【オリ連作】ハイグレショップ繁盛記【2.午後十三時】
どうも、香取犬です。
喉から手が出るほど欲しかった7連休の真っ只中です。まったく弊社はブラックなんだかホワイトなんだか。
辛いお仕事のことはパーッと忘れて、楽しい小説書きとしての本分を全うして参りました。
さてそんなわけで、まともな小説としては早くも三ヶ月以上ぶりとなってしまいました。ハイグレショップ繁盛記の第二話をお届けします。
前回のあとがきで早々にバラしたことですが、過去作『未来の私へ。』から地続きの物語ということで、魔王軍が侵略失敗した後の世界だからこその要素を、今回は書いてみました。
執筆自体にブランクはありましたが、もうノリノリですね。筆がノリノリ。モブ洗脳シーンと同じくらいノリノリ。でも、あんまり作品にしている人はいないようなシーン。だからこそノリノリ。めっちゃノリノリ。
いやはや、ハイグレ侵略が残した爪痕って怖いっすね。
<前 1.午前十時
~午後十三時~
「またのご来店をぅ」
水色のハイグレをお買い上げ頂いたお客様が、一目散にという表現しかできないほどの素早さで店外へ走り去っていく。鉄のドアをこじ開け、そしてそこにいた次のお客様を押しのけて。
「きゃっ」
「す、すいません」
タックルで突き飛ばされ、尻もちをついた少女が短い悲鳴を上げた。出ていったお客様は、俯いたままの頭を首が折れそうなほど沈み込ませ、脇目もふらずに階段を降りていく。
倒れた女の子の側には同世代の少女が他に二人おり、彼女たちは心配そうに手を差し伸べる。
「大丈夫? 綾芽」
「ケガしてないですか?」
「うん、平気だよ。ありがと、菫、アイリス」
「まったく、何だったのかしら今の男の人」
「綾芽さんが無事で良かったですぅ。もし本番に出られなくなったら……」
「きっと急いでたんだよ。さ、私たちも用事を済ませよう?」
と何事もなかったかのように言って、長髪で凛とした雰囲気の子と、西洋人形のようなおっとりした子の手を借りて立ち上がる。どこにでもいる普通の顔立ち、しかし太陽のような笑顔で人を惹きつける少女。
キラキラと輝く三人組が、そのオーラに似つかわしくないオレの店へと入ってくる。……参ったな、まだ緊張しちまう。
「いらっしゃい、ハイグレ☆Girlsさん」
そう、彼女たちは『ハイグレ☆Girls』。結成半年にしてこの界隈で知らぬ者はない、新宿を拠点に活動するローカルアイドルグループだ。
「あ、店長さん! いつもお世話になってます!」
ペコリと弾むようにお辞儀をしたのが、リーダーの綾芽ちゃん。
「以前お願いした衣装が出来上がったと伺ったので、受け取りに来ました」
真面目で冷静な菫ちゃんが的確に要件を伝えてくれるので、オレは棚に取り置いていた、クリーニングしたてのようにビニール袋に包まれたハイグレをカウンターの上に置いて示した。
「おう、これだな。特注のハイグレ三着」
「わぁ! ありがとうございます! とっても可愛いですぅ!」
アイリスちゃんは自分のパーソナルカラーである黄緑のハイグレを、抱きしめるように受け取った。日本人と北欧系のハーフという彼女の白い肌に、きっと黄緑のハイグレはよく映える。
続いて綾芽ちゃんと菫ちゃんも袋を手に取る。
「あの、これ広げてみてもいいですか?」
「もちろんだ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
やった、と綾芽ちゃんは目を輝かせ、待ちきれないといった手つきで袋を開封する。そうして肩紐をつまんで自分の前に掲げてみる。
薄紫をベースにした布地はステージ上での激しい動きに耐えられるよう、耐久性と伸縮性、そして吸水性を兼ね備えている。競泳水着と同様に身体を無駄なく締め上げてプロポーションとパフォーマンスを向上させるため、通常のハイグレと比べると長時間着続けるのには不向きかもしれない。
更には、折角のステージ衣装なのだ。事前に伺っていた『女の子の可愛らしさとハイレグの魅力を表現したデザイン』というご要望にお応えするため、金の刺繍で縁取りをしたり、さりげないラメ加工を施したりもしていた。
「すっごく気に入りました! 店長さんに頼んで良かったです!」
喜びを全身で表現する綾芽ちゃんとは対照的に、菫ちゃんは水色のハイレグを物言いたげな目つきで食い入るように見つめていた。
「これは、店長さんがお作りになられているのでしょうか? なんというか、その……あまりにも……」
「あっ! 菫さん今、『むさ苦しい店長さんがこんなに可愛いセンスを持ってるわけがない』って思いましたね!」
「思ってないわよアイリス! それに、思っても声に出しちゃいけないこともあるのよ……」
アイリスちゃんの歯に衣着せぬ物言いに対して、菫ちゃんの反論は尻すぼみだった。オレだって自覚くらいしてるってんだ。この容姿に似合わないことしてるってことくらい。多少の気まずさを感じながらオレは言葉を返す。
「あー……まあ、オレはデザインの原案だけだ。実際に作ってくれるのはもっと上の方なんだよ」
「でも、原案は店長さんなんじゃないですか。やっぱりすごいですっ!」
「……ありがとよ」
綾芽ちゃんが満面の笑みで言う。面と向かって褒められることなんてなかったから、歯が浮いてしまう。アイリスちゃんに「あ、店長さん照れてますー!」とからかわれて赤くなる顔をこれ以上見られないように、指で更衣室を指した。
「ほら、いいから一度試着してみてくれよ」
「はーい」
三人は素直に更衣室の方に歩いていき、一人ずつ順番に着替えていく。普段着はみな、変装の意味もあるのかやや地味めな格好をしていた彼女たち。しかしステージ用のハイグレを身にまとえば、一気に魅力的なアイドルに生まれ変わる。
女三人寄れば姦しいと言わんばかりの様子で更衣を済ませていく三人。しばらくして、アイリスちゃんは黄緑の、綾芽ちゃんは薄紫の、菫ちゃんは水色のハイグレ姿になってオレの前に並んだのだった。直視するのも憚られる若々しい輝きから目をそらしながら、オレは尋ねる。
「き、着心地やデザインはどうですかい?」
「はい! 最高ですっ!」
「これならステージ映えもすると思います」
「それに、ハイグレもとってもしやすそうです! はいぐれぇ!」
と、アイリスちゃんは突然足をガニ股に広げてハイグレポーズを披露してみせた。触れたら壊れてしまいそうほど華奢な体つきの彼女が、股刳りのV字のラインを強調するかのような動きをする。一昔前ならただの滑稽な一発ギャグ。しかし今ではその意味するところは、支配者への隷属の証であり、快楽に浸るための戯れであり、あるいは同じ体験を共有する道具でもある。
アイリスちゃんは、肘を肩の高さまで引き上げた態勢で恍惚の笑みを浮かべ、小さく筋肉を痙攣させて固まってしまう。世間一般のアイドルがしてよい表情ではないが、ハイグレアイドルならば話は別だ。
「えへへ、はいぐれ気持ちいいですぅ……」
「あー、アイリスだけずるい! じゃあ私も――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
言うや否や綾芽ちゃんまでもが、両脚をガバっと開いて腕を上下させてしまう。全身に負担のかかるポーズでありながらも、彼女のトレードマークの笑顔は崩れない。
現役アイドルの少女たちによるハイグレを間近で拝めるなんてトツゲキ……いや、カンゲキだぜ。これが役得ってやつか。
「ハイグレ! ハイグレ! ……ほんとだ。このハイグレ、すっごく気持ちいい。生地が普通のと違うのかな」
一頻り繰り返したのち、綾芽ちゃんは感心したように自分のハイグレを撫でて感触を確かめてみる。
「はいぐれぇ! ほら、菫さんも一緒にどうですか?」
すっかり顔を上気させたアイリスちゃんが、両手を股間の前で合わせた普通の立ち姿勢のままでいる菫ちゃんを誘う。しかし菫ちゃんは、
「わ、私はいいわ。このハイグレに不満はないもの」
「恥ずかしがっちゃって。そういえば菫は、あのときもそうだったんだよね」
「だってそれが普通の反応でしょう? あの頃はハイレグ水着なんて誰も着てなかったじゃない」
「……あのとき?」
オレは思わず聞いてしまった。菫ちゃんの逃げ腰な様子が気になってしまったから。
答えてくれたのは綾芽ちゃんだった。
「ハイグレ魔王が襲ってきたときのことですよ。私と菫は新宿にある高校の同級生なんですけど……あの日、魔王のお城が空から降り立って、何がなんだか分からないうちに高校は襲われたんです」
「パンスト兵に、か?」
頷いたあと彩芽ちゃんは、特ダネを披露する記者のようにニヤリと笑った。
「実は、あのハラマキレディースもいたんですよ。人間が固まってるような場所に電撃戦で一気に攻め込んで手駒を増やそうって作戦で、その標的に高校が選ばれちゃったみたいなんです。……あ、なんでそんなこと知ってるかっていうと、私たちがハイグレ人間にされた後校庭にズラーッて並ばされて、そこで聞かされたからなんですけど」
「……なるほどな」
「私も菫も当時からジュニアアイドルやってたんですけど、宇宙人にとっては関係ないただの未洗脳者ですよね。そして私もただの女子高生で。教室にやってきたパンスト兵にあっさり撃たれちゃいました。ピンク色のハイグレ着せられて、身体が勝手にハイグレポーズとっちゃって……皆にもガッツリ見られてさすがに恥ずかしかったなぁ。水着も注目されるのも、グラビアで慣れてるつもりだったんですけど。あはは」
今でこそ面白体験談のように語ってくれているが、彼女も言っていたように彼女自身もまた普通の少女だ。こうして話せるように心の折り合いをつけるまでには並々ならない葛藤があったに違いない。きっと、心が強いのだ。
「それからしばらくのことは、私はうっすらとしか覚えていないんです。頭が熱出たみたいにうかれながら、ハイグレ気持ちいい、皆も同じ格好になればいいのに、ってことばかり考えていたくらいしか」
すると、今まで黙り込んでいた菫ちゃんが重い口を開いた。もうここまで聞かれたなら、と諦めるようにため息をついてから、
「……私は、綾芽がハイグレ人間にされたのを見て、怖くなって一番最初に逃げ出しました。悲鳴が至るところから聞こえる学校中を逃げ回って、疲れ果てて、逃げ込んだ誰もいない教室で……綾芽に見つかりました」
「らしいんです。私は全然記憶にないんですけど」
「なんか運命! って感じですぅ!」
ロマンティックに浸るように手を組むアイリスちゃん。とは言え、当時の菫ちゃんの心中は察するに余りある。
「お願い助けて、とか、あっち行って、とか……もっと心無い言葉も言いました。でも綾芽は笑顔のまま壊れたように『菫もハイグレを着よう?』だけしか言わなくて。結局ものすごい力で取り押さえられて、パンスト兵の前に突き出されて、あとはもう……」
「気付いたら菫と一緒に校庭で整列して、ハラマキレディースにハイグレを捧げてました。……そういえば私、記憶が残ってるのってハイグレポーズを取っている最中ばっかりなんですよね。菫をハイグレ洗脳したときとか、整列の後にハラマキレディースのリーダーに命令されて侵略活動を手伝ってた間のことは忘れちゃってて」
「それはおそらく、記憶に蓋をしてるんだろうな。辛い記憶を、無意識に封じ込めてるんだ」
「そうなんでしょうか? 思い出せたら菫の言ってることも分かるのかな」
小首を傾げる綾芽ちゃんに、オレは待ったをかける。
「いやまあ、無理に思い出さなくたっていいだろうよ。それに、忘れているからこそ今の自分があるとも言えるだろ?」
「でも、菫を傷つけたなら謝りたいし……」
「私は別に綾芽のことを恨んだりしてないわよ。あの状況なら仕方なかったもの。もっと言うなら、洗脳された綾芽に洗脳された私自身も、最終的にはハイグレ人間の仲間にしてくれたことに喜んでいたわけだし。洗脳中に起きたことはそれでおしまい。分かった?」
「うぅー……菫ぇ……!」
嬉しさが溢れて抱きつく綾芽ちゃんと、それを受け止め頭を撫でる菫ちゃん。ハイグレ姿同士で育まれる友情に、見ているこちらまで涙が止まらない――というのは大げさな比喩にせよ、オレのせいで二人の仲にヒビが入らなくてよかったぜ。
それを眺めていたアイリスちゃんは、不満そうに呟いた。
「綾芽さんと菫さんはホンモノのハイグレ人間になったことがあるんですよね。わたしだけ仲間外れです」
「アイリスちゃんは洗脳されなかったのか?」
「はいー。わたしそのときちょうど、故郷の国に帰ってました。ハイグレ魔王が日本を侵略していた二週間、ずっと飛行機が飛ばなくて戻れませんでした。日本の友達――あ、まだその頃は二人とは知り合いじゃなかったですけど――のことをずっと心配してました。ニュースやネットでいっぱい見ましたから。ハイグレ人間の映像とか」
運良く難を逃れたってことか。
「やっとハイグレ魔王がいなくなって日本の家に戻れたとき、皆とっても疲れた顔や悲しい顔をしてました。だからわたしが日本の皆を元気にして、笑ってる顔を元通りにしてあげたいって思ったんです。わたしは雑誌のモデルをやってましたが、それよりもっと直接元気を届けられることをしたくて、それでアイドルになりました!」
「いい子だなぁ……」
「ですよね! アイリスはほんとにいい子なんです!」
鼻を啜りながら綾芽ちゃんが自慢気に言う。
「でもよ、これは三人ともだけど」とオレは一般的な疑問を口にする。「そんなことがあったのによくハイグレアイドルなんかになったよな」
アイリスちゃんはハイグレを着た経験もなく、綾芽ちゃんと菫ちゃんは逆に当事者としてトラウマを負っていても仕方ない。一体どんな覚悟や信念があってのことだろう、と気になってしまった。
「わたしは今話した通りですよ。ハイグレで傷ついた人たちを助けてあげるには、同じ気持ちになれば分かるって思ったんです。だからハイグレを着るのも、嫌じゃなかったです。それにハイグレ着てみても、わたしは恥ずかしいとか思いませんでした。むしろ素敵な衣装だと思います!」
適性、と言って良いのか分からないが、アイリスちゃんにとっては天職だったのかもしれない。
次は綾芽ちゃんが答えてくれた。
「……私もアイリスと似てますけど。私、たくさんの人を笑顔にしたいって思ったから、アイドルをやってたんです。それは今も前も変わらなくって。で、今ってハイグレ魔王のせいでハイグレは悪だとか、ハイグレで苦しい思いをしてる人が多いじゃないですか。だから同じ元被害者の立場から、逆にハイグレはいいものなんだよって言えたらいいなって思うんです。トラウマも、思い出に変えることができるんだって!」
アイドルとしての志の高さに胸を打たれる。きっとこの子は、ハイグレアイドルでなかったとしてもいずれ高みに上り詰めていただろう。
最後は菫ちゃんだったが、彼女は申し訳無さそうに顔を曇らせる。
「どうしても、言わなければいけませんか?」
「え? あ、いや、どうしてもってわけじゃ……嫌ならいいんだ、別に」
どうせ興味本位だったのだ。人には色々事情もあるだろうし。そう思い慌ててフォローするが、菫ちゃんは言葉とは裏腹に覚悟を決めた表情になった。今の質問は、彼女が本心を吐き出す準備として置いたワンクッションだったのかもしれない。
「私は……二人みたいに誇れる動機なんてありません。仕事だから。ただそれだけです」
「菫さん……?」
予想と違ったのか、不安そうに呼びかけるアイリスちゃん。菫ちゃんは構わず続ける。
「マネージャーである親が仕事を持ってきて、私には与えられた役目を演じる。それが当たり前だと思って育ってきました。ジュニアアイドルを始めてからは、ファンの方々の声援にも応えようと必死で、皆さんが思い描く『私』を演じるようになりました。大変ではありましたが、努力した分だけ認めてくれる。そんな環境だったから頑張ってこられたのは確かです。でも――」
菫ちゃんは突然、綾芽ちゃんの手をぎゅっと握った。「ふぇ!?」と素っ頓狂な声が店内に響く。
「ハイグレ魔王がやってきた日、私が作り上げてきた『私』は、私の中で砕け散りました。あの日私は誰かのためじゃなく、自分のためだけに行動したんです。ハイグレ人間になりたくなくて、人目も憚らず逃げ出しました。綾芽にもひどいことを言いました。そうしてハイグレ光線を浴びてからは、自分の欲望に忠実に、したいことをひたすらし続けました。私の心の赴くままに繰り返したハイグレポーズが、とても心地よかったんです。たとえそれが、ハイグレ魔王に植え付けられた偽物の意志だったとしても」
彼女の視線が自分自身のハイレグに落ちる。
「洗脳が解けてから知ったのですが、ハイグレ人間になっている最中は私も嬉々として洗脳活動に参加していたようです。その映像が、ネットで拡散されていたんです。こんなの『私』じゃない、と私は親に訴えました――本当は心の中では、このときこそが本当の私自身だと疑っていませんでしたが――。すると親は言いました。『菫は何一つ悪くない。仕方ないことだった。でも、一般人に拡散されてしまったイメージを払拭することはできない。もう今まで通りのアイドル活動はできない』と。そうして、一枚の企画書を渡されました。それが――」
「ハイグレ☆Girlsだったんだね」
「ええ。私は決心しました。『私』のイメージがハイグレ人間の姿に上書きされてしまったのなら……以前の『私』が私を含めた誰の中からも壊れてなくなってしまったのなら、もう一度新しく『私』を作り直そう。ハイグレでもなんでも着て、皆のアイドルである『私』になってやろう、と」
そう強く断言した菫ちゃんは徐に、まるで神聖な土俵に立つ力士と見紛うほどに堂々と股を割り、
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」
三度、ハイグレを刻んだ。
しばらくの間、誰もが息を呑んで動けなかった。静寂を破ったのはアイリスちゃんと綾芽ちゃんの拍手だった。
「す、すごいです菫さん。プロフェッショナルのお仕事です!」
「菫の責任感とかストイックなところ、私には真似できないよ。充分すぎるくらい立派だと思う!」
「……そう言ってもらえると救われるわ。今でも、こんな本心を持ちながらハイグレアイドルをし続けていいのかなと不安になるときもあるの。二人が言う通り、私たちの本分はハイグレでファンに夢や希望を与えることでしょう? それが私に全うできてるだろうか、って」
「――いいや。ちゃんと、できてると思いますぜ」
オレはすぐさま、菫ちゃんにはっきり伝えた。菫ちゃんは外向きの笑顔で微笑んでくれる。
「ありがとうございます。お言葉だけでも嬉しいです」
「気休めなんかじゃねえですよ。ハイグレショップの店長の勘、ってやつですぜ」
まあ、本当は勘でもなんでもなく根拠があるんだが、これも言わぬが華ってやつだろう。
すると彼女はもう一度「ありがとうございます」と会釈した。今度は心の底から、嬉しそうに。
そのとき、更衣室に置きっぱなしだった三人のポーチから、一斉に携帯のアラームが鳴り響いた。綾芽ちゃんが弾かれたように時計を見、「やばっ」と呟いた。
「もうリハ始まっちゃう! 急がなきゃ!」
「ああ、中央公園のライブか」
「はいー! ステージは今日の夕方なんですよぉ。店長さんも見に来ませんか? お安くします!」
「お安くってアイリス、今回は無料公演でしょう?」
「あ、そうでした!」
三人は年相応の表情で楽しげに笑い合う。
「うーん、すまねぇな。オレは店番があるからよ。三人がハイグレを着こなしている姿は見られたし、ステージは成功間違いなしだろう。ここから応援してるぜ」
オレが苦々しく答えると、その罪悪感を払拭してくれるかのように彼女たちは言った。
「分かりましたっ! 機会があればぜひ来てくださいねっ!」
「私たちもまた、店長さんに衣装の注文をさせていただきます」
「プライベート用のハイグレも今度買いにきたいですぅ!」
「……ああ。今後とも、ご贔屓にしてくだせぇ。またのご来店をお待ちしております!」
深々と下げた頭は、ハイグレアイドルたちの声が遠く喧騒に消えるまでそのままにし続けた。
~続く~
そんな感じで。
今回は、客の三人がハイグレアイドルである、という部分以外のプロットを練らずに指に任せて書いてみたのですが、想像以上に物語がナマモノであることを実感しました。
設定が二転三転して矛盾が生じ、後ろに戻って表現を書き直したり。……もう大きなミスはないと思うんですけど。
ただそれって、キャラが思わぬセリフを喋ってくれたりするメリットと表裏一体で。あとは気付いたら後への伏線も書けてたり。
そういうときに、小説書いてて楽しいなと思うわけです。
連休の残りは、あの作品を可能な限り進めたいなと思っています。あちらは逆にプロットガチガチに固めるつもりです。そして最後まで完成してから公開するんだ……!
どんな作品に取り組む場合でも、「どうしても披露したいことがある」から創作ができる、と自分は思っているんですが、その点で連載投稿と一括投稿ではどっちが適しているのか。
連載だと、途中で「披露したいこと」を披露してしまうと後が続かない(ゲームの体験版もこれにあたると思います。BIGプロジェクト……うっ頭が)。しかしそれを最後まで保持し続けたり、あるいは「披露したいこと」が複数あるなら問題ないでしょう。
一括なら、「披露したいこと」を確実に残しておくことができるし、全体の話の軌道修正もいつでもできます。ただし製作中は作品を公開できないわけで、読者の反応という意味でのモチベは保ちにくい。
……なんかあれですね、好物を最後までとっておくか最初に食べちゃう派かって話に似てる。
自分は最後までとっておきたい(願望)派です。
というわけで、好物をどう調理するかのレシピからまずは準備してきます。
間違っても連休中に完成するとは思わないように。一日一万字とか無理ですから。若い頃とは違うんです。
あ、それと香取犬のハイグレショップ実体験記もまたの機会に。……ってやってると一生書かなそうだなこいつ。まあ折を見て。
ではではー
喉から手が出るほど欲しかった7連休の真っ只中です。まったく弊社はブラックなんだかホワイトなんだか。
辛いお仕事のことはパーッと忘れて、楽しい小説書きとしての本分を全うして参りました。
さてそんなわけで、まともな小説としては早くも三ヶ月以上ぶりとなってしまいました。ハイグレショップ繁盛記の第二話をお届けします。
前回のあとがきで早々にバラしたことですが、過去作『未来の私へ。』から地続きの物語ということで、魔王軍が侵略失敗した後の世界だからこその要素を、今回は書いてみました。
執筆自体にブランクはありましたが、もうノリノリですね。筆がノリノリ。モブ洗脳シーンと同じくらいノリノリ。でも、あんまり作品にしている人はいないようなシーン。だからこそノリノリ。めっちゃノリノリ。
いやはや、ハイグレ侵略が残した爪痕って怖いっすね。
ハイグレショップ繁盛記
2.午後十三時
2.午後十三時
<前 1.午前十時
~午後十三時~
「またのご来店をぅ」
水色のハイグレをお買い上げ頂いたお客様が、一目散にという表現しかできないほどの素早さで店外へ走り去っていく。鉄のドアをこじ開け、そしてそこにいた次のお客様を押しのけて。
「きゃっ」
「す、すいません」
タックルで突き飛ばされ、尻もちをついた少女が短い悲鳴を上げた。出ていったお客様は、俯いたままの頭を首が折れそうなほど沈み込ませ、脇目もふらずに階段を降りていく。
倒れた女の子の側には同世代の少女が他に二人おり、彼女たちは心配そうに手を差し伸べる。
「大丈夫? 綾芽」
「ケガしてないですか?」
「うん、平気だよ。ありがと、菫、アイリス」
「まったく、何だったのかしら今の男の人」
「綾芽さんが無事で良かったですぅ。もし本番に出られなくなったら……」
「きっと急いでたんだよ。さ、私たちも用事を済ませよう?」
と何事もなかったかのように言って、長髪で凛とした雰囲気の子と、西洋人形のようなおっとりした子の手を借りて立ち上がる。どこにでもいる普通の顔立ち、しかし太陽のような笑顔で人を惹きつける少女。
キラキラと輝く三人組が、そのオーラに似つかわしくないオレの店へと入ってくる。……参ったな、まだ緊張しちまう。
「いらっしゃい、ハイグレ☆Girlsさん」
そう、彼女たちは『ハイグレ☆Girls』。結成半年にしてこの界隈で知らぬ者はない、新宿を拠点に活動するローカルアイドルグループだ。
「あ、店長さん! いつもお世話になってます!」
ペコリと弾むようにお辞儀をしたのが、リーダーの綾芽ちゃん。
「以前お願いした衣装が出来上がったと伺ったので、受け取りに来ました」
真面目で冷静な菫ちゃんが的確に要件を伝えてくれるので、オレは棚に取り置いていた、クリーニングしたてのようにビニール袋に包まれたハイグレをカウンターの上に置いて示した。
「おう、これだな。特注のハイグレ三着」
「わぁ! ありがとうございます! とっても可愛いですぅ!」
アイリスちゃんは自分のパーソナルカラーである黄緑のハイグレを、抱きしめるように受け取った。日本人と北欧系のハーフという彼女の白い肌に、きっと黄緑のハイグレはよく映える。
続いて綾芽ちゃんと菫ちゃんも袋を手に取る。
「あの、これ広げてみてもいいですか?」
「もちろんだ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
やった、と綾芽ちゃんは目を輝かせ、待ちきれないといった手つきで袋を開封する。そうして肩紐をつまんで自分の前に掲げてみる。
薄紫をベースにした布地はステージ上での激しい動きに耐えられるよう、耐久性と伸縮性、そして吸水性を兼ね備えている。競泳水着と同様に身体を無駄なく締め上げてプロポーションとパフォーマンスを向上させるため、通常のハイグレと比べると長時間着続けるのには不向きかもしれない。
更には、折角のステージ衣装なのだ。事前に伺っていた『女の子の可愛らしさとハイレグの魅力を表現したデザイン』というご要望にお応えするため、金の刺繍で縁取りをしたり、さりげないラメ加工を施したりもしていた。
「すっごく気に入りました! 店長さんに頼んで良かったです!」
喜びを全身で表現する綾芽ちゃんとは対照的に、菫ちゃんは水色のハイレグを物言いたげな目つきで食い入るように見つめていた。
「これは、店長さんがお作りになられているのでしょうか? なんというか、その……あまりにも……」
「あっ! 菫さん今、『むさ苦しい店長さんがこんなに可愛いセンスを持ってるわけがない』って思いましたね!」
「思ってないわよアイリス! それに、思っても声に出しちゃいけないこともあるのよ……」
アイリスちゃんの歯に衣着せぬ物言いに対して、菫ちゃんの反論は尻すぼみだった。オレだって自覚くらいしてるってんだ。この容姿に似合わないことしてるってことくらい。多少の気まずさを感じながらオレは言葉を返す。
「あー……まあ、オレはデザインの原案だけだ。実際に作ってくれるのはもっと上の方なんだよ」
「でも、原案は店長さんなんじゃないですか。やっぱりすごいですっ!」
「……ありがとよ」
綾芽ちゃんが満面の笑みで言う。面と向かって褒められることなんてなかったから、歯が浮いてしまう。アイリスちゃんに「あ、店長さん照れてますー!」とからかわれて赤くなる顔をこれ以上見られないように、指で更衣室を指した。
「ほら、いいから一度試着してみてくれよ」
「はーい」
三人は素直に更衣室の方に歩いていき、一人ずつ順番に着替えていく。普段着はみな、変装の意味もあるのかやや地味めな格好をしていた彼女たち。しかしステージ用のハイグレを身にまとえば、一気に魅力的なアイドルに生まれ変わる。
女三人寄れば姦しいと言わんばかりの様子で更衣を済ませていく三人。しばらくして、アイリスちゃんは黄緑の、綾芽ちゃんは薄紫の、菫ちゃんは水色のハイグレ姿になってオレの前に並んだのだった。直視するのも憚られる若々しい輝きから目をそらしながら、オレは尋ねる。
「き、着心地やデザインはどうですかい?」
「はい! 最高ですっ!」
「これならステージ映えもすると思います」
「それに、ハイグレもとってもしやすそうです! はいぐれぇ!」
と、アイリスちゃんは突然足をガニ股に広げてハイグレポーズを披露してみせた。触れたら壊れてしまいそうほど華奢な体つきの彼女が、股刳りのV字のラインを強調するかのような動きをする。一昔前ならただの滑稽な一発ギャグ。しかし今ではその意味するところは、支配者への隷属の証であり、快楽に浸るための戯れであり、あるいは同じ体験を共有する道具でもある。
アイリスちゃんは、肘を肩の高さまで引き上げた態勢で恍惚の笑みを浮かべ、小さく筋肉を痙攣させて固まってしまう。世間一般のアイドルがしてよい表情ではないが、ハイグレアイドルならば話は別だ。
「えへへ、はいぐれ気持ちいいですぅ……」
「あー、アイリスだけずるい! じゃあ私も――ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
言うや否や綾芽ちゃんまでもが、両脚をガバっと開いて腕を上下させてしまう。全身に負担のかかるポーズでありながらも、彼女のトレードマークの笑顔は崩れない。
現役アイドルの少女たちによるハイグレを間近で拝めるなんてトツゲキ……いや、カンゲキだぜ。これが役得ってやつか。
「ハイグレ! ハイグレ! ……ほんとだ。このハイグレ、すっごく気持ちいい。生地が普通のと違うのかな」
一頻り繰り返したのち、綾芽ちゃんは感心したように自分のハイグレを撫でて感触を確かめてみる。
「はいぐれぇ! ほら、菫さんも一緒にどうですか?」
すっかり顔を上気させたアイリスちゃんが、両手を股間の前で合わせた普通の立ち姿勢のままでいる菫ちゃんを誘う。しかし菫ちゃんは、
「わ、私はいいわ。このハイグレに不満はないもの」
「恥ずかしがっちゃって。そういえば菫は、あのときもそうだったんだよね」
「だってそれが普通の反応でしょう? あの頃はハイレグ水着なんて誰も着てなかったじゃない」
「……あのとき?」
オレは思わず聞いてしまった。菫ちゃんの逃げ腰な様子が気になってしまったから。
答えてくれたのは綾芽ちゃんだった。
「ハイグレ魔王が襲ってきたときのことですよ。私と菫は新宿にある高校の同級生なんですけど……あの日、魔王のお城が空から降り立って、何がなんだか分からないうちに高校は襲われたんです」
「パンスト兵に、か?」
頷いたあと彩芽ちゃんは、特ダネを披露する記者のようにニヤリと笑った。
「実は、あのハラマキレディースもいたんですよ。人間が固まってるような場所に電撃戦で一気に攻め込んで手駒を増やそうって作戦で、その標的に高校が選ばれちゃったみたいなんです。……あ、なんでそんなこと知ってるかっていうと、私たちがハイグレ人間にされた後校庭にズラーッて並ばされて、そこで聞かされたからなんですけど」
「……なるほどな」
「私も菫も当時からジュニアアイドルやってたんですけど、宇宙人にとっては関係ないただの未洗脳者ですよね。そして私もただの女子高生で。教室にやってきたパンスト兵にあっさり撃たれちゃいました。ピンク色のハイグレ着せられて、身体が勝手にハイグレポーズとっちゃって……皆にもガッツリ見られてさすがに恥ずかしかったなぁ。水着も注目されるのも、グラビアで慣れてるつもりだったんですけど。あはは」
今でこそ面白体験談のように語ってくれているが、彼女も言っていたように彼女自身もまた普通の少女だ。こうして話せるように心の折り合いをつけるまでには並々ならない葛藤があったに違いない。きっと、心が強いのだ。
「それからしばらくのことは、私はうっすらとしか覚えていないんです。頭が熱出たみたいにうかれながら、ハイグレ気持ちいい、皆も同じ格好になればいいのに、ってことばかり考えていたくらいしか」
すると、今まで黙り込んでいた菫ちゃんが重い口を開いた。もうここまで聞かれたなら、と諦めるようにため息をついてから、
「……私は、綾芽がハイグレ人間にされたのを見て、怖くなって一番最初に逃げ出しました。悲鳴が至るところから聞こえる学校中を逃げ回って、疲れ果てて、逃げ込んだ誰もいない教室で……綾芽に見つかりました」
「らしいんです。私は全然記憶にないんですけど」
「なんか運命! って感じですぅ!」
ロマンティックに浸るように手を組むアイリスちゃん。とは言え、当時の菫ちゃんの心中は察するに余りある。
「お願い助けて、とか、あっち行って、とか……もっと心無い言葉も言いました。でも綾芽は笑顔のまま壊れたように『菫もハイグレを着よう?』だけしか言わなくて。結局ものすごい力で取り押さえられて、パンスト兵の前に突き出されて、あとはもう……」
「気付いたら菫と一緒に校庭で整列して、ハラマキレディースにハイグレを捧げてました。……そういえば私、記憶が残ってるのってハイグレポーズを取っている最中ばっかりなんですよね。菫をハイグレ洗脳したときとか、整列の後にハラマキレディースのリーダーに命令されて侵略活動を手伝ってた間のことは忘れちゃってて」
「それはおそらく、記憶に蓋をしてるんだろうな。辛い記憶を、無意識に封じ込めてるんだ」
「そうなんでしょうか? 思い出せたら菫の言ってることも分かるのかな」
小首を傾げる綾芽ちゃんに、オレは待ったをかける。
「いやまあ、無理に思い出さなくたっていいだろうよ。それに、忘れているからこそ今の自分があるとも言えるだろ?」
「でも、菫を傷つけたなら謝りたいし……」
「私は別に綾芽のことを恨んだりしてないわよ。あの状況なら仕方なかったもの。もっと言うなら、洗脳された綾芽に洗脳された私自身も、最終的にはハイグレ人間の仲間にしてくれたことに喜んでいたわけだし。洗脳中に起きたことはそれでおしまい。分かった?」
「うぅー……菫ぇ……!」
嬉しさが溢れて抱きつく綾芽ちゃんと、それを受け止め頭を撫でる菫ちゃん。ハイグレ姿同士で育まれる友情に、見ているこちらまで涙が止まらない――というのは大げさな比喩にせよ、オレのせいで二人の仲にヒビが入らなくてよかったぜ。
それを眺めていたアイリスちゃんは、不満そうに呟いた。
「綾芽さんと菫さんはホンモノのハイグレ人間になったことがあるんですよね。わたしだけ仲間外れです」
「アイリスちゃんは洗脳されなかったのか?」
「はいー。わたしそのときちょうど、故郷の国に帰ってました。ハイグレ魔王が日本を侵略していた二週間、ずっと飛行機が飛ばなくて戻れませんでした。日本の友達――あ、まだその頃は二人とは知り合いじゃなかったですけど――のことをずっと心配してました。ニュースやネットでいっぱい見ましたから。ハイグレ人間の映像とか」
運良く難を逃れたってことか。
「やっとハイグレ魔王がいなくなって日本の家に戻れたとき、皆とっても疲れた顔や悲しい顔をしてました。だからわたしが日本の皆を元気にして、笑ってる顔を元通りにしてあげたいって思ったんです。わたしは雑誌のモデルをやってましたが、それよりもっと直接元気を届けられることをしたくて、それでアイドルになりました!」
「いい子だなぁ……」
「ですよね! アイリスはほんとにいい子なんです!」
鼻を啜りながら綾芽ちゃんが自慢気に言う。
「でもよ、これは三人ともだけど」とオレは一般的な疑問を口にする。「そんなことがあったのによくハイグレアイドルなんかになったよな」
アイリスちゃんはハイグレを着た経験もなく、綾芽ちゃんと菫ちゃんは逆に当事者としてトラウマを負っていても仕方ない。一体どんな覚悟や信念があってのことだろう、と気になってしまった。
「わたしは今話した通りですよ。ハイグレで傷ついた人たちを助けてあげるには、同じ気持ちになれば分かるって思ったんです。だからハイグレを着るのも、嫌じゃなかったです。それにハイグレ着てみても、わたしは恥ずかしいとか思いませんでした。むしろ素敵な衣装だと思います!」
適性、と言って良いのか分からないが、アイリスちゃんにとっては天職だったのかもしれない。
次は綾芽ちゃんが答えてくれた。
「……私もアイリスと似てますけど。私、たくさんの人を笑顔にしたいって思ったから、アイドルをやってたんです。それは今も前も変わらなくって。で、今ってハイグレ魔王のせいでハイグレは悪だとか、ハイグレで苦しい思いをしてる人が多いじゃないですか。だから同じ元被害者の立場から、逆にハイグレはいいものなんだよって言えたらいいなって思うんです。トラウマも、思い出に変えることができるんだって!」
アイドルとしての志の高さに胸を打たれる。きっとこの子は、ハイグレアイドルでなかったとしてもいずれ高みに上り詰めていただろう。
最後は菫ちゃんだったが、彼女は申し訳無さそうに顔を曇らせる。
「どうしても、言わなければいけませんか?」
「え? あ、いや、どうしてもってわけじゃ……嫌ならいいんだ、別に」
どうせ興味本位だったのだ。人には色々事情もあるだろうし。そう思い慌ててフォローするが、菫ちゃんは言葉とは裏腹に覚悟を決めた表情になった。今の質問は、彼女が本心を吐き出す準備として置いたワンクッションだったのかもしれない。
「私は……二人みたいに誇れる動機なんてありません。仕事だから。ただそれだけです」
「菫さん……?」
予想と違ったのか、不安そうに呼びかけるアイリスちゃん。菫ちゃんは構わず続ける。
「マネージャーである親が仕事を持ってきて、私には与えられた役目を演じる。それが当たり前だと思って育ってきました。ジュニアアイドルを始めてからは、ファンの方々の声援にも応えようと必死で、皆さんが思い描く『私』を演じるようになりました。大変ではありましたが、努力した分だけ認めてくれる。そんな環境だったから頑張ってこられたのは確かです。でも――」
菫ちゃんは突然、綾芽ちゃんの手をぎゅっと握った。「ふぇ!?」と素っ頓狂な声が店内に響く。
「ハイグレ魔王がやってきた日、私が作り上げてきた『私』は、私の中で砕け散りました。あの日私は誰かのためじゃなく、自分のためだけに行動したんです。ハイグレ人間になりたくなくて、人目も憚らず逃げ出しました。綾芽にもひどいことを言いました。そうしてハイグレ光線を浴びてからは、自分の欲望に忠実に、したいことをひたすらし続けました。私の心の赴くままに繰り返したハイグレポーズが、とても心地よかったんです。たとえそれが、ハイグレ魔王に植え付けられた偽物の意志だったとしても」
彼女の視線が自分自身のハイレグに落ちる。
「洗脳が解けてから知ったのですが、ハイグレ人間になっている最中は私も嬉々として洗脳活動に参加していたようです。その映像が、ネットで拡散されていたんです。こんなの『私』じゃない、と私は親に訴えました――本当は心の中では、このときこそが本当の私自身だと疑っていませんでしたが――。すると親は言いました。『菫は何一つ悪くない。仕方ないことだった。でも、一般人に拡散されてしまったイメージを払拭することはできない。もう今まで通りのアイドル活動はできない』と。そうして、一枚の企画書を渡されました。それが――」
「ハイグレ☆Girlsだったんだね」
「ええ。私は決心しました。『私』のイメージがハイグレ人間の姿に上書きされてしまったのなら……以前の『私』が私を含めた誰の中からも壊れてなくなってしまったのなら、もう一度新しく『私』を作り直そう。ハイグレでもなんでも着て、皆のアイドルである『私』になってやろう、と」
そう強く断言した菫ちゃんは徐に、まるで神聖な土俵に立つ力士と見紛うほどに堂々と股を割り、
「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」
三度、ハイグレを刻んだ。
しばらくの間、誰もが息を呑んで動けなかった。静寂を破ったのはアイリスちゃんと綾芽ちゃんの拍手だった。
「す、すごいです菫さん。プロフェッショナルのお仕事です!」
「菫の責任感とかストイックなところ、私には真似できないよ。充分すぎるくらい立派だと思う!」
「……そう言ってもらえると救われるわ。今でも、こんな本心を持ちながらハイグレアイドルをし続けていいのかなと不安になるときもあるの。二人が言う通り、私たちの本分はハイグレでファンに夢や希望を与えることでしょう? それが私に全うできてるだろうか、って」
「――いいや。ちゃんと、できてると思いますぜ」
オレはすぐさま、菫ちゃんにはっきり伝えた。菫ちゃんは外向きの笑顔で微笑んでくれる。
「ありがとうございます。お言葉だけでも嬉しいです」
「気休めなんかじゃねえですよ。ハイグレショップの店長の勘、ってやつですぜ」
まあ、本当は勘でもなんでもなく根拠があるんだが、これも言わぬが華ってやつだろう。
すると彼女はもう一度「ありがとうございます」と会釈した。今度は心の底から、嬉しそうに。
そのとき、更衣室に置きっぱなしだった三人のポーチから、一斉に携帯のアラームが鳴り響いた。綾芽ちゃんが弾かれたように時計を見、「やばっ」と呟いた。
「もうリハ始まっちゃう! 急がなきゃ!」
「ああ、中央公園のライブか」
「はいー! ステージは今日の夕方なんですよぉ。店長さんも見に来ませんか? お安くします!」
「お安くってアイリス、今回は無料公演でしょう?」
「あ、そうでした!」
三人は年相応の表情で楽しげに笑い合う。
「うーん、すまねぇな。オレは店番があるからよ。三人がハイグレを着こなしている姿は見られたし、ステージは成功間違いなしだろう。ここから応援してるぜ」
オレが苦々しく答えると、その罪悪感を払拭してくれるかのように彼女たちは言った。
「分かりましたっ! 機会があればぜひ来てくださいねっ!」
「私たちもまた、店長さんに衣装の注文をさせていただきます」
「プライベート用のハイグレも今度買いにきたいですぅ!」
「……ああ。今後とも、ご贔屓にしてくだせぇ。またのご来店をお待ちしております!」
深々と下げた頭は、ハイグレアイドルたちの声が遠く喧騒に消えるまでそのままにし続けた。
~続く~
そんな感じで。
今回は、客の三人がハイグレアイドルである、という部分以外のプロットを練らずに指に任せて書いてみたのですが、想像以上に物語がナマモノであることを実感しました。
設定が二転三転して矛盾が生じ、後ろに戻って表現を書き直したり。……もう大きなミスはないと思うんですけど。
ただそれって、キャラが思わぬセリフを喋ってくれたりするメリットと表裏一体で。あとは気付いたら後への伏線も書けてたり。
そういうときに、小説書いてて楽しいなと思うわけです。
連休の残りは、あの作品を可能な限り進めたいなと思っています。あちらは逆にプロットガチガチに固めるつもりです。そして最後まで完成してから公開するんだ……!
どんな作品に取り組む場合でも、「どうしても披露したいことがある」から創作ができる、と自分は思っているんですが、その点で連載投稿と一括投稿ではどっちが適しているのか。
連載だと、途中で「披露したいこと」を披露してしまうと後が続かない(ゲームの体験版もこれにあたると思います。BIGプロジェクト……うっ頭が)。しかしそれを最後まで保持し続けたり、あるいは「披露したいこと」が複数あるなら問題ないでしょう。
一括なら、「披露したいこと」を確実に残しておくことができるし、全体の話の軌道修正もいつでもできます。ただし製作中は作品を公開できないわけで、読者の反応という意味でのモチベは保ちにくい。
……なんかあれですね、好物を最後までとっておくか最初に食べちゃう派かって話に似てる。
自分は最後までとっておきたい(願望)派です。
というわけで、好物をどう調理するかのレシピからまずは準備してきます。
間違っても連休中に完成するとは思わないように。一日一万字とか無理ですから。若い頃とは違うんです。
あ、それと香取犬のハイグレショップ実体験記もまたの機会に。……ってやってると一生書かなそうだなこいつ。まあ折を見て。
ではではー
- 関連記事
-
- 【オリ連作】ハイグレショップ繁盛記【2.午後十三時】
- 【オリ連作】ハイグレショップ繁盛記【1.午前十時】
コメントの投稿
感想
執筆お疲れ様です。ハイグレショップの続き、待ってましたー!
前作の福岡の娘に続いて誰が来るのかと思っていたら、まさかのローカルアイドルとは!?
ハイグレ美少女のハイグレステージが見られるとかまさに夢のようですし、この特区ならではのイベントですね、憧れます。
金の刺繍で縁取られたハイグレ着てる姿、実際に見てみたい……。
さて、更にそれ以上に!
彼女達一人ひとりが抱えている背景もハイグレならではの悩みで世界観の深みを感じさせてくれますし、何よりアイドル小説としても普通に通用しそうな完成度だからこそとても惹かれます。
私もハイグレ小説としてだけでなく、テイルズ(FE)小説としても満足頂きたいと思って筆を執っていますから王道を感じさせるこの物語の脈絡に何処か共感できるものを感じました。
仲違いが起こらないように大人の配慮を繰り返す店長、マジイケメン。
今度はどんな来客があるのか楽しみにしています♪
前作の福岡の娘に続いて誰が来るのかと思っていたら、まさかのローカルアイドルとは!?
ハイグレ美少女のハイグレステージが見られるとかまさに夢のようですし、この特区ならではのイベントですね、憧れます。
金の刺繍で縁取られたハイグレ着てる姿、実際に見てみたい……。
さて、更にそれ以上に!
彼女達一人ひとりが抱えている背景もハイグレならではの悩みで世界観の深みを感じさせてくれますし、何よりアイドル小説としても普通に通用しそうな完成度だからこそとても惹かれます。
私もハイグレ小説としてだけでなく、テイルズ(FE)小説としても満足頂きたいと思って筆を執っていますから王道を感じさせるこの物語の脈絡に何処か共感できるものを感じました。
仲違いが起こらないように大人の配慮を繰り返す店長、マジイケメン。
今度はどんな来客があるのか楽しみにしています♪
Re:感想
>牙蓮氏
毎度ありがとうございますー。
『未来の私へ。』で言及した中で特に描いてみたいといえばローカルアイドルさんたちでした。
侵略を受けた後の世界でそれを逆手に取るようなお仕事をする彼女たちが、どんな背景と信念でアイドル活動をしているのか……って部分を表現できたらいいなと。
アイドル小説として考えるならやっぱり彼女たちのプロデューサー目線で描けたら良かったかもですね。こんな場末の男じゃなく、信頼するPとともにアイドル界の頂点を目指すような――
え? 香取犬のアイドル小説といえば『ハイグレード!』? パンストP? うぐおぉぉぉ……! わたしには何もわからぬ……。何も思い出せぬ……。
何にせよ今回、綾芽、菫、アイリスの三人が自分の想像以上に生き生きと動いてくれたのでとても助かりました。今ではお気に入りの子たちです。
これ以降の来客は『未来の私へ。』から引っ張ってくるとは限らないです。とりあえず徐々にオチに向けてまとめていければなと思います。
毎度ありがとうございますー。
『未来の私へ。』で言及した中で特に描いてみたいといえばローカルアイドルさんたちでした。
侵略を受けた後の世界でそれを逆手に取るようなお仕事をする彼女たちが、どんな背景と信念でアイドル活動をしているのか……って部分を表現できたらいいなと。
アイドル小説として考えるならやっぱり彼女たちのプロデューサー目線で描けたら良かったかもですね。こんな場末の男じゃなく、信頼するPとともにアイドル界の頂点を目指すような――
え? 香取犬のアイドル小説といえば『ハイグレード!』? パンストP? うぐおぉぉぉ……! わたしには何もわからぬ……。何も思い出せぬ……。
何にせよ今回、綾芽、菫、アイリスの三人が自分の想像以上に生き生きと動いてくれたのでとても助かりました。今ではお気に入りの子たちです。
これ以降の来客は『未来の私へ。』から引っ張ってくるとは限らないです。とりあえず徐々にオチに向けてまとめていければなと思います。