃあ試してみようよ。男が女の人の服、着ちゃいけない法律はないし」
「オレがこんなの着たってことを皆にバラす気――」
「そんなつもりない。陸斗くんが秘密にしたいって言ったら、わたしは絶対に誰にも話さない」
「なあ喜多村、これ何かの罰ゲームか? 無理にやらされてるなら、オレが着たことにしていいから――」
「ううん。わたしが、陸斗くんに着てほしいって思ってるの」
「そんな格好でそんなこと言ってて、恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいよ。でもわたし、どうしても陸斗くんにも知ってほしい。ハイレグの良さを」
「もしここまで聞いてオレが断って皆に話したら、お前、大変なことに――」
「陸斗くんは断らない。わたし、知ってるよ」
 沈黙。最早オレに言い返す弾も気力も残っていなかった。
 なんだよそれ。オレは断らない? どうしてそこまでオレを信用してるんだ? 普通男なら、いや女でもこんなの速攻で断るだろ。喜多村はその、ハイレグってのを着ておかしくなっちまったんじゃねえのか。
 でも正直言って、興味はあった。あの喜多村をここまでさせる力を持つ、ハイレグに。
 そもそも最近、オレは自分がちょっと変なんじゃないか、って思うことが増えていた。なんつーか、今まで普通に友達だった女子たちが、急に……可愛いとか、キレイとか、そう言う風に見えるようになっていた。テレビで見るモデルとかの身体に、目がスッと向いてしまうことがあった。それだけじゃない。女の声、女の服、女の匂い、女のリコーダー、女の座ったイス……「女」に関わるものなら何でも、魅力的に思えて仕方ないんだ。自分のことのくせに、訳が分からないしどうしようもない。
 だから女の水着も例外じゃない。もしここに誰もいなければ、好奇心に任せてそれをいじくった上でオレも着ていたかもしれない。
 喜多村は「誰にも話さない」って言った。なら、オレがこれを着てもそれを知ってるのは喜多村だけになる。オレと喜多村、二人だけの秘密。
 ゴクリと喉を鳴らす。指が僅かに水着に向かう。視線がぶつかる。
「お願い……一緒に、着よ?」
 その言葉に、オレは遂に負けた。喜多村の決意に満ちた瞳を、悲しませたくないと思ってしまった。
「ど、どうしてもって、言うなら……仕方ねぇ」
 さも本当は嫌がっているかのようにしながら、黄緑のハイレグを受け取る。
 結果的に喜多村の思い通りになってしまったことが、少し悔しい。確かにオレは頼み事をされると断れない性格だけど、流石に今日はそのことを呪った。
 呪いはするけど、やっぱり心のどこかに「これを着てみたい」という気持ちがあったことは確かだ。じゃなきゃ、いくらなんでもこんなムチャクチャなことにはなってない。
 ……さて、色々と自分に言い訳をして心の準備を整えた所で、現実に戻ろう。オレの手には女性用ハイレグ。目の前には期待にウズウズしてる喜多村。背後の扉の鍵は開いたままだけど、今更退くに退けない。オレに与えられた道は、やっぱり喜多村の前でお揃いのハイレグ姿になることだけだ。
 オレは海パンに手を掛ける。が、こちらを向いている喜多村の視線に気付いて、慌てて180度回った。
「わ、悪ぃっ!」
「う、ううん、こっちこそ、そんなつもりじゃなくって……!」
 喜多村も上ずった声で謝った。首を回してそろりと確認すると、既に喜多村もオレに背後を――肩甲骨や背骨による起伏のある白い肌の背中が、Uバックの間から顕わになっている。その上、布地の面積が狭いせいで喜多村の小さく丸いお尻も半分見えているが、水着が肉を引き上げるお陰かとても引き締まっているようだった――向けていた。
 オレも、こんなのを着るんだな。異性の水着にオレは心臓をバクバク鳴らしつつ、トランクス型の水着を脱いだ。
 今扉を開けられたらヤバい。さっさと隠さなきゃ。……でも、こっちの水着姿を見られる方がもっとヤバいよなぁ。
 いやいや、もう引き返しはしない。もしものときのことは、なってから考えよう。
 オレは初めて着るワンピース水着に手間取りながらも、何とか足を通した。そして黄緑色が、オレの股間を包んだ。その瞬間、
「ぅあ……」
 な、なんだこの感じたことのない密着感は!? 三角形が、前後からギュウギュウに押し付けてくる。パツパツに伸びた生地がクッキリとそこにあるモノの形になってしまっている。これ、喜多村に見せたら犯罪とかにならねぇよな……?
 一頻り心配になりながらも、装着を続ける。胸の下まで生地を引き上げる頃には既にハイレグになっていた脚は、全裸よりも動きやすく解放感があった。
 水着の上部はタンクトップと形は変わらない。でも、タンクトップを下から着た経験なんてないので、紐に腕を通すという動作にひどく戸惑った。時間を掛けてようやく両肩に紐をかけ終わったとき、オレの中に浮かんできたのは、
「はぁ……んはっ……! ――あはははっ!」
 他の何にも例えられない、幸福感だった。心の底から突き上げてくる笑いの衝動を、抑えることが出来なかった。
「すげぇ、何だこれ! 気持ちよすぎる……っ!」
 スベスベとして伸縮性のある水着に締め付けられた部分は、擦れると同時にくすぐったさを超えた快感をオレに味わわせる。身動ぎする度に意識がブッ飛びそうになるくらいの快感が襲ってくるが、そのリスクを冒してでもハイレグの感覚を極限まで味わっていたい、そう思った。
 オレは腕組みをするような体勢で自分を抱きしめ、手に、腕に、胸にハイレグの肌触りを染み込ませる。気持ちよさに無意識に身体がピクついてしまうと、そのせいで更なる快感が来て、また動いてしまって、その連鎖が続いていく。でも、止まって欲しいとも思わなかった。それくらい、この気持ちよさに浸かっていたかった。
「でしょ? 陸斗くんも分かってくれるよねっ?」
 こちらの様子に気づいてくるりと振り返った喜多村が笑顔で言った。オレは変な声が出そうになるのを堪えて返す。
「もちろん、最高の気分……だ」
 喜多村は、自分の感覚が変じゃないと分かったための安堵か、または秘密を共有する仲間を見つけた喜びか、あるいはオレの分からない何かのために、にっこり微笑んだ。その嬉しそうな表情はまるで、手を伸ばせば届きそうなほど大きく、目を眇めれば見つめられる程に優しく輝く、
「夕日――」
 瞬間、喜多村はピシリと固まった。すぐにオレは自分のしたことに気付く。思わず口走ったそれは、一度だって呼んだこともない喜多村の名前そのものだったのだから。喜多村の顔面が一気に赤く染まる。
 怒らせてしまった。手遅れにならない内に謝る覚悟を決めたオレだったが、しかし喜多村の様子がおかしく、不思議に思った。
「あっ、わたっ、あぅ……陸斗くん、そのぅ、じゃなくて、今の――ひゃんっ!?」
 頬を両手で隠して、俯いて、もじもじして……一度オレを見て、顔を背けて、否定するように手を振って、一歩退いてバランスを崩して――尻餅をついて痛がって、だけど快感に悶えるように目を見開いたのだ。
「おい大丈夫か喜多村っ!?」
 オレは慌てて駆け寄って手を差し伸べた。それだけ動いただけでハイレグが擦れて気持ちよかったのは、心の中で留めておく。
 喜多村は目を逸しながらその手を取る。「せーの」と身体を後ろに倒して立ち上がらせてやったのに、イジケたようにプイとそっぽを向いたままだった。
 その態度に少しだけムッとしたオレだったが、次の喜多村の発言で全てがひっくり返った。
「夕日、って呼んでくれなきゃヤだよ……」
 眉をハの字にし、時々何かを求めるようにチラチラとこちらを見やる喜多村。その照れた様子がもう、無性に可愛らしくて仕方がなかった。
 オレが喜多村を、というか女子を名字で呼ぶのに、特に意味があるわけじゃない。そうしている男子が多いから、同じようにしているだけ。喜多村は確か、女は名前呼びで男は名前にくん付けだったはず。だからオレを陸斗くんと呼んでいても、そこに他の男子と比べて特別な意味があるとは思っていなかった。
 でも、オレが特定の女子を名前呼びしたらどうだろう。これはもう、何かしらの感情があるってことを認めたようなもんじゃないのか。そしたら周りの友達はすぐ気付いてなんだかんだ言ってくるはずだ。じゃあ、喜多村のお願いを断るか? それはもっと出来ない。
 ……自分の心にウソはつけないから。
 オレは自分に素直になって、喜多村――夕日に、感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうな、夕日。オレにこれを教えてくれて、さ」
 すると夕日はようやくオレの目を見て、満面の笑みで頷くのだった。
「――うんっ!」


   【喜多村夕日】

 本当にわたしは、ハイレグを着た瞬間に生まれ変わっちゃったのかもしれない。
 だって今までならこんなこと、どれだけ凪沙にグチグチ言われようとも陸斗くんに伝えられなかったはずだから。っていうかそもそも、陸斗くんとまともに話せなかったし。
 やっと言えた。そして、やっと呼んでもらえた。
 わたし、こんなに幸せでいいのかな?
 それもこれも、ハイレグのお陰だ。ありがとうの気持ちを水着に伝えると、布地がジンと熱くなった気がした。

 陸斗くんが更衣室を訪ねてきた瞬間、わたしの中を色んな思いが渦巻いた。陸斗くんと二人きりでお話がしたいとか、陸斗くんにもハイレグを着てもらいたいとか、わたしのこの恥ずかしい姿を見てもらいたいとか。
 陸斗くんは当然驚いてた。普段までのわたしなら、そこまでだった。だけど今はハイレグがわたしの味方になってくれている。恥ずかしさをも受け入れて何度も押した結果、遂に陸斗くんはハイレグを着てくれた。そして「最高」って言ってくれた。「ありがとう」って言ってくれた。……すごく、嬉しかった。
 でも、何でさっき突然、わたしのことを「夕日」って呼んだんだろう。いきなりだったからあんなに慌てて転んじゃって。あれは恥ずかしかったなぁ、転んだ時にハイレグが変なとこ擦れたからあんな声出しちゃったし。
 まあ結果的に、陸斗くんに名前呼びしてもらえたからいいんだけどね。――ずっと前から夢だったんだ。好きなひとに「夕日」って呼んでもらうことが。

「でも、やっぱちょっと恥ずかしいな。いきなり呼び方変えるのってさ」
 お揃いの黄緑色のハイレグ水着を着こなしながら、陸斗くんは頭を掻いた。わたしは陸斗くんが思い直さないように、ハイレグのお陰で積極的になった心のままに先手を打つ。
「今のわたしたちの格好よりも恥ずかしいことなんて、ないんじゃないかな?」
「それもそうだな、ははっ」
 なんて陸斗くんは笑った。
 だってわたしも陸斗くんも今、裸と同じような姿をしてるんだもん。ううん、多分裸の方がマシ。そんな格好を二人でしてるんだよね、わたしたち。
 改めて意識するとまた恥ずかしさがやって来た。だけど、
「恥ずかしいけど……気持ちいいよね、陸斗くん?」
「な。不思議な感じだぜ。女の水着のはずなのに、もう完全にオレの一部みたいだ」
 腰に手を当てて言う。その言葉通り、スポーツをしているために引き締まった陸斗くんの身体にも、ハイレグはとても良く似合っていた。多分、男も女も関係なく、ハイレグ水着は包んでくれるんじゃないかな、と思う。
 不意にとある考えが、頭のなかに浮かびかけた。だけどそれをかき消すようなタイミングで声が重なった。
「あのさ、ゆ、夕日。もしかしたらもっと恥ずかしいことすれば、もっと気持ちよくなれるんじゃねぇか?」
「ふぇ!? も、もっと?」
 今のままでも充分すぎるんじゃないのかな。……でも、これ以上があるのなら。
「だってよ、この格好、『恥ずかしいから気持ちいい』みたいなとこあるだろ?」
「だ、だけどぉ……」
 わたしは三つの理由で戸惑った。これ以上恥ずかしいことなんて、わたしには思いつかなかったからが一つ。もしあっても、陸斗くんの前でそれを見せるなんてやっぱり躊躇っちゃうことがもう一つ。そして三つ目は、そんなことになったら今度こそわたしが壊れてしまいそうで恐かったから。
 そんなわたしをお構いなしに、陸斗くんは続ける。
「大丈夫。どんなことになっても、オレと夕日だけの秘密だ。オレも約束するよ」
「……本当?」
「おう。夕日だってそう言ってくれたろ?」
 沈黙。わたしが頷く決心をするまでに、十秒くらいが必要だった。
「――わたしも一緒にやるっ」
 だってそもそも、陸斗くんを誘ったのはわたしなんだから。
 ということで「もっと恥ずかしいこと」を考えるわたしたち。まず前提として「ハイレグ以上に恥ずかしい格好」じゃなく、「ハイレグ姿ですると恥ずかしい動き」を探すことにした。格好の方は、今ここで用意できる服とかがほとんどなく、ハイレグを脱ぐのはナシだと思うからだ。この格好で動くだけで気持ちよくなるのはわたしも陸斗くんも同意見だったから、そこに恥ずかしさをプラスする方向にした。
 一頻り腕を組んでいた陸斗くんが提案したのは、
「ラジオ体操なんかどうだ?」
「ラジオ体操?」
 わたしたちの学校では、体育の準備運動はラジオ体操と決まっている。それは校庭でも体育館でも、プールでも同じ。今日も更衣室で水着に着替えた後、男女揃って屋上の体操場でラジオ体操をしたばかりだった。
 当たり前過ぎて思いもよらなかった案を解説しだす陸斗くん。
「あれってさ、普通の体操着でやるのはいいけど、水着でやるとなんか違和感あるだろ? プール入るために水着になってるのに、陸上で何やってんだろ的な」
「あ、確かに」
「ちょっとやってみようぜ。つまらなきゃやめればいいし」
 ということで距離をとって向き合うわたしたち。カウントの読み上げは陸斗くんが先だ。
「じゃあ最初は背伸びだ。いち、に、さん、し」
「ごー、ろく、しち、はちっ」
 気を付けの姿勢で両腕を上に伸ばし、横に開いて体側に戻す。腕と一緒に肩紐が引き上げられ、それに合わせてハイレグ全体も上方に引っ張られる。……く、食い込む……!
「にー、にっ、さん、し」
「ごー、ろく、しち、はちっ!」
 キュッとしてしまったお尻の部分を、わたしはカウントが終わるとすぐに両手で直した。
 そして次に両足を少し外側に向けて、腕と足の運動の準備をする。腕を交差させ、足を曲げ伸ばすやつだ。
「いち、にっ、さん、し――っ! うぁっ!?」
「ごー、ろく、しち、はち――っ! ひあっ!?」
 これ以上わたしたちは、この運動を続けることが出来なかった。何故か足を曲げた瞬間に、信じられないくらいに強烈な気持ちよさが、全身を貫いたから。
 陸斗くんは肩で息をしながら跪き、わたしはぺたんと床に座り込んだ。
「な、何なの今の……!」
「やべぇな、これ……。頭がおかしくなりそうだ」
 膝がガクガクと笑っていて立てなかったわたしを、陸斗くんはさっきみたいに立ち上がらせてくれた。
 それにしても、と言う陸斗くん。
「一番凄かったのは足開いたときだったな」
「うん……なんか、下の方が熱くなった」
 試しにおへその辺り、水着の線の辺りを両手で撫でてみる。すると、例えるならビリビリとした痺れのような感覚が襲ってきて、思わず「あぅっ」って声が出ちゃった。特に水着の線をなぞったときが一番ビリビリした。
 それを見てた陸斗くんが、何かを閃いたような顔で手を打った。
「――そうだ! なんか見覚えがあると思ったら!」
「な、何のこと?」
 わたしは両腕をV字に添えたまま問い返す。
「今の夕日の体勢、コマネチじゃね?」
「コマネチって……あ、もしかしてあの?」
 言われて思い出したのは、テレビで見たことのある、有名な芸人さんの一発ギャグだった。確か、レオタード姿のコマネチさんのモノマネだったっけ。ガニ股になって「コマネチ!」って言いながらV字に腕を動かすやつ。
 さっきのラジオ体操とも、足を広げるところはおんなじだ。でも、比べるとこっちの方が恥ずかしい動きのような感じがする。
 陸斗くんが、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。言われなくても分かる。「やってみろ」って目だった。
「うぅ……」
 本当にやるの? という抗議の視線を返すけれど、やっぱり変わらなかった。コマネチかぁ……。
 恐る恐る、足をひし形か五角形のようになるまで広げて曲げる。腕を水着の足ぐりにぴったり添える。その時点で股間を強調しているようで、恥ずかしさに既に身体がポカポカとしてきた。
「じゃ、じゃあいくよ?」
 陸斗くんは頷いた。もう、やってみるしかない。そしてぜったい陸斗くんにもコマネチしてもらうんだから!
「――コ、コマネチ!」
 ハイレグの急角度をなぞり上げるように勢い良く腕を動かし、背中を後ろに反らした。大振りのコマネチポーズをしたその瞬間――わたしの身体は内側から膨れ上がって爆発した。
「ひぁああああっ!」
「ゆ、夕日っ!?」
 ……ううん。わたし、まだ生きてる。どこも怪我してないし痛くない。でも、確かに手足が千切れちゃったような感じがしたはずなのに。
 錯覚? にしてはリアルすぎる。今だって体中に感覚が残ってる――快感っていう火薬の爆発の。
 コマネチ直後の体勢のまま固まっていたわたしの肩を、慌てた陸斗くんが揺さぶった。
「おい、しっかりしろ夕日!」
「……ん」
 そのおかげでやっと、全身から力が抜けた。そしてすぐに報告した。
「あのね陸斗くん! 今の! 今のすごかった! なんか、その、すごかったの!」
 露骨に「はぁ?」という顔をする陸斗くん。そうだよね、こんな言い方じゃ何を言ってるかさっぱりだよね……。でも、あれを言葉で言い表すなんてわたしには出来なかった。だから、
「とにかくやってみて! そしたら分かるから!」
 わたしは陸斗くんの手首を掴んで足の付け根に押し付けた。
「わ、分かったよ」
 そして一歩下がり、ガニ股の姿勢になる。
「コマネチ! ……んはぁっ!?」
 直前まで疑問の表情を浮かべていた陸斗くんの顔は、あまりのショックにただただ驚愕していた。口と目を大きく開いて、どこともなく天井を見上げていた。
 これでわたしの言ったことが身を以って感じられたはず。
「ね? すごいでしょっ?」
「……う。一瞬意識、飛んだかも……」
 何が起きたか自分でも理解出来ていない様子で、頭を抱える陸斗くん。わたしは「ほらね」という感じで笑った。
 それからわたしは、こう提案した。
「ねぇ陸斗くん。コマネチ、一緒に繰り返してみない?」
「え?」
 たった一度であれだけの衝撃が走った動きだ。わたしだって何度もやったらどうなっちゃうか分からないし、怖い。でも、もっともっと気持ちよくなれるならどうなってもいい、そう今なら思える。
 今度怖気づいたのは陸斗くんのほうだった。だからわたしは短く言う。
「――約束」
 心配ないよ。わたしたちは一緒だよ。その思いを込めて。
 すると陸斗くんは「おう」と頷いた。覚悟を決めてくれたみたいだ。
「じゃあ、せーのでやるよ?」
「だったら競争な。どっちが長くコマネチしてられるか、勝負しようぜ」
「い、いいよ。わたし、ぜったい負けないからね」
「ははっ。いつまでそんな顔してられるかな?」
 陸斗くん発案の勝負につい乗ってしまい、睨み合う。正直、あんなのずっとやってられる自信なんてない。気持ち良くなりすぎて、また止まっちゃうかもしれない。
 でも、陸斗くんには負けたくない。同じハイレグを着てるんだから、その点は同じ条件のはずだから。
「せーのっ!」
 コマネチ勝負、開始だ。
「コマネチ! コマネチ! コマネチ!」
「コマネチ! コマネチ! コマネチ!」
 わたしと陸斗くんの威勢のいい掛け声とポーズが、キレイに重なる。上半身の激しい動きに合わせて伸び縮みして擦れるハイレグ水着が、コマネチ一回ごとに猛烈な気持ちよさを叩き込んでくる。
 だけど、さっきみたいに情けない姿は晒したくない。耐えて、コマネチし続けて、陸斗くんを見返してやるんだから!
「コマネチ! コマネチ! コマネチ!」
「コマネチ! コマネチ! コマネチ!」
 狭い部屋の中、水着姿でクイックイッとギャグのポーズをとり続ける小学生が二人。ボーっとしてくる頭の中で、一体何やってるんだろう、なんて考えた。
 し続けると分かる。コマネチって、派手にやると意外と体力を使うんだってこと。一分もせずに、息が切れてきた。
「コ……! はぁっ、コマネチ! コマ……ネチ!」
「どうした? も、もう……へばったのかぁ、ゆ、夕日? コマネチ……!」
「そ、そっちこそ……! コマネチっ!」
 そんな風に言い合っていられたのも、そこまでだった。体力はわたしよりあるはずの陸斗くんも声に力がなくなっていき、遂には、
「……! ……っ! ……」
「ぉ……、……! ……!」
 どちらも口をパクつかせるだけになってしまった。ただ、V字ポーズだけは変わらず繰り返していたけれど。
 最早コマネチ競争なんかじゃなく、体力較べとにらめっこの勝負に変わっていた。
 腕の動きのテンポは掛け声を失った頃から徐々にズレてきていて、左右も非対称とひどく不格好だった。直そうにも、疲れてヘトヘトのわたしにはそんな元気は残っていなかった。
 やがて考え事も難しくなってきて、わたしたちはただただコマネチポーズをとるだけの機械かゾンビのようになった。身体が何も考えなくても勝手に動く。もう、勝負とかどうでもいい。もう何も考えないから、動きたいように動いてよ。
 ……。
「……ェ、……グレ、……レ」
「ァイ……、ハ……、ハイ……ェ」
 いつの間にかわたしたちは、また何かを口走っていたみたいだった。よく分からないけど、少なくとも「コマネチ」じゃなさそうだった。
 意識が、戻ってくる。
「……イグェ、ハ……レ、……グレ」
「ハイ……、ハイグ……、……イグレ」
 耳を済ませてみると、どうやら陸斗くんも同じ単語を言っていた。途切れ途切れで完全には聞こえない。でも、間違いなかった。
 力が、みなぎってくる。
「……イグレ、ハイ……レ、……ァイグレ!」
「ァ……グレ、……イグレ、……ハイゥエ!」
 何も示し合わせてなんかいないのに、わたしたちは同時に互いを見つめた。抱いている思いは、きっと同じ。そして同時に、叫んだ。
 快感が、やってくる。
「――ハイグレ!」
「――ハイグレ!」
 ピンクと黄緑のハイレグ水着を着て変なポーズをしたまま、「ハイレグ」を言い間違えたかのような言葉を、二人で同時に、叫んだ。
 心が、生まれ変わる。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 どうしてだろう。これまでの試行錯誤は、この言葉にたどり着くためだけにあったような、そんな気がする。
 ハイグレ、ってなんだろう。聞いたこともないのに、とっても懐かしい響き。「コマネチ」なんかよりも全然言いやすくって、口が滑らかに動く。どこからやって来た単語かわからないけれど、これこそが今の自分たちを象徴する単語のように感じた。なんていうか、自己紹介とか名乗り……みたいな感じ。
 このポーズ自体も、コマネチなんて名前じゃなくって「ハイグレ」に変えた方がいいと思う。その方がぜったいハイグレポーズも喜ぶよ。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 ハイグレをする人間――ハイグレ人間、なんてどうかな。わたしと陸斗くんは、ハイレグを着てハイグレのポーズをすることの素晴らしさを知った、ハイグレ人間なの。
 そう思った途端、陸斗くんとの勝負なんてどうでもよくなっちゃった。そんなことよりも、もっと大事なことを話し合いたいと思ったから。
「ハイグレ! ねぇ、陸斗くん」
「ハイグレ! 何だ? 夕日」
 疲れていた様子なんてもう完全に消えて、何の疑問も持たずにハイグレしていた陸斗くんは、名残惜しそうにしながらもポーズを止めてくれた。
 わたしは、小さな失敗を茶化すくらいの気軽さで、困ったふうに笑った。
「わたしたち、ハイグレ人間になっちゃったね」
 その一言だけで、陸斗くんは全部察してくれたのかもしれない。「ハイグレ人間……」と確かめるように呟いてから、
「そうだな。オレたち、ハイグレ人間だ。ハイグレ! ハイグレ!」
「うん、ハイグレ最高! ハイグレ! ハイグレ!」
 数度のハイグレで、わたしたちがハイグレ人間だってことを改めて自覚する。
 ハイレグを着てガニ股で腕をV字に動かすこと……ハイグレ。ハイグレをする人間……ハイグレ人間。ただの人間の知らないことを一つ、だけどこの世で一番素晴らしいことを知っている人のこと。それがわたしたち。
 色んな偶然が重なって、わたしはハイグレ人間になれた。そして陸斗くんも、ハイグレ人間になることができた。運命がわたしたちを選んだ、なんて言うとちょっとマンガみたいだけど、でも実際そうなんだよね。3班がレースで負けなければ、凪沙がわたしたちを更衣室の掃除にしなければ、わたしが玉手箱を見つけなければ、開かなければ、ハイレグに興味を持たなければ、着なければ、陸斗くんがあのタイミングで来なければ、わたしの誘いを断ってれば……一つでも違っていれば、こうはならなかったはずだから。
 わたしたちはこの世で二人だけのハイグレ人間。それはとっても嬉しいなって、思うんだ。だって好きなひとと二人だけの秘密を共有してるんだもん。
 だけどね。わたし今、こんな風に思ってるの。
 ハイグレ人間は世界にたった二人きり、って。……悲しいことだよね。こんなにイイことなのに、他の誰も知らないんだよ。誰もわたしたちを、理解してくれないんだよ。人間の常識では、わたしたちはただの変態だから。
 この部屋の外は人間の世界。ハイグレ人間として出れば、絶対にバカにされたり避けられたりする。ハイレグを隠して人間のふりをして出て行っても、自由にハイグレなんかできないで窮屈な思いをする。
 だからわたし、みんなにもハイグレの良さを知ってほしいんだ。凪沙、るる、碧羽、那穂、晴馬くん、晴歌、正樹くん、友達みんな、そして出来ればもっともっと。そしたらいつでもどこでも、堂々とハイグレができるようになる。世界は、ハイグレ人間のものになる。
 このことを伝えたら陸斗くんは何て言うかな。……もしイヤだって言われたら諦めよう。それが最初の約束だから。
 意を決して、わたしは口を開いた。
「あのね、わたし……陸斗くんとだけじゃなくて、みんなとハイグレがしたい」
 陸斗くんは黙ってこちらをじっと見ている。次の言葉を継ごうとして、
「だからね、その、えっと――」
「――おう。やろうぜ」
 言い切る前に、返事をもらってしまった。
「え……?」
「オレも思ってたんだ。ハイグレをオレたちだけしか知らないのって、絶対勿体無いよな、って。――でも、夕日が恥ずかしいって言うかもって思うと、言い出せなかった」
 同じだったんだ、何もかも。陸斗くんとわたしは、考えてることまで。
 なんだか途端に笑いが込み上げてきて、わたしたちは大声で笑った。
「あははははっ! なぁんだ、心配して損した!」
「はははははっ! そりゃオレのセリフだっつーの!」
 これが以心伝心、なのかな。何も言わなくても、何もかも繋がってる、そんな感覚がした。
 陸斗くんと同じ。だから、もう何も怖くない。例えハイグレ人間がいっぱい増えて、わたしと陸斗くんだけじゃなくなったとしても。
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
 ずっと一緒にいられる気がするから。
 だから、
「――夕日ちゃん、一条くん。なんか声するけど、ここにいるの?」
「お、扉開いてるみたい。ちょっと確認してみようか」
 扉の向こうにやってきた二人の人間にも、ハイグレ人間になってもらうことにしよう。

   *その2に続く*




いかがだったでしょうか犬太さん、そして皆さん?

読んでもらえればお分かりの通り、今回キャラクター描写に力を注ぎすぎて、肝心要のハイグレ部分が少なくなってしまいました。
たまには恋愛っぽい要素も入れようかなと思った結果がこれです。ハイグレと恋バナがミスマッチなのか、それとも恋愛ものが苦手な自分が悪いのですよねごめんなさい。
でもこの物語ではもう開き直ってこのまま突っ走りますのでよろしくお願いします。

洗脳方法について。
今回は光線洗脳だけでなく、「ハイレグを自分から着る」パターンと「ハイレグを無理やり着せる」パターンを書きたいと思っています。「自分から」は今更新分で終わりです。次回は(口調で分かると思うのですが)あの二人が夕日と陸斗に身ぐるみ剥がされて何やかんやされます。前から書いてみたかったんですよね、そういうの。
まあその後は普通に光線になりますけど。
魔王さまの影は極力薄める方向でいきますが、やっぱり光線銃だけは譲りたくないところですね。

一人称と小学生について。
基本的に、精神年齢の低いキャラクター(多くの小中学生以下や子供っぽい高校生以上など)を描く場合は、言葉回しに注意しなければなりません。三人称でもセリフ部分はそうですし、一人称ともなると文章全てがそのキャラの言葉なので、必然的に言葉の選択のレベルを下げなければならなくなります。そうでないとキャラのイメージが崩壊しますから。
しかし、そうすると文章が稚拙になるばかりか、言いたいことが言えない(表現したいことが書けない)ジレンマに陥ります。碧羽パートはなるべく頑張りましたが、夕日や陸斗については正直半分割りきって書いています。
  (8/25追記)肝要なところを書き忘れていましたので追記。
  今回の登場人物たちは、特に年齢・学年を定めていません。いませんが、「膨らみかけの胸」「男子の性への目覚め」あたりから想像出来る通り、6年生、さもなくば5年生でしょう。
  上に書いたような理由からこれ以下の年齢になってしまうと、もっと描写が困難になってしまいます。三人称ならともかく一人称では自分には自然な描写は出来ません。なので、一応『小学高学年』ということにしてあります。
  でももし中学年以下のほうがいいんだという方がいらっしゃれば、各自脳内補完をお願いします。

今回の展開について。
前回の雑記にも書きましたが、自分は先にプロットを組んでおくタイプです。ですが(ハイグレ小説の場合は)それを守っていくことはほとんどなく、書いている内に流れと思いつきでどんどんシナリオ変更や中身を盛っていってしまいます。
それがどのくらいかというのを示すため、ネタ帳から今回部分を引用すると、

 6時間目の授業で水泳競争を行い(4班メンバーも顔出し)、3班は負けてしまう。罰ゲームとして教師に屋上全体の掃除(その後は遊んでよし)を任された。「さっさと分担して終わらせるわよ。そして泳ぎの練習だからね!」凪沙は7人を勝手に分担する。「私と碧羽と須藤くんはプールサイド、るると那穂は体操場、夕日と一条くんはそれぞれ更衣室ね」
 夕日は女子更衣室で、ハイレグ4着と銃を2丁を見つける。不意に掠める「陸斗くんとペアルック」という言葉。夕日はドキドキしながらそれを着てしまう。ハイグレポーズに戸惑うが、慣れてしまう。そしてハイレグを持って男子更衣室に行こうとしたとき、コールに気付いた陸斗が来てしまった。
 「おい、なんか声したけど大丈夫かぁ?」「り、陸斗くん!? えっとその、中! 入ってきて!」「うぇ!? でもここ女子――」「いいから!」「じゃ、じゃあ……」そそくさと入る陸斗。目にしたのはハイレグ姿の夕日。驚く。夕日は積極的に陸斗に迫る。最初は拒否したものの、好奇心が勝って自ら着た。喜ぶ夕日に少し好意を抱きつつ、揃ってポーズ。

とまあ色々と違うわけです。ラジオ体操やコマネチ競争、更には「夕日」呼びも完全にその場の悪ノリでした。実は同郷のコメディアン兼監督の方のギャグの名称は、正直ハイグレ小説内では例え話以外には使いたくなかったのですが、「無意識下で『ハイグレ』の単語が生まれる」展開のために入れてしまいました。
そうやって増し増ししたせいで、こいつらどんだけ長い間掃除やってんだよという感じになっていますが、大目に見て見逃して見てみぬ振りをしていただきたいところです。
あと、「陸斗は映画を知っていて初めからハイグレ人間になりたがっていた。ハイレグを着た夕日を見つけてたまらず着、夕日に率先してハイグレポーズを教えこむ」というパターンも途中で思いついたのですが、映画の話はメタっぽくなりすぎて嫌だったのでお流れとなりました。
もしそうなっていたら、こんな感じだったでしょうね。

「き、喜多村、ハイグレ人間だったのか!?」オレが女子更衣室の扉を開くと、ハイグレ姿の喜多村がいた。喜多村は自分で招いたくせにきょとんとしている。「は、ハイグレ?」「何言ってんだ? その格好、ハイグレだろ!」「ハイレグじゃなくて?」「お前、本当にハイグレ人間か?」「だからどういうことなの陸斗くん?」話が咬み合わない。でも、喜多村の着ているのはどう見てもあの映画のハイグレなのに。
「陸斗くんもハイレグに興味あるの? だったらここにあるし、一緒に――」「いいのか着て!? 夢だったんだ、ハイグレ人間になるのさぁ!」「(陸斗くん、どうしちゃったの……?)」喜多村から黄緑のハイグレを受け取って、憧れの水着をドキドキしながら着た。ぴっちり密着する生地が、想像以上に気持ち良かった。そしてたまらず、「ハイグレ! ハイグレ!」「陸斗くん!?」突然オレがハイグレをするもんだから、喜多村は驚いてしまった。やっぱりこいつ、ハイグレポーズを知らないようだ。
戸惑う喜多村に、オレは見本を見せてやる。「ほら、こうするんだ。ハイグレ! ハイグレ!」「そ、それはちょっと……」「今更何言ってんだよ、ハイグレ姿になったらハイグレしなきゃ! ハイグレ!」色々丸見えな急角度の水着姿のくせに、まだ恥ずかしさを残している喜多村。それでもオレのアタックによって観念したのか、「うぅ……は、ハイグレ! ひゃあんっ!」初めてのハイグレの気持ちよさに、声が出る喜多村。でも、その一度で完全に虜になってしまったようで、「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! あふぅ……っ」喜多村はうっとりして休み休み、だけど何度もハイグレを繰り返した。オレも負けじと「ハイグレ! ハイグレ!」「ハイグレ! ハイグレ! わたし、ハイレグを着るだけで満足してた。でも本当は、こんなにすごいものだったんだね。教えてくれてありがとう、陸斗くん!」「オレも本当のハイグレが出来て、それに、仲間が出来て嬉しいよ」
「……みんなでハイグレ出来たら、もっと楽しいだろうなぁ」「ハイグレ、あと二枚あるんだろ? それにこの銃……」試しに空撃ち。映画で観た、ピンクの光が出た。「これを人に当てれば、一発でハイグレ人間だ」「本当に!?」グッドタイミングで扉の外から「二人ともいる?」「な、何か手伝うこと、ある?」と田中と東郷の声がした。オレたちは銃を手に、ニヤリと立ち上がった――

とまあ適当に即興ですが。
こうなるとるると那穂に実物のハイレグを着せる展開にしづらい、というのもボツの理由でした。でも女の子にハイグレを教えるシーンも書いてみたかったんですよね。ということでこの機会に供養させていただきます。


では、そろそろ日曜の夜も深まりだしているので、この辺りで筆を置きます。
次回はこの作品への熱が残っている内に、次の二人分だけは書きたいと思っています。でもそれが終わったら、2~3週間ほどブログ更新のお休みを頂きます(2週間空くなんてザラじゃねーかって? 全くもってごもっともです)。ちょっと打ち込みたいことがありまして。
その用事が済み次第、また適当な雑記で復帰報告をします。

ということで「小学生でもハイグレ人間だよ! その2」をお楽しみに~
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こんにちは!
小学生でもハイグレ人間だよ!を読ませていただきました!
まさかこんなにもたくさんの文章量で書いていただけるとは思わず、すごく嬉しいです。

18禁要素がないのに、読んでるうちに凄くドキドキしてきます…!
ロリショタがイチャイチャしながらハイグレするシーンって、やはりとても良いと思います!

洗脳もこだわっていて、どんどんと二人がハイグレという単語を言い出す描写が萌えました><

私のネタに応えてくださり、ありがとうございます!
ものすごく続きが気になります…。

これからも更新楽しみにしてます!
プロフィール

香取犬

Author:香取犬
ハイグレの洗脳を受けて早幾年
遂に自らハイグレ小説を書くようになってしまいました
いつでもネタ募集中です
酉◆RYenwqtp9Y

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 →ハイグレアイドル候補生!
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